第五話 ヴォルジュ

 月日は、瞬く間に廻る。何かが来る時を待っている時は、初めこそ、時の流れが妙に長く感じるものだが、不思議な事に、いつも気づけばその時が訪れている。


「……明日、出立か。楽しみなような、緊張するような」


 遠出の準備を終え眠りにつく前、窓から月夜を眺めながらそう呟くと、背後から声が掛けられた。


「やあ、アーダルベルト。月に向かって何を言っているんだい?

 なんだか風流じゃないか、僕も混ぜておくれよ。

 ああ、今宵の涙はあの輝きに捧げるのに相応しい――」


 意外な声に驚き振り向けば、そこには今日ここには居ない筈の優男が立っている。普段、俺と同じ部屋に寝泊まりしている同僚の一人が。俺と同じ黒位二剣の階級を持つ彼は今晩、特別な予定があるとかで出ていた筈だが……。


「エスメ? 今日は恋人の所に顔を出してくる、なんて言っていたのに。随分早いお帰りじゃあないか」


「グッ……」


 何を呻いているんだ、一体。


「まさか、また……」


「……ああ! そうだ、そうだとも! 嗤うがいい! 指を差して嗤いたまえ、アーダルベルト君! これで今年に入ってから十二回目だ! 十二回目だとも!!

 先月など、月に三回振られているのだぞ! はっはっは! ……すまない、取り乱してしまったね」


「やっぱりか。結婚相手を探すというのも、随分と大変そうだな」


「うぐぐ……ああ、レオ君が羨ましい」


 彼は、婚約していた貴族の娘が従者と駆け落ちし一方的に婚約を破棄されて以降、ずっと結婚の相手を求めている。最初の方は人づてに女性を紹介して貰ったりしていたらしいのだが、何故か悉く上手く行かず、やがて彼に女性を紹介すると皆が不幸になるのだと、彼は誰からも、少し距離を置かれている。哀れな……。


「……はああ。少し、果実酒でも開けてくるとするよ。君も、付き合っちゃあくれないか。何、別に君は飲まなくても良いんだ。ただ、今日は独りで過ごすと、冷えた空気が堪えそうでね……」


「付き合ってやりたいのは山々だが、明日は早くから鉄都を出るんだ。南方にある遺跡の調査があってな」


「おや、遠征かい。それじゃあ、仕方無いな……うーん、エクレムかルナール辺りがまだ起きていれば嬉しいが……ああ、うん。それなら、君を夜更かしさせるわけにもいかないな。お休み、アーダルベルト。良い夢を」


「ああ。エスメも良い夢を……いや。とりあえず、君が今夜きちんと眠れるように祈っておくよ」


 エスメは、俺の言葉に悲し気な笑みを浮かべ、去っていった。


「……寝るか」


 *


 鉄都を出て、ゆるりと旅路を馬と往き、何事も無く一昼夜。情報通り、二日も掛かること無く、目的地が見えて来た。まだ日も高く、調べるには好都合だろう。


「……あれが、ヴォルジュの……」


 石と砂ばかりの、寂れに寂れたかつて町であったものが、そこに在った。石で造られた建物は風雨に半ば朽ち、まともに形を保っているものは多くなく、大半は時に削られた無残な様相を呈している。

 幸いというべきかは分からないが人の居そうな気配も無く、少なくとも、気が付いたら賊の群れに囲まれていた、なんてことはなさそうだ。


「ただ一夜にして、人の全てが消え去った……」


 馬から降り、試しに手ごろな、家と思しき建物へと足を踏み入れる。……何の痕跡も、無い。かつて人が居たのかどうかなど、考えるのも馬鹿馬鹿しい。

 そも、通って来た場所が本当に出入り口だったのかさえも分からぬ程に、風化しているのだ。辛うじて、かまどでも有ったのかと思われる場所がなんとなく分かるというぐらいで、他には何も得られるものは無かった。


