第6話 強制撤去工事

次の瞬間、ライフに背中に腕を回されたミカリは目の前の光景を見て固まっていた。

「ちがうんじゃああああ!!景観にあっとらんやろがいいい!」

「わかっとるんかあああ!観光資源を大切にせんかあああ!」

赤青黄色などのそれぞれの色を持つ七体ほどの

体長二十メートルほどのドラゴンたちが

地が震えるような恐ろしげな声で叫びまわり、飛び回りながら

口からの火炎放射や、体当たり、それに鋼の様な鉤爪で

猛烈な勢いで巨大な城を破壊していた。

ライフはその様子を見上げると、焦った様子もなく

「まあ、ドラゴンたちの言い分が正しいな。ミカリ、ちょっと飛ぶぞ」

ミカリの身体を両腕で軽く抱き上げて、二百メートルほどの高さまで飛び上がった。

焦って下を見下ろすミカリにライフは微笑むと

「心配するな。周囲の地形を見せたいだけだ」

ミカリは恐る恐る下を見下ろして、アッと気づいた声を上げる。

ドラゴンたちが猛烈な勢いで破壊している巨大な城の周囲には無傷の城下町が広がり

さらにその北には澄んだ大きな湖が緑に覆われた美しい山のふもとまで続いていた。

「理解したか?美しい自然が主体だ。人の自己顕示欲の発露が主役ではない」

「ああ、それで怒っているのね。人の身勝手さを罰する感じ?」

ライフは下を見下ろして

「……まぁ、半分はそれだが、もう半分は運動不足の解消だな。

 ドラゴンは知能が高い。なので暴れるための大義を確立してから動く」

「ああ……卵が先か鶏が先か的な……あれ、例えが違うかな……」

ライフは軽く笑うと、ゆっくり降下し始めながら

「戦場の調停というか、一方的な破壊行為の抑止になってしまったが

 あとでミカリに任せたいことがある」

「えっ……?」

ライフは破壊が進み、殆ど廃墟と化している城の上空でピタッと停止すると

「ドラゴンたちよ!ライフ・アーゴッテが調停に来た!破壊行為をやめよ」

拡声された威厳のある声色を放った。

ドラゴンたちがピタッと破壊行為を止めると、示し合わせたように全員で目を合わせ

そして一匹の体表の緑の鱗にカビが生えた老いたドラゴンが

巨大な翼をはばたかせ、ライフの目の前まで上昇してきた。

「ネルーモスか。久しいな」

ライフは微かに笑いながら、自分の体長に近いドラゴンの顔を見つめる。

ドラゴンは強い風が吹くようなため息を横に吐くと

ライフに気を遣ったかのように、ドラゴンにしては小さめの声で

「なあ、ルネフォン・ネーゲルダッタの阿呆王にもう城造るなと言ってくれんかね。

 この北部地方で、もはや争いなど起らぬよ。

 この美しき自然と、ついでに人民と国のために金を使うべきじゃ」

ライフは深く頷いてから

「人民たちの避難は済んでいるのだろうな?」

「当たり前じゃ。事前勧告してからやっとる。

 一人でも殺したらあんたからの制裁が凄いからな。それに」

ネルーモスと呼ばれた老ドラゴンは下を見下ろして

「見たらわかるように、城下町や周辺の景観は一切壊しておらん。

 阿呆の城だけを強制撤去工事しとる最中じゃ」

ライフはしばらく下を見下ろしてから

「……紹介が遅れたが、私が抱いているのはミカリだ。

 つい二時間ほど前に七賢者により、勇者として召喚された」

ネルーモスは緑の瞳でミカリの全身を見つめて

「……レベル1でこれか。末恐ろしいが、

 あんたの手の内ならば世界は安泰じゃろう。

 で、折衝の経験でもさせようという魂胆じゃな?」

「その通りだ。ミカリには正しくこの世界を知ってほしい。

 何が間違っていて、何が正しいのかをしっかりとな」

ネルーモスは微かに竜の長い鼻で哂い

「……善悪など、頂点が勝手に決めることじゃ。

 あんたの思うとおりになるかのう?」

ライフはそれには答えずに

「ルネはどこに居る?」

ネルーモスが湖のさらに北の山の頂上を黙って見つめた。

「了解した。撤去工事は許可しよう。我々は王と話してくる」

ライフはそう言うと、ミカリを抱いたままスッとその場から消えた。


次に二人が現れた場所は草木のない荒涼とした風の吹きすさぶ山の山頂部分だった。

平たい岩場の上には、古びた王冠を被り、古ぼけたマントを着た大柄な中年男が

静かに瞑想していた。近づくとその体格が鍛え上げられていることが分かる。

ライフはその姿を見てため息を吐き、抱えていたミカリを降ろすと

「あれが、この国の王のルネだ。無類の戦闘狂でなぁ。

 あまりにも武を尊ぶので、時折ドラゴンたちがこうして

 この場所に拉致して、反省を促している」

「……えっと、私が言うのもなんだけど、変人?」

ライフはうんざりした顔で頷いて、さらに岩場に近づくと

「ルネ!調停に来た。城の強制撤去工事を許可したが!」

中年男はカッと両目を開けると、ライフとミカリを見つめ

「がーっはっはっ!!俺はあきらめんぞ!」

と言い放った。

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