第18話 不快

 タチは記憶を掘り起こす。

 だがいくら探しても委員長――ひのめを助けた記憶は見つからなかった。

「えー、マジかー。結構衝撃的かなって思うんだけど……あのね」

「うぇえ! ホントに!?」

 答え合わせをしてくれそうな流れだったが、それは隣の激流によって阻まれた。うるさい。

「ねねねねねねぇ。ヒノメ!」

 そのままの勢いで、友人A(仮称)さんはこちらに振り返る。

 呼ばれたヒノメは不愉快な顔で反応した。

「何いきなり大声出して」

「ごめんごめん。そんであのさ……ねぇあの話ってホントにホント?」

 言い出す前に友人B(仮称)に確認をとる。

「まだ分かんないよ。噂レベル」

「あ、そっか。じゃあまだ噂レベルの話なんだけど」

「んー、でも多分ホント」

「多分ホントの話なんだけど」

「いいから早く言ってよ」

 この三人はホントに会話の切れ間がない。

 さらに三人揃うと全員の個性が漏れなく消えるので、誰が話しているのか分からなくなりそうだ。

 友人Aはヒノメに顔を近づけて、小声で話そうとするが、笑い混じりで小声になっていなかったので、タチの耳にはハッキリ聞こえた。


「鈴熊、母親殴って警察に連れてかれてるらしいよ」

 笑い。


 全身の鳥肌が逆立った。

(言い方キッッモ)

 ――天音の噂が間違って広まっている。

 驚くべき事実だ。すぐに正さなければいけない。

 しかしその衝撃よりも、タチはその言い方が反吐が出る程不快だった。


 事情も知らない人間が何故そんな嘲笑混じりで他人を笑えるのか意味が分からなくて、

 話の種に他人を落としめるという選択肢があることが不愉快で、

 知り合いが言った他人の話を何の覚悟もなく平然と流布していく精神性に吐き気がした。


 たった一言で、タチは友人Aと友人Bが大嫌いになったのである。


 一方ヒノメは驚きがまさったようで、素直にも目を大きくしていた。

「え……それホントなの」「……」

「ねー。ヤバすぎだよねぇ」「……ぅ」

「なんか浜村君のグループが、鈴熊と警察と、あと鈴熊の母親見たらしいよ。なんか殴られた跡があったんだって」

 落ち着いて息を吸った。


「ちがう」


 決して大きすぎる声ではなかったが、三人は水を打ったように静かになった。

 うるさい三人が静かになったことで、どうしてかクラス全体が静かになる。

 ただ、タチだけが話し出している。

「そうやって本人のいないとこで噂話広めるの、気持ち悪い」


 タチの声は教室の隅っこまで、よく響いた。

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