「ううむ。これはまた、苦労しそうだな。

 とりあえず、色々見て回りながら、件の封印された石室でも探すか……」


 *


 数時間かけてあちこち見て回ったが、見つかったのは精々、バッタとトカゲぐらいのものだった。頭を抱えながら思わずぼやく。


「……予想以上に何も無いな。というか、例の建物はどこにあるんだ? まさか、俺が来る前に朽ちてしまったなどという事は有るまいな」


 ぶつぶつと呟きながら、馬に跨り回り歩く。風が吹くたび巻き起こる砂埃にうんざりする気持ちが強くなってきた頃、遺跡の外れに、漸くそれが在ることに気が付いた。


「あれは、門……か?」


 山肌に直接設えられた、石造りの大きな門が、閉ざされたままにあるようだった。これが、伝え聞いた開かずの石室に違いない。こんな不思議なものが幾つも有ったら大変だ。

 逸る心をどうにか押さえつけ、そこへと真っ直ぐ向かう。


「これは……」


 石門にびっしりと刻まれた、奇妙な紋様。それは、タレル村の祭壇にあったものと全く同じ様式で、俺にはそれが何を意味しているかが理解できた。即ちそれが、古い時代の祈りの句に他ならないということが。

 果たしてこれが、タレルと関連があるものなのか、或いは単に、古い時代に遍く在った文化の一つでしか無いものなのかは分からない。分からないが、出来れば関係があって欲しいと思わずにはいられない。


「祈り……神の、慈悲と守り、我らの誇り、夜、沈みゆくもの、浮かぶもの……」


 食い入るようにそれを見つめ、半ば茫然と読み上げる――


「――――ああ、いけないいけない。また逸れてしまうんだもんなあ、全く頼りにならない人だ。はあ……こっちは高い金を払っているんだから、もっとしっかりしてくれなきゃ困りますねえ。全く、これだから魔術師という連中は……もっと、自覚を持って頂かねば」


 石門から外れて、やや左方の奥から響いて来た、妙に人の神経を逆撫でする声が、俺の集中を断ち切った。何事かと目を遣れば、男が一人、屈みながらもそもそと何かを漁っているようだった。

 飽くまで後ろ姿から判断できることでしかないが、随分と華奢で膚は白く、書生のような印象を受ける。少なくとも、現時点で凶賊の類とは違う事は分かるが……。


「そこの、お前。遺跡を荒らしにでも来たのか?」


「へっぇ!? え、何だ、騎士様? な、なぜ騎士様がこの様な所に居られるのですか!?」


 ……取りあえず、遺跡荒らしの類とも違うらしい。男は急に声を掛けられて大きく身を跳ねさせ、素っ頓狂な声を上げて振り向いた。その勢いに、身に着けていた眼鏡がずれてしまっている。


「俺は征剣騎士、アーダルベルト。このヴォルジュの遺跡を調査しに来た。怪しげな賊や獣がねぐらにでもしていないか、とな」


「こ、これは騎士様。確かに、昨今は物騒ですからね、騎士様が直々に見回って下さるというのであれば、我々も安心できると言うものです。

 ……失礼、挨拶が遅れました。私は、国際遺跡保全協会から遣わされました、フェリペという者です。どうぞ、よろしくお願いします」


 国際遺跡保全協会? んー……いや……あー、聞いたような、気はするな。うん。フォストリクの大図書館に属する団体で、最近になって漸くラクァルで活動する認可が下りた、という感じだった気がする。

 そうやって何だったっけなあ、それ、としばし考えていると、媚びるように手を揉みながら作り笑いを浮かべていたフェリペが、鬼気迫る顔で向こうから走ってやって来た男に殴り飛ばされ、吹っ飛んだ。


