第33話 勉強

 学年末テストは、下位層の留年、上位層の推薦をかけた非常に重要なテストだ。

 しかし留年する心配も、推薦を受ける気概もない天音は、単に早く家に帰らされる日、としか考えていなかった。

 もっとも、今は『帰らされる』なんて思っていなくて、むしろ『帰れる』日として肯定的に捉えているが。


 ともかく、高校一年最後のテスト、多くの人間が意欲満々だ。

 そして例に漏れず、狭山ヒノメもその一人なのだろう。

「お前、俺になんか聞くほど成績悪かったっけ?」

「四点!」

 天音は絶句した。

「五教科で四点とかふざけてるとかそのレベルじゃ――」

「ちっが、数学! 数学だけ!」

 行間を読みすぎた。

 ……鶴橋のせいだ。

「な~んだ。数学だけか。それなら納得――は出来ねえよ?」

「何そのノリツッコミ。十点」

「黙れ四点!」

 逆にどこの問題が出来たのか気になるぐらいだ。

 流石にばつが悪いのか、狭山は目を逸らして髪をいじっている。

「いや、それ以外の教科はヒカゲさん、あいや、狭山先生が何とか教えてくれるんだけど、数学苦手なのは家系ぐるみらしくて」

 なるほど、狭山ヒカゲ、もとい狭山先生はこの学校の教師であると同時に彼女の従兄弟だ。普段はその人に勉強を教えて貰ってるのか。

 数学以外。

 沈黙に耐えられないようで、狭山は言葉を連ねる。

「鈴熊って、確か頭は良いでしょ? 数学とか上位三十人に入ってたし。出来れば教えて欲しいなぁ、と」

 なんでこんなに必死なのか。

 なぜ天音じゃないとダメなのか。

 疑問は残るが、問答を繰り返すのも面倒だと思った。

「はぁ。ノートと教科書と、あとワーク出せ」

 そう言うと、狭山はからかうように笑う。

「素直じゃないね。ありがと」

「は? 速くしろ」

 頼りにされるのは、悪い気分じゃない。

 天音の後ろの席に座って、彼女はノートを広げる。


 正弦定理と余弦定理を適当に教えた。

 サイン、コサイン、タンジェントに脳を支配させた辺りで、人がまばらに来はじめる。

「それじゃありがタンジェントルート三分の一」

「おい。間違ってる。覚え方違えぞ」

 人が来たら、狭山は自分の友達の方に向かった。


 鶴橋は、人が一気に教室にれるタイミングで、しれっと教室に入っていた。



 放課後。教室。

 まだ人はいる。

「おい」

 天音は、鶴橋を呼び止めた。

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フタリゴト 笠川 らあ @l1l01i1r

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