4月4日、月曜日
早朝、稲荷神社
俺を見るヤツ
ケースにまりっぺのライブチケットが挟まっているのを発見。ULDをポチったのはチケットのQRコードからだったのを思い出す。ログから俺がチケットを持っていると認識したのだろうと納得する。しばらくニヤニヤとそれを見て過ごす。
(今日のライブでまりっぺとハモれるといいなぁ!)
どこかへ行ってシナリオを進める時刻だが、選択肢は表示されない。『リアルモード』では全て自分の足で移動する。最初から厄介なものを選んでしまったと後悔するが、後戻りはしない。アバターでもいい。NPCで充分。この世界にまりっぺがいるのなら。付き合えるのなら!
起き上がり、制服に着替える。ゲームなのに1枚1枚脱いでは着る。ゲームなのに布団をたたむ。ゲームなのにお腹が空く。製作者はリアルの意味をもう少し柔軟に解釈していいと思う。
階段を降りる。ぎこちなさはない。ここはリアル追求が表に出ている。台所を覗くとこれもリアルで、いつものように俺のエサ皿が置かれている。盛られているのは100円玉、30枚。これで3食分だ。
エサ皿とテーブルの間に紙切れが挟まっている。取って拡げると、手紙。
『豊へ
しばらく家を出ます。入学式も当然、1人で家を出るんだぞ。早くいい人見つけるんだぞ。それまでは1人で頑張れよ!
4月3日 夜 父と母より
P.S. ゲームとかパソコンやり過ぎんなよ!』
プレーヤーに今日の日付と一人暮らしのはじまりを認識させる演出だろうか。P.S.では思い切ったことを書く。リアルモードとはいえゲームなのに。俺は俄然、燃えてきた。ゲームのスタートは一人暮らしとともに。ラブコメにありがちないいシチュエーションじゃないか!
入学式の受付は8時開始。時間はある。恋のフラグ1本でも立てておこう! エサを片手に家を出て、手近でシナリオが進行し易い場所を目指す。選んだのは稲荷神社。バスト87でEカップな生駒百合亜の出現率が高い。巫女装束姿を拝みつつ自己紹介イベを消化できればイナフだ!
リアルモードを侮っていた。徒歩で神社に着いたときにはもうへとへと。腹も減ってきた。とっととイベントを進めて、早く朝食にありつこう。
鳥居を潜る。たくさんの『稲荷大明神』と書かれたのぼりが立っている。よく見れば赤い字で『きつね蕎麦』、緑の字で『たぬき蕎麦』というのもある。運営の遊び心だろうが、朝食は絶対に蕎麦にする。きつねでもたぬきでもいい。
手水舎で手を洗う。冷たい水が気持ちいい。これこそリアルで正解! 拝殿に行く途中の鳥の囀りもいい。チャリンという賽銭の音も心地いい。運営への俺なりの敬意として、作法に従いちゃんとお祈りすることにした。
(まりっぺの視線ゲットできますように!
まりっぺとハモれますように!
っていうか、まりっぺに出会えますように!)
他にはなんの願いもない。世界平和だなんてもってのほかだ。
参拝を終え、清々しい気持ちで拝殿から歩き出そうとした、そのとき。俺は睨まれているような強い視線を感じる。ドキッとするほど強い!
だっ、誰だ? 俺を見るヤツは? 恋愛対象キャラだろうか。だとすれば百合亜の可能性が高いが、ワンチャンまりっぺもあるのか? カードがなくてもキャラがシナリオに登場することはあるはずだ。
兎に角、このゲームではじめての出会い。イヤでも心臓がバクバクする。そこに、奇怪な音が2つ混ざる。
——グゥーッ ——グゥーッ
1つ目は不覚にも俺のお腹から。緊張からか、腹ペコのせいか。もう1つは視線を感じた方向から。まさかお腹でハモるなんて! ハモりといえば、相手がまりっぺだったらめっちゃうれしい。
ほんの少しの確率を信じて、視線の元、音の源へと振り返る。そこにいたのは、黒縁メガネに長めのおさげ髪の地味な女子。一目で分かる。いや、俺は決してその顔を忘れはしないだろう。有馬景子、どうしてお前がそこにいる?
URは薄まっているのに……。
なんで俺に視線を送る? なんで俺とお腹でハモる? なんで俺と出会う? 俺がまりっぺとしたかったこと、有馬景子が全部持っていきやがった!
有馬景子は、特に何かをするでもなく、ただじっと俺を見ている。地味だし、自信なさげというか、不安げで、節目がちで、元気がない。俺が軽く会釈をしても、恥ずかしがらない代わりに、にこりともしない。グゥー音のハモりがなかったことのように静かに口を開く。
「あー君、水学生ですよね。学校までの道を教えてもらえませんか?」
水学というのは水道橋学園のこと。今日から俺が通う学校だ。設定項目にあったので現実に通う学校名をそのまま入力した。
有馬景子はなんで主人公であるこの俺に気安く道を尋ねる? フラグが立ったらどうする? 恋がはじまっちゃったらどうする? そういう運命的な出会いは、まりっぺとしたいんだ!
「そういう君も水学生かい」
俺と有馬景子はゲーム上では初対面。言葉に気を付ける。
「私は、有馬景子よ」
で、なんでしょうか。自己紹介イベなら続きがあるはずなのに。有馬景子は何故かそれっきり黙り込んでしまった。
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