「ウワーッ!」


「な、なんだ?」


 唐突な暴力行為を働いた男は、更にフェリペの喉首を乱雑に押さえつけ、怒りを顕わにする。


「テメェ、この腐れ眼鏡が! 何も言わねえであちこち行くんじゃ無えって何遍言えば分かるんだ、ああ!?」


 この乱暴な物言い! 上等な服に短いマント、背の辺りで一本に纏められた髪! 間違いない、この男は――


「ギジグ! おい、ちょっと! そいつを殺す気か!?」


「うるせえ、外野は黙ってろ! 俺はもう、五日もこいつに付き合わされて――あ? その声はアーダルベルト……か……?」


 久しぶりに見たギジグは、なんだか砂まみれでよれよれで、随分とくたびれていた。彼は俺の声に気づき、眼を回している哀れなフェリペをぽいと投げ棄て振り向いた。せめてゆっくり降ろしてやれよ。


「久しぶりだなあ、最後に顔を合わせたのは何時だったか」


 思わず、地表で伸びているフェリペにちらと目線を遣りながら、そう語り掛ける。ギジグは自分の蛮行をすっかり忘れてしまったかのように平然と俺に向き合って、驚きに声を上げた。


「お前、いつ騎士になったんだ……?」


 何で、こんな大事を忘れてるんだよ。おい。そもそも俺がノアイユ家の養子になった時にも言っただろ。


「え? 俺、言ったよな? あんたが椅子に腰かけて、ぶつぶつ本を読んでる時に。あんた、おおそうか、おめでとう、って言ってたよな?」


「……本読んでるときに言われたことなんて覚えてねえよ……」


 まあ、そうかもしれないが。いや俺が悪かった。……本当に俺が悪かったのか?


「……まあ、次からは覚えておいてくれ。ところで、そこの……国際遺跡保全協会の彼は――」


「あー……あー……上から回って来た仕事でな。魔術ってのは遺跡だとか古書だとか、そういう古い物を傷めないよう保護することも出来るんだ。それで、こいつが何百年も昔の遺跡に足を運ぶから、ってんで俺が同行させられてんだよ」


「つまり、彼は依頼人ということか? あんた、依頼人をぶん殴っても大丈夫なのか? 少なくとも彼は大丈夫そうではないが」


 そう、人として至極尤もであろう疑問を口にすると、ギジグは鬼のような形相をして、それだけで人を殺せそうなほどに冷たい眼をフェリペへと向ける。

 ……おいおい、ギジグは確かに荒っぽいが面倒見はとても良く、何か変な事をしたって口で怒られるだけで済ませるんだぞ、大体の場合は。

 この男、一体何をしでかしたんだ……?


「大丈夫だ、この程度なら俺でも魔術で治療できる。痕も遺らねえから、誰に言われても証拠は出て来ねえよ。

 ……こいつな、目を離した一瞬の隙を突いて居なくなって、勝手にあっちこっち歩き回っては、自分の気になった物を夢中になって調べてんだよ。この間なんか草むらの中に寝ころんで、虫の巣をつつき回してたんだぜ? もう仕事もクソも無え。興味だけで俺に労力を掛けさせた挙句、やれ私を独りにして危険に曝しただのなんだのと、皮肉たっぷりに、俺どころか魔術師全体への文句を言いやがる。そもそも単独行動するなと何遍言っても聞きゃしねえ。殺されないだけ有り難く思って欲しいもんだ」


 ……あー……ずっと我慢してたんだろうな、さっきの瞬間まで、ずっと。


「あ、ああ。苦労してるんだな、うん」


「で? 手前はなんでこんな所に居るんだ? 騎士なんぞ、理由も無く都市を離れてぶらつけるもんじゃねえだろ」


 俺にそう問いかけながら、ギジグは地べたの上で気絶しているフェリペの下で屈み込み、指先で奇妙な印を描き、魔術の句を一つ唱えた。俄かに暗色の火花が起こり、穏やかな光がフェリペの傷痕を包んでいく。数瞬の後、無残な痣はすっかり"無かったこと"になった。


「ああ。ここヴォルジュではその昔、一夜にして人の全てが消えたと聞いたんだ。何か、タレルの事も分かるんじゃないかと思ってな。昨今の情勢も有るから、賊や獣がねぐらにしていないか、という調査も兼ねて、やって来たんだ」


