第16話 友情

 窓の外では体育のソフトボールが行われていた。

 清々しいスイングで、ボールが打ち上げられている。良い角度。遠くまで飛びそうだ。

「じゃあ17番……は今日は休みだったか。なら27番、鶴橋~どこにいる~?」

 ……奴は来なかった。

 天音は、学校を休んでいた。

 風邪か、怪我か、用事か、仮病か……。

 教師に聞けば分かるのかもしれないが、そこはかとなく面倒臭かったのでやめた。

 狭山先生の授業は相変わらず欠伸が出るほどつまらないので、眠らない為にも、タチは脳を回転させる。

 いないなら別に構わない。やれることはあるのだから。


 委員長を探り、死ぬ時と同じ気持ちにする。


 そうすることで、より詳しく委員長の最期を見ることが出来る。

 天音も、(多分)教室に二人きりでいたことで極度に緊張し、死ぬ時と同じ精神状態にすることが出来た。

 だが、今回の場合それは難易度が高い。

「鶴橋? 日本が第一次世界大戦に三国協商側で参戦した理由は分かるな?」

 何故なら彼女の最期の想いは――

「友情」

「そんなものはない」

「……日英同盟」

「そうだ。それによって――」

 そう。

 あの女、死の間際に友情を思って死んでいるのだ。

 悲しく思うのでも、怒りを覚えるでもなく、感謝や憧れに近いような、そんな感情を持って死んでいるのだ。

 常軌を逸している。

 だがしかし、問題はそこではない。

 今問題視すべきは、狭山先生の言う通り――


 そんなものは存在しないことである。


 少なくとも、タチの中には友情なんてものは存在しない。

 この世に生まれて16年、友達という種族の観測経験はタチにはない。

 ただの一度も、その予兆を目撃したことすらない。

 見たことがないものは存在しないのと同義であり、つまりタチは、これから存在しないものを委員長に与えなければいけないのだ。

 さらに言えば昨日の一件により、タチの会話への気力は現在無に等しい。

 会話せず、体力を使わず、存在しないものを名前も知らないクラスメイトに上げる。

 それはさながら断崖絶壁。登ること叶わぬ山のように見えた。


(まあ、やるけど)


 なげやりな気持ちだが、構わない。

 面倒でも、やるしかない。

 気乗りしないが、他にない。

 シミュレーションは完璧。


 チャイムが鳴った。今からは昼休みだ。

 購買に向かう人達。

 友人の元に向かう人達。

 弁当を広げる人達。

 人ごみを避けて、委員長の元に向かうタチ。


「昼御飯、食べよう」

「ん……え?」


 驚きの表情から、少し口角が上がった顔に変化していくのを見て、ちょっとキモいなと思った。

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