第20話 同居人

 昨日の晩。

 帰りの自転車を漕ぐ。

 あんなことがあったというのに、大家さんは天音を追い出すことはしなかった。ありがたい。

 だから相変わらず、帰り道は長く辛い。

 天音は疑問ばかりだった。

(運命を変える力?)

 タチは自分が見た人を助けられないらしい。

 だが天音だけが人を助けられる。

(そんなことあるのか?)

 特別になりたいとは思った。

 でも自分が特別な人間だとは思えない。

 仮にそんな力があったとしても、やはりタチの助言わなかったら天音は死んでいた。

『酒瓶に触るな』だったか。

(そういやあいつ、なんで俺の家知ってたんだ?)

 タチに貰ったノートを開く。

 家の特定については書いてなかった。

(俺の力のこととかも、書いとけば良かったのに)

 つくづく抜けてるなと思う。

 考える間に、家に着いた。

 自転車を置いて、二階に上がる。

 鍵を回すが、重みがなかった。

 不信に思い、ゆっくりドアを開ける。

 部屋を間違えた。

 最初はそう思った。

 ドアを閉めて番号を確認すると、それは長年住んでいる我が家のものであって間違いない。

 もう一度、ドアを開ける。

 見えた景色にも、どうやら間違いはなかった。

 一面、青い。

 いや、一面、ではなく壁床天井全てが青いのだから、一面ではなく六面が正しい。

 それに青い、というより、空だった。

 空が広がっていた。

 愛すべき我が家が、まるで別世界のような顔をしている。

 惚けて中に入った。

 それがいけなかった。

 天音は気づかなかったのだ。

 開けたドアの後ろに立っていた、不信人物の存在に。

 突如、背後から腕を捕まれる。

 そのまま地面に押し倒されて、動けなくなった。

「痛っ」

「くず盗人ぬすっとめ。何されても文句は言えねぇなあ!」

 挑発的なその声は、女に聞こえる。

 だが力はそんなものではない。

 全身動けないが、声をなんとか絞り出す。

「ここは俺の家だ! 誰なんだよお前!」

「ん?」

 ハハ、と、女は乾いた笑いを上げた。

「今日からあたしが住むんだから、ここはあたしの家だぞ? お前のものじゃない」

 ハハ。

 何を言ってるか分からなかった。

 分かりたくもなかった。

 だが思考は巡った。

「分かるだろ? 当てて見ろよ。あたしが何者か」

 見透かしたようにそう放つ。

 答えは、出ていた。

「…………叔母さん?」

「正解。撫でてやるよ」

 頭を地面に押さえられる。

 天音は考えなかった。叔母さんと同居するということは、あの母親の姉妹と同居するということなのだと。

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