「成程な、ご苦労なこった。……んで、どうだ? 何か分かりそうか?」


 ギジグの言葉へと静かに頭を振り、返す。


「……今の所は、何も。他に、何かあるとすれば――」


「"これ"の向こう側、ってとこか。こいつはな……」


「う、うーん……私は、一体何を……」


「……ああ、起きたか。丁度いい。

 おい、眼鏡。ちょっとこいつに説明してやれ。

 この如何にも怪しげな石扉のことをだ。何でも、こいつも調査しているらしい」


「え? あ、は、はい」


 最早名前ですら呼んでもらえないフェリペが、状況を整理しかねて困惑しながら、言われるままに語りだす。

 三日前からヴォルジュの遺跡を調査していること、初日からこの石造りの大門を調べているが、一向に開く手段が分からないこと、この門のためにあらゆる物理的な手段、魔術的な技法を駆使したが、この門はその全てを受け付けず、完全に弾いてしまうということを。


「……つまりは、正規の手段でも、強引な手筈でも、中には入れていない、と」


「ええ。この遺跡の石室はどうやっても入れない、と我々の間では有名でしたが、まさかこれ程とは……」


 ん? 


「……何故、つい先日活動を認可された団体が、ラクァル領の遺跡についての所見を持っている? 口ぶりからすると、大分前から知っていたようだが? というか、先ほど"あらゆる物理的な手段"などと言っていたが、まさか、破壊しようとしたのでは無いだろうな? それも、ラクァルに無断で?」


 俺がそう訊ねると、フェリペは、下手くそな作り笑いを貼り付けたままの顔を、さっと蒼くした。こ、この男……。


「………………」


「俺は止めたぞ」


「ちょっギジグさん! 何でそう余計なことを言うんですか!」


「……とりあえず、今は不問としておこう」


「そうですか? では、それはさておき――」


 フェリペは、悪びれもせず淡々と話を進めていく。

 こいつ、平然と無かった事にしそうだなー……。


「この、刻まれている紋様についても未だ解読されていないものですし、情報一つ得るのにも一苦労、といった所でありまして。ええ、我々、国際遺跡保全協会の方でも難儀しているのです」


「そうなのか? お前には読めないのか、これが」


「……は?」


「……どうした? 何を間の抜けた声を――」


「貴方まさか、これが読めるとでも言うのですか?

 そんなつまらない嘘なんてやめて下さいよ、馬鹿馬鹿しい。あなた、私が異国の人間だからって、騙してからかおうなんて、随分と幼稚じゃありませんか――」


 ……人が変わったかのように、フェリペは厭に刺々しく喋り出す。その内容は、被害妄想も甚だしい。俺がそんな時間を無駄にするような真似をするものか。

 なんと返事をしたものか考えていると、フェリペは調子に乗ったのか、つらつらと語り続ける。


「――待て! フェリペ、おい止せ! 馬鹿!」


 ギジグは慌てて止めに入るが、フェリペは意にも介さず舌を回し続け――


「貴方、本当に騎士なんですか?

 貴方のような人間が名高き征剣騎士だとは、信じ難いと言う他は無いのですが?

 ……ギジグさん、貴方今馬鹿って言いましたね。私は忘れませんから、そのつもりで」


 正直に言って、驚いた。仮にも征剣騎士団の紋章が刻まれた、ラクァル以外ではろくに使われていない灰銀の鎧を纏う俺を前に、そこまで無礼な事を言ってのけるとは。なんなんだ、こいつは。ついでにギジグにも掣肘してるし。


「……我が剣は既に神に奉じられしものであり、血神の聖地たる鉄都ラクァルを本拠とする、征剣騎士のものに他ならず。我が剣を……我が誇りと背負う騎士の位を、覚悟を抱くべき家名を疑うと言うのであれば。征剣騎士、黒位二剣。アーダルベルト・ノアイユ。いつでも、剣を以て貴公の疑問を解き明かして進ぜるが」


 とりあえず、適当に付き合ってやるが……どう反応してくるのやら。

 言外に、お前をいつぶった切っても構わないが? とまで言った訳だし、流石にこれ以上、変な物言いはすまい。


「ふふっ、そんなに大層な名乗りを上げたところで、私は騙せませんよ」


 こいつ殺すしか無いのかな?


