第12話 説明

(なんだ……今の)

 天音には鶴橋が怒っているように見えた。

 それも、特別に強く、激昂してるようにすら見えたのだ。

 それはまるで、まだ鞘の中に収めてあるナイフのように、危険で、恐怖の対象で、触れてはいけないような気がした。

「説明……するけど」

 いつの間にか鶴橋が二歩くらい近づいている。

 ドキッとした。

 恐怖的な意味で。

「あぁ。悪い。頼む」

「うん」

 さっきのことはどこかに忘れよう。

 天音は自然にそう思う。

 今日の説明を楽しみにしていたのだ。なのにこんな気持ちでは糞だ。

 鶴橋はどんな説明をするのだろう。

 散発的にゆっくりと語るのだろうか。

 早口で長々と話し始めたら笑ってしまうな。

 天音は段々と前向きな気持ちを思い出し、鶴橋の二の句を待つ。

「……」

 鶴橋は、バッグの中からノートを取り出して、それを開いてみせた。

 そこそこ量のある文字。

「読んで」

「そう来るのかよこの無口んぼは」

 がっかりしたような、納得したような感情でノートを受けとる。

 ……その内容は、予想した通りだいぶ非現実的なものであった。


 ⚫


 鶴橋には死人が見える。

 いや、正確にはこれから死ぬ人間が分かる、といった具合か。

 例を上げよう。

 天音の場合

 まず、初対面は学校ではないらしい。

 転校前、散歩中の鶴橋と、登校途中の天音は、すれ違ったことがあるそうだ。

 その時に「ああこの人死ぬな」と思ったようで、わざわざ早くに学校に行き、見張りや助言とかをしてくれたのだ。

 能力は万能ではない。

「この人死ぬな」とは思っても、いつ、どこで死ぬのかは分からない。

 ただぼんやりと、死ぬときの姿と、なんとなくの感情を鶴橋は見ることが出来る。

 鶴橋は最初に見えた景色から、天音が死ぬのは学校だと思ったらしい。どれだけボヤけてるんだか。

 その後、天音が『緊張』したことで、死ぬのは天音の自宅と確信した……

「ん? ここ、なんで緊張なんだ?」

「……あー、書き忘れた」

 鶴橋は一度シャーペンを持つが、思い直して向き直る。

「死ぬときとか、死ぬ前の感情に近い人を見ると、ハッキリ見えるようなる」

「死ぬ時の映像がってことか?」

「そう」

 ……確かに、天音は母親に緊張していたし、鶴橋に謝る時にも緊張していた。鶴橋が忠告してくれたのもその時だったように思う。

「ッフ」

「何?」

「いや、やっぱりお前が長いセリフを話してるのは面白いなって思っ」

「見えた。今」

「なんだそれ。景色がか!? おいそれ殺人予告だろやめろ」

 天音はふざけたように二歩くらい下がる。

「違う」

 鶴橋と目が合っていないことに気がついた。

 後ろを振り向く。


 そこには、不思議そうな顔の委員長の姿があった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る