第11話 欠落

「後期全然出してないよね。今日の課題は少ないから今終わらせて」

 どうやら委員長は本気のようだ。

 少ないとは言っても多分一時間くらいかかる。

 その間、鶴橋はずっと待ってくれるだろうか。

 彼女の方を盗み見ると、「はぁ」とため息を吐いて、本を読み始めている。

 これは、早く切り上げねばと思った。

「俺、前期の成績音楽以外オール5だったから、後期は提出物出さなくても点数取っときゃ進級は出来るんだよ」

 この男、目を見て言えないことを平気で言う。

 鶴橋に聞こえないくらいの声で言うのが憎らしい。

 委員長はさらに目をきつく細める。

「私が嫌な顔されんの。いいからやって」

 そう言われると反論出来ない。

 天音は気だるげに課題を出す。

 退屈な現実であった。


 ⚫


 結局、前回の範囲もやらされて、全て終わるのに2時間かかった。

 前を見れば委員長が鶴橋に話しかけている。

「それでそのカエルいつも私の指ごと食べるんだよヤバくない!」

「へー」

 聞いても無さそうな反応だ。

 鶴橋はいつの間にか本を閉じて窓を眺めている。

「えっと後は……」

「終わりましたが」

 天音はそう声をかける。

 委員長は疑問符を浮かべた後、思い出したように返答した。

「んじゃ帰っていいよ。そこ置いといて」

「……分かった」

 ノートの山の上にノートを重ねて、自分の席に座る。

 委員長はそれを見て不機嫌な顔をした。

「だから、帰っていいよ」

「いや俺いつも放課後居残ってるし」

「何してんの?」

「時間潰し」

「別にそれ帰ればよくない?」

「別にそれ帰らなくてもよくない?」

 天音は少しふざけただけのつもりだったが、委員長には不快だったようだ。

 顔に敵意が現れる。

「……まあ、いいけど」

 委員長は切り替えるように鶴橋に向き直る。

「えっと、鶴橋さん、今日一緒に帰ってもいい?」

 それを聞いて、天音は目を丸くする。

 自分との約束があるのだ。多分行かない。だが、どうするのだろう。

 鶴橋は窓から委員長に視点を変えて、バッサリと言った。

「行かない」

「……ぅえ?」

「だから、帰っていいよ」

 その言葉は何かが欠落していて、どこか凶器的だった。

「……ごめん。分かった」

 委員長も何かが抜けた顔で、課題を持って廊下を出ていく……。


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