「あー……そうだな。

 おめでとう、アーダルベルト。何時の間に二剣に昇格してたんだ?

 ディディエ翁も、大層お喜びになっただろ、きっと」


「ん……ああ、もちろん。報せが届いた日は、何人か友人を招いて、一晩中酒盛りしてたぐらいだ。俺を祝いたかったのか、単に宴会を開きたかったのかちょっと分からないぐらいだったな」


「おう、マジか。ディディエ翁が、屋敷に友人を? そんなの何年ぶりだ?」


 俺とギジグが唐突に始めた会話を聞く内に、フェリペは段々と顔を蒼くしていく。さっきもやってたなあ、それ。そういう大道芸で食っていけるんじゃないか?


「……え、あの? ギジグさん? ディディエ翁、って……」


「ああ? 俺がそこまで丁重に呼ぶ人間なんざ、多くねえ。分かってんだろ? 大体、こいつもさっき名乗ったじゃねえか。耳付いてんのか?」


「だ、だってディディエ様に跡継ぎは……ノアイユ家に現役の騎士なんて――」


 ああ、それを知ってるのか。だから名乗ってもあんな反応をしたんだな。

 ……いや結局そこの部分以前で"お前なんて騎士じゃない"と言われてるから、あまり仕方ない、で済ませられる話でも無いんだが。


「こいつは、養子だ。もう一年ぐらい前に、拾われたんだよ、ディディエ翁に。知らないのか?」


「え、じゃあ、本当に? え、あ、あの……わ、私は……」


 フェリペは言葉に詰まり、俺へ……いや、俺が腰に佩く剣へと目を向けた。

 ……今さらに、本当に斬られるのかもしれないと考えだしたのか、身体が震えている。よくその程度の胆力であそこまで……というか、俺が本当に身分を騙る賊徒の類だったとしても、多分もうとっくに殺されてるぞ、こいつ。何なんだ本当に。


「……もういいだろう、とりあえず。互いに、そんなことを話したかった訳では無い筈だ。

 とにかく。とにかく、だ。先ほどまでの非礼も、全て脇に置くとして。

 俺には、あの紋様の意味が分かる。俺の故郷にもあれは有り、俺の母はその読み方を知っていた。これをさえ疑うようなら、お前と話すことは何も無い」


「い、いえ! 騎士様を疑う筈など、ありません!」


「調子のいい奴……」


 餓えた犬っころが尾を振りながら媚びるかのような、縋りつかんとする勢いで俺の言葉を肯定するフェリペに、ギジグはただただ呆れていた。


「よし。それでこの門に刻まれている文字は、古い祈りの句であるようだ。基本的に、必ず神か、生命に結び付けることが出来る語句で構成されている」


「ぐう……我々が何十年と研究し続けていたラクァルの古代文字が、こうもあっさり……」


 そう至極悔し気にフェリペは漏らし、それを受けて漸く、彼が先ほど何を考えていたのかに気が付いた。


「……お前、自分たちが幾ら努力しても分からなかったことを知っていたから、俺をあんなに疑って掛かったんだな? 誇りを持つというのも、善し悪しだな……」


 つまり、こうだ。

 こんなにも自分たちが心血を注いで解明できなかった謎が、このような外の者に理解できている訳が無い。

 故に、それを語る眼前に居る騎士は嘘つきで、高名な征剣騎士たるもの、そんな程度の低い嘘をつく訳が無い。

 結論。この騎士は偽物、証明終了。


「あー成程な。

 いや、俺達ニカリウスの徒だってそんなに傲慢じゃねえぞ……」


「う、ぐ、ぐ……」


 フェリペは反論も出来ずに、ただ息苦しそうに呻いている。


「続けるぞ。それで、見ていて気が付いたんだが……あそこ、見えるか? 丁度扉の左側、真ん中ぐらいの高さの部分……あそこだけ、意味が通らないんだ。他は全部、文法もきちんとしているのに。

