第2話 鉛の身体


 身体が鉛を呑んだように重く、裏を返せば、激化した頭痛に不意打ちのように襲われる。


 何よりもべったり塗られた記憶が鮮明で何度も頭突きをするような、倦怠感に翻弄されてしまうのが僕のいちばんの悩みだった。


 わざわざ受験して入学した中学でも早々、僕が大切に隠していたはずの、自傷癖がばれてしまい、クラスメートもそれとなく話しかけてはこない。


 お金持ちで苦労知らずの子供が多いから、僕のように複雑な家庭環境で育った境遇の生徒は皆無に等しかったからだろう。




 こうして、学費が高い私立中に通えるのも父さんの安定的で莫大な経済力があるからだ。


 なぜ、僕のような腐った性根をしている人間が、何のトラブルもなく、あたかも非打ちどころがないように振る舞えるのか、気にかければ気にかけるほど僕自身も、その奇跡的な現状は謎だった。




 あの地獄のような家庭内状況から脱せられたからそれでいいのか。


 感謝しなくてはいけない。


 あのときの凄惨な生活からすれば今は本当に嘘みたいに穏やかだから。




 生まれて初めて会う、父さんはちっとも僕の容貌に似ていなかった。


 端正な薄い唇と青白く眼光鋭い、怜悧な双眸が学生時代はいかに秀才で名を通っていたのか、雰囲気だけで折り目正しく物語っていた。


 この人は苦労も知らず、周囲からは期待を一身に背負い、青春を謳歌し、ことの全てが順調に行き、底を這うような不幸を味わった体験がない人なんだな、と僕はその人に紹介されながら直感的に察した。


 母さんから父さんに託されても、すぐにこの人の家で暮らすなんて、あまりにも実感が湧かなくて少しばかりか白々しい。




 支援に当たっていた児童相談員がしかめ面しながら、口を噤むように言った台詞を思い出す。




『このまま君とお母さんは一緒には暮らせないね。お母さんは今、君を育てられるような精神状態ではないよ。児童相談所を通してお父さんの居場所を特定したとはいえ、よくお父さんと連絡が取れたね。このまま居場所がなかったら養護施設だったんだよ、良かったね』




 余計な一言だった。


 居場所。


 そんな幸せな人間しか使ってはいけない言葉を安々と言えやしない。


 居場所なんて愚昧な僕には元々からないのに。


 父さんの考えで中学受験し、この学校の門を不自然な違和感を脱ぎきれないまま、くぐった。




『塾にもあまり通っていないのによく合格できたね。さすが真彦さんの子どもだわ』


 義母さんも合格通知が来たその日の夜に珍しく褒めていた。


『これくらい当たり前だ。俺の子供なんだから』


 父さんは仕事で疲れ切ったのか、そんなに喜ばなかった。


 父さんも義母さんも僕が母さんからされたことを知らないんだ。


 だから、教育熱心を装って僕の将来を決めかかっているのだろう。


 運よく合格しただけでもまだ、こんな些末な僕には運があったと思わないといけない。


 父さんの期待に応えてそれなりの人生を歩まなければならない。


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