第6話 大嫌いな妹 (ミルネ目線)

 私は母のお腹の中にいる妹がこの世に生まれてくるのがとてもとても楽しみだった。お母様とお父様とそれからかわいい妹、一緒におままごとをしてお着替えをしてたくさんたくさん遊ぶんだ。



——でもそれは幻想だった。



「お姉ちゃんなんだから我慢しなさい!」

 修道院から帰ってきた母は私に常にこう言った。美しかったお母様は疲れ果てた顔になり、その瞳は私の方を向くことはなかった。

「私もロゼを抱っこしたい」

「だめっ!」

 ヒステリックに叫んだ母に初めて私は頬を叩かれた。それが、私と妹の初めての記憶だった。


***


 妹が少し大きくなると、両親の贔屓はもっと残酷なものになっていった。妹は気立が良く、要領がよく、そして天性の愛らしさを持っていた。

「お姉様! 一緒にお花を摘みに行きましょう」

「いいけれど……どうして?」

「昨日ね、あちらの丘に綺麗なお花が咲いているってお母様が言っていたの。お姉様もお勉強ばかりでは気が詰まるでしょう?」

 ロゼは小さな手で私の手をさするとにっこりと微笑んだ。

「お母様もね、お姉さまが勉強ばかりで大丈夫かしらって心配なさっていたのよ」

 私は頬がぽっと熱くなるのを感じた。

 なんて優しい子なのだろう。

「わかったわ、そうね。一緒に行きましょう」

「お姉様、ロゼがパンを持っていくからお姉様はお紅茶ね」

「はいはい」

「お姉様のドレス、早くロゼも着たいなぁ」

「えぇ?」

「お姉さまがきているその赤いドレス。とってもかわいい」

「お母様はいつも新しいものを買ってくださるでしょう?」

「ううん、ロゼはね。お姉様みたいになりたいの! 賢くてクールで……だからお姉様のお下がりがいいのよ!」

 私はロゼの柔らかい髪を撫でてリボンを結び直してやった。私は嫉妬という醜い感情を心の中に押し殺してかわいい妹のために我慢しようと誓った。



 お母様が買い物に行った隙に、私とロゼはお屋敷を抜け出した。使用人たちの目を盗んで、裏庭の煉瓦の隙間から、こどもだけが抜けられるような小さな隙間。

 しばらく歩いてやってきた丘にはたくさんのひまわりが咲いていた。ジンジンと照りつける太陽も大きな背丈のひまわりのおかげで少しだけ凌ぐことができた。

「お姉様!」

「ほら、手を離さないの」

「ふふふっ、もