IFルート ロゼ(妹)破滅ルート



 ぴちゃん、ぴちゃんと煉瓦に雫が落ちる音が聞こえる。暗く、カビの香りがする狭くて小さな部屋をもう見慣れてしまった。

 

 冷たい石の床にゴロンと体を投げ出しても、もう何も感じない。激しい空腹ももう限度を通り過ぎてお腹は減らない。ただ、ただ水が欲しい。雫が滴っている壁際に行く力は残されていない。


 あぁ、私は不幸のまま死ぬのね。



***


「やはり、見劣りするな」

 シャール様の一言に私はとても驚いた。今日はシャール様と公爵家があつまるパーティーに行く日。

 私はシャール様の見立てたドレスを着ていたが、彼の顔は晴れなかった。気難しく眉間に皺を寄せて、ヴェールの下の顔が険しいものになっているのはすぐにわかった。

「うむ、やはり姉の方が幾分見た目はましだったな」

「そ、そんな……」

 シャール様の冷たい視線、私はドキッとして目を伏せる。

 私はゼボッタ家で幸せな生活を送っていた、何不自由ない贅沢で最高の生活。メイドたちは皆私を尊敬してくれていたし、王族とだってお食事する機会もあった。私はまるで童話のお姫様になったような気分で……。お飾りとはいえど、シャール様は私を愛してくれるようになると思っていたし、そうなるはずだった。

 ——しかし……

 あんなにも優しかったはずのシャール様は日を追うごとに冷酷になっていった。

 私の何がいけないのだろう?

「ロゼ、君には失望したよ」

「えっ」

「君はあの性悪な姉に虐げられて、ひどい人生を送ってきた。だから、心が清らかだと思っていた」

「シャール……様?」

「だが、蓋を開けてみたらどうだろうか? 君は祖父母や姉の心配せず自分のことばかり。見損なったよ」

「私を虐げていた相手ですよ……?」

 私の反論にシャール様が呆れたようにため息をつく。

「君の唯一の家族だろう?」

「でも……」

 シャール様の冷たい視線が私を貫いた。

「他人を踏み台にして幸せを感じているなんて、お前を虐げていたあの姉と変わらないじゃないか」

「だって、それは」

「もういい、パーティーに遅れる。その悲劇の姫様面をさっさと辞めたまえ。お前は俺のお飾りの妻なんだから」

 


 パーティー会場で私はシャール様と一緒に公爵家の方々に挨拶回りを終え、ダンスを踊り、ヘトヘトになっていた。

 結婚をする前、実家の代表としてパーティーや社交会に出ていた姉を羨ましく思っていたけど、目上の方達と話すのはこんなにも大変だったのね。

 言葉の一つ一つ、仕草の一つ一つを品定めするようにみられるのだ。ちょっとでもおかしなことがあればご婦人方の噂の的になってしまう。

 私は飲み物一つ飲むのだって緊張しっぱなしで、全然楽しむことができなかった。

「おや、ゼボッタ公爵夫人、こんなところで壁の花でございますか」

 振り返ると、そこには中世的な顔の美しい青年がいた。

「失礼、僕はアミーリ公爵家の次男ウェリスと申します」

 ウェリスは優しく微笑むと

「そんなに浮かない顔をして、もしかして、噂通りゼボッタ公爵は恐ろしいお人だったのかな」

 ウェリスが私の耳元で囁く。私はうわっと感情が溢れてしまう。シャール様の冷酷さに耐えきれなかった私はその場で涙を流してしまったのだ。

 そして、人気の少ないバルコニーのベンチで泣きながらウェリス様に全てを打ち明けた。

 ウェリス様は優しく私の背中をさすりながら全てを聞いてくれた。

「辛かったね……」

「シャール様は私を大事にしてくれないっ……私は妻なのに」

「本当にそうだね」

「シャール様だって……お顔を隠しているのに私の容姿を批判したのよ!」

「なんとひどい」

「姉がよかったなんて言われたのだって……ひどいわ!」

 あぁ、私はずっとずっと、こうやって寄り添ってくれる人を探していたんだわ。私は美しいウェリス様の顔を見つめる。ウェリス様の優しい瞳に吸い込まれる。

 私とウェリス様の唇が触れ合う寸前、低く恐ろしい声が響いた。


「何をしている」

 シャール様だった。シャール様は手に持っていたグラスを地面に叩きつけると、指を鳴らす。その瞬間、私の手首には重い枷が嵌められていた。

「ウェリス様……?」

 私は隣にいたはずの彼に助けを求め……ようとした。

 しかし、ウェリス様はゆっくりと立ち上がるとシャール様の方へ歩み寄る。

「ご苦労、ウェリス」

「あぁ、同級生のよしみだ。気にするな」

 先ほどの優しい瞳を宿していたウェリス様の瞳は冷たい氷のような光を宿している。埃を払うように私に触れていた方の肩を叩いてウェリスは鋭い視線を私に向ける。

「ロゼ、君を試したんだ。こんなにも早く本性を出すとは思わなかったが……結婚の挨拶をするパーティーで浮気とは結構なことだな」

「シャール様……それはちが……」

「さて、パーティーはこれにてお開きだ。お前のようなお飾りの妻は<いてもいなくても変わりない>からな」

 シャール様はもう一度指を鳴らした。すると私は馬車の中に瞬間移動していた。

「地獄に堕ちろ、もう2度と君が日の目を見ることはないだろうな」

「シャール様……! 違うんです」

「何が違うんだ?」

「そ、それは……」

「君はただのわがままで、悲劇のヒロインを気取っていただけの無能だろう? 君は努力を怠り、自分を甘やかしてくれる他人の男に揺らいだ。それだけの女だ」

「どうして私ばか……」

「私ばかり不幸になるのか?」

 シャール様は指を鳴らして私の服を奴隷のような服に着替えさせた。

「君のせいだ」

「お前をもう悲劇のヒロインにはしない。孤独に一人で罰を受けろ」

「シャール様」

「行き先はゼボッタ家の領地、地下牢の一番奥だ。お前もう2度と日を浴びず、そこで一生を終える」

「そ、そんなっ!」

「お前は俺と婚約する際に唯一の家族を見限った。だから、お前を助けてくれる人も探してくれる人もいない」

「い、いやぁぁぁ!!!!」

 シャール様はフッと消えてしまった。

 私がシャール様をみた、最後の瞬間になった。



***


「何が悪かったのかしら」

「私はただ、ただ愛して欲しかっただけなのに」

「お姉様も、おじいさまとおばあさまも」

「シャール様もヒンス様も」

「どうしてみんな私から離れていくの?」


 私は薄れゆく意識のなか必死に天に手を伸ばした。私の何が悪かったというのだろう? みんなどうして私を嫌うのだろう?

 涙になる水分はもう体にはない。苦しい、呼吸がもうできない。私は一人で死んでいくのだ。

 天国に行ったら、優しかった家族に会えるのかしら。

 お父様、お母様……。


END

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