第32話 いない
朝。教室。
部屋に侵入する陽光よりも、蛍光灯が頼りになるようなそんな早い朝。
無音を意識すると明らかにうるさい時計の秒針に耳を傾けながら、天音は鶴橋タチを待っていた。
待っていた。
それはつまり、彼女が天音より遅く教室に入ってくることが確定している、ということに違いない。
あの鶴橋が、である。
何もない。ワケがない。
流石にこんな短期間で物語のような山あり谷ありがあったとは考えにくい。でもだからといって、
のっぴきならない事情があるのだろう。
それこそ、友達くらいにしか話せない事情が。
無理やりにでも前向きに考えるのだとしたら、念願の一人の時間だ。
かねてよりの時間。
しかしながら、悲願成就と言うには
心にポッカリ穴が空いてる。
解釈が片寄れば、あたかも天音が『鶴橋と一緒の朝を通常としている』かのようだ。
もともと無かった穴なのだから、きっと掘ったのは彼女である。
天音の朝に土足で入って、風穴開けて去っていく。片付けもせずに。
迷惑千万、無礼千万。
いくら恩がある相手でも、よっぽどの理由がなければ納得できない。
穴があるくせに、水に流せない。
とかく理由が聞きたい。
されど放課後は宿題地獄。
朝と放課後がなければ、天音とタチの関係はひどく薄弱だ。
それ以外の時間――他の人がいる時間だと、話したいのに、話しかけたくない。
どちらかというと、話しかけて欲しい。
秒針よりも小さな声で、己の弱さに嘆息した。
途端。ガラガラ、と。
扉の開く音が鳴る。
「おはよ」
当たり前のように、水を流すように、彼女は軽く挨拶した。
本当に、きっとなんでもないことなんだろう。
少し下寄りの一本結びが左右に揺れた。
「よ」
まるで鶴橋のように、素っ気なく返す。
――案外俺のコミュ力も、奴とそんなに変わんないのかもしれない。
「ホントに、朝早いんだ」
「疑ってたのか?」
「信じてたよ」
「いちいち言葉が重いんだよ!」
「信じてるよ」
「裏切れなくされた!」
狭山ヒノメは、ケタケタと笑った。
こんな晴天によく似合う良い笑いだ。
「なんでお前がこんな朝早いんだ」
「別に、特に理由はないけど」
「え? 鶴橋に会いに来たんじゃないのか?」
てっきりそうだと思った。
そうじゃないにしても、そういう言い訳を使うと予想していた。
天音の問いに、狭山は鳩が豆鉄砲を食らったみたいな顔をして、答える。
「……あー。そんな理由でもないよ。でも確かに、鶴橋さんいないね」
「あぁ。」
「一番って言ってなかった?」
これは……嘘を吐いたことになるのか?
でも一番は天音と言われるのも抵抗がある。
「普通は、あいつが一番なんだ」
「……ところでさ」
相づちもなしに、話題が切り替えられた。
興味ないなら聞くなよ。
「暇なら勉強、教えてくれない?」
そういえば、もうすぐ、学年末テストだ。
それが終われば、すぐに二年生になる。
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