 そこで、調べたいんだが。もしかして、これ――」


「ああ、ちょっとちょっと騎士様、そんな不躾に触れては……」


 丁度その奇妙な部分へと手を伸ばし、触れる。変化は、直ぐに現れた。

 触れた部分の石が淡い光を帯び、少しだけせり出したのである。恐る恐る掴み引いてみると、何の抵抗も無くするりと外れた。門が崩れる様子も無い。


「……やっぱり、何かしらの細工でで分かりにくいようにされているみたいだけど、これ、一枚岩じゃないぞ。少なくともこの門の周りの部分は、この四角い石を組み上げたものみたいだ」


「妙だな。俺たちが触った時は何も起きなかったんだが」


「え? 何でだ?」


 だって俺は、特に変な事はしてないぞ。何だ、聖句を唱えるだとか、儀式っぽいことは何にも。……やっぱり、タレルにあったものと何らかの関係性が有るんだろうか?


「知らん。んで、飛び出したってことは、動かせるんだろ、それ?」


「ああ、多分そうだろう。

 ……そうだな。こっち……ここの石と入れ替えれば、完全に意味が通るようになりそうだ」


 先ほどと同じように外したい部分の石に触れ、それを手にし、場所を互いに入れ替え嵌めてみる。

 何かが、かちりという音を立てた。俄かに、一筋の光が石の表面をなぞる様に、紋様に合わせて沿い走る。その数瞬の後に。

 如何なる機構によるものなのかは判然としないが、石造りの分厚い扉は中央から二分され、左右の壁の中へと吸い込まれるように消えていき、やがて奥へと到る道が姿を現した。

 俺たちは三人揃って、食い入るようにその光景を見ていたが、ギジグは一人、はっとしたように魔術を行使する。詠唱と共に現れた、霧とも靄ともつかぬものが、

その入り口をすっかり覆う。


「その魔術は?」


「ああ、これはだな。光やら何やらが流れ込んで、中の古いものを傷めないようにするための保護魔術だ。便利だろ?」


「ええ、ええ。遺跡の発掘には欠かせない、とても重要なものなのですよ、騎士様。

 ギジグさん、ちょっと使うのが遅かったんじゃありませんか?」


「うるせえ、手前も一緒になって夢中で見てただろうが、しょうがねえだろ。

 ……しかし、こんな仕掛けがあるとはな。まず第一に、この言語を知っており、第二に、何かしらの、この石を動かす条件を満たせるかどうか。二重構造の守りが施されてた、という訳か。そうまでして、これを作った奴は何を守りたかったのかねえ」


「うーん、恐らく、血神信仰に纏わるものだとは思うが……さて」


 ともあれ、門は開いた。数百年……具体的な時間までは分からないが、もう永いこと閉ざされていた、今生きている誰もが見たことも無いであろう、古い時代の神秘に満ちたそこへと、俺たちは足を踏み入れる権利を得たのだ。


「とりあえず、俺が先を行こう。それが一番、安全だろう?」


 異論は、出なかった。俺がした提案にも、ここに入って調査をするという事にも。


「――よし、じゃあ、行こうか。

 フェリペ、あまり興味本位で動き回って俺から離れるなよ。何せ、こんなよく分からない機構で閉じられてたんだ。見たことも無い機械に襲われて死んでも責任は取れないからな」


「……そうですね、留意しましょう。ギジグさんも気を付けるように」


「馬鹿野郎、俺は手前と違って無軌道にウロウロせんわ!」


 間髪を入れずに放たれたギジグの言葉に、思わず苦笑する。

 緊張はせずに済みそうだが、気を緩めすぎるのも良くないな。


 俺は眼前に広がっている、人が作ったものでありながら、最早人の気配の一つもない遺跡を改めて眺める。


「――さて、何が待っているのやら……」

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