第4話 謝罪

 鶴橋は本を読んでいる、特に変わった様子はない。

 謝るなら今だと思った。

 がしかし、体は思うように動かない。

 音を立てるのすら緊張して出来ない、いつからこんなに臆病になったのか。

 時計の秒針の音がやけに大きく聞こえる。

 吹奏楽部の演奏や、陸上部の掛け声などが遠くから響いてくる。

 天音は時計を見て、まだ一分も経っていないのを確認した後、意を決して勢いよく椅子を引いた

 流石に驚いたようで、鶴橋の肩が跳ねる。

 天音は、鶴橋にもそういう驚きみたいなものはあるんだなと思って、余計に緊張する。

 鶴橋がこちらを振り向いた。

 天音は声を出す。

「ぁ、朝、変なこと言って悪かった。ごめん。イライラしてたんだ」

 ごめんの後は要らなかったな、と天音は後悔したがもう遅い、鶴橋は何だか訝しげな顔で天音の事を凝視している。

 無言の時間が続く。鶴橋は動かない。

 そうなると、当然天音も動けない。

 秒針の音はその間も刻まれる。

 カチ・コチ・カチ・コチ

 天音も変な汗をかいてきた。

(……謝ったし、もう帰っていいかな)

 心の浅い所でそんなことを思い始めた時に、鶴橋は口を動かした。

「宿題やれば?」

「……は?」

 意味が分からなかった。

 さっきの話が聞こえていたのは分かったが、謝罪に対する回答としては満点でないような気がする。

 聞き間違いか何かだと思って、天音は再度聞き直す。

「すまん、もう一回言ってくれ」

 耳を少し近づけた。

「……はぁ」

 そしてまた、朝と同じため息である。

 鶴橋は荷物を纏め出した。本を入れ、リュックを背負う。

 そうすると、前のドアの方へ向かおうとする

 天音は咄嗟に引き留めた。

「あの……えっと」

 なんて話せばいいのかは分からなかった。

 だが、鶴橋は立ち止まる。

 まるで何かを思い出したのかのように振り向き、天音に軽く指を指し言葉を残し去っていく。

「酒瓶に触るな」

 ……またもや、意味の分からないことを言う、不思議な奴だった。

 結局、きちんと謝れたのかも分からないまま、天音は7:35まで学校に居残り、その日は自転車を漕いでいった。


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