第19話 噂

 タチはお弁当を片付けて、自分の席に戻る。

 彼女が動き出すと、それに合わせるようにそこかしこで声が聞こえてくる。

「え、何があったの?」

「今言ったの誰」

「鶴橋さんが言ったの?」

「え、誰に言ったのアレ」

「こっわ、どうした」

 中には直接三人に近づいて事情を聞く者まで現れた。

(あ、まだ間違いの訂正してない)

 それに、注目を集めたせいで余計に噂が広まってしまう。

(どうにか……しないと)

 いっそ一から十まで全て説明するか。

 無理だ。この人数にちゃんと伝えられる自信はない。

 ごまかす。「あの人を殴ったのはホントは違う人で~」みたいなことを言う。

 これもダメ。天音と認識を合わせないといけない。

 そもそも今ここで私が何かをしても、最終的に天音に質問されてしまう。

『なんで知ってたのに何もしてくれなかったんだ』

 なんて言う天音の姿が容易に想像できてしまう。

 タチを動かしているのは、罪悪感だった。

 それは何も今回に限ったことではない。

 助けられないと分かっていても天音を助けにいったのも、罪悪感からである。

 後からしか失敗に気が付けない自分に心底腹が立った。

 教室はいつもの賑わいを取り戻している。

 違うのはそれらのほとんどが天音の話題で持ちきりだということ。


 ならば、それよりも話題性のあることをすればいいのでは……?


 浮かんだ回答は、正解に聞こえた。

 立ち上がり、全員の方を向くと、そこには奇妙なものが見える。

 ガラガラガラ。

 クラスの半分は気づいて、もう半分は気づかないくらいの自然さで、教室の中に人が入ってきた。


 天音が入ってきた。


 彼はタチの存在に気づくが、特別なにかしたりはしない。

 そのまま自分の席に着いて、教科書の整理を始める。

 朝と放課後以外は関わらない。

 お互いに、なぜだかそういう暗黙の了解がある気がしている。

 タチもペタと席に座った。

 何人かが天音の方をチラチラと見ていて、一人か二人くらいが天音に話しかけている。

 タチは、視界の右端でそれを捉えながら、読書を始める。

 胸の痛みは気にしないことにした。




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