第5話 断罪
「そうか、話してくれてありがとう」
私の話を聞き終えると、シャール様は大きなため息を着くと姉の方へと振り返った。姉のミルネはヒンスに取り押さえられる必要もないくらい憔悴し切った様子(もしかしたら演技かもしれないけれど)で冷や汗をダラダラと流していた。
姉の友人ばかりの招待客も冷ややかな視線でミルネを眺め、そこらじゅうでヒソヒソ話が聞こえていた。
「確かに、おかしいとおもったわ」
「ずっと妹にやっかいを押し付けていたってこと?」
「てっきり、ミルネさんが公爵様を妹にゆずったとばかり……」
シャール様が指を鳴らすとどこからともなく真っ黒なローブを身につけた執事が現れる。執事は鴉の面を被っていて、その全貌は見えない。
「ミルネ・エルロット男爵令嬢。貴女の不敬をここに俺の名を持って断罪する」
会場から悲鳴が上がった。悲鳴を上げたのは祖母だった。
「そんな! 公爵様!」
シャール様は冷たい視線を祖母に向けた。
「失礼ですが、あなた方は一度でもロゼ嬢の意見を聞いたことはありましたかな」
祖父母はおしだまる。そして、私の方に視線を向けてくる。
「本当に、あの子はわがままで……いつだってこの子、ミルネがあの子をかばっていたんですよ!」
「だから、ロゼ嬢の意見を聞いてあげたことはあるのですか」
「いえ、それは」
「先ほど、ミルネ嬢はロゼ嬢のわがままでこの婚約破棄騒動が起こったと言いましたね」
シャール様は私を引き寄せると
「このボロボロのお下がりのようなドレス、それにパールのアクセサリーは使い込まれて艶に欠けている。それに比べてミルネ嬢はどうだろうか。この場の主役と言わんばかりの純白のドレスに最高級の宝石をあしらったティアラ。どちらがこの場の支配者であるかは言わずもがな。だ」
シャール様は腰に刺した杖を持つとぐわんと振った。私の身にそよ風が降り注いだと思えば、なんと驚いたことに私は美しい水色のドレスを身につけていた。
髪もかわいらしく結い上げられ、その頭には銀色のティアラが輝いている。
「もしも、ロゼ嬢が立場もわきまえず公爵相手に婚約破棄騒動を起こす馬鹿女であればもっと派手な格好をし、男と踊り耽っていたのではないか?」
コツコツとシャール様が杖で床を叩くと私の靴がサイズの合わないお下がりからサイズぴったりのシューズに早変わりする。
「一つ、言えば……<ロゼ嬢が俺を求めてくれていた>ことが嘘だったことがショックではあるが……まぁ、いいだろう。お前たちを断罪してその気持ちを晴らそうではないか。さて、ヒンス、ロゼ嬢の話に嘘はないな?」
ヒンスはコクリと頷いた。
「さて、断罪と言えば、いくらか方法がある」
シャール様はコツコツと杖を鳴らす。
「今ここで、お前たちを打首にする」
ひぃっ、と祖母が喉の奥を鳴らす。
「それとも、そうだな。そこのミルネ嬢に少し活躍してもらう。お前たちの罪は、爵位を返上で贖ってもらう、それで済ませてやろう」
祖父母は顔を見合わせる。それから涙と鼻水でぐしゃぐしゃの顔になったミルネをみて小さな声で言った。
「打首はご勘弁を……」
「おばあさま!おじいさま!」
ミルネのつんざくような声にヒンスが顔を歪ませる。
「それからロゼ嬢。貴女には俺との婚約をこのまま継続するか、それとも破棄するかを選ぶ権利をやろう。なんせ、この女に仕組まれたのだろうから……俺のような怖くて醜い公爵と婚約する義理はないだろうしな」
シャール様は少し悲しそうな目をして私に言った。
「ロゼ嬢が婚約を破棄したら君には良い相手を見立ててあげよう。そうだな、こいつらと関係のない土地へ行くんだ。今までのことは忘れ生きていくのが良い」
シャール様はそういうと杖の先をトントンと鳴らした。
「それとも、俺との婚約を続け、この者らに<公爵家の遠縁>なんて肩書きを与えるか?」
祖父母が希望の目を私に向ける。
「私……」
私の声にその場はシンと静まった。ごくり、とミルネが唾を飲み込む音がした。
「私、婚約を破棄……したくありません」
私の言葉に、祖父母が安心したように息を吐く。ミルネはヒンスの手を振り払って私に駆け寄ると
「今までのことは謝るわ、ねえお願い。公爵様にお願いをして私を救ってちょうだい」
と気持ちの悪い猫撫で声で言った。
けれど、その甘い瞳の中にはどす黒い恨みが見てとれた。ずっとずっと昔から、私を恨んでいるようなどす黒い……。
「公爵様」
「君は俺との婚約を望んでいなかった、それでも婚約を正式にすると言った。なぜだ?」
公爵様は、はじめて私の話を聞き、信じてくれた人だ。
「公爵様、私の話を聞いて、信じてくれてありがとうございました」
私はすがる姉の手を振り払い、それからシャール様の背後へと隠れるようにして言った。
「本日を持って私には家族はおりませんが……それでも正式に婚約をしてくださいますか?」
ミルネが絶叫した。
シャール様が指を鳴らすとミルネは執事たちに両脇を抱えられてどこかへ連れて行かれ、祖父母はなにやら書面にサインをさせられた。きっと爵位を永久放棄する書類なんだろう。
シャール様は私の腰に手を当てると「行くぞ」と短く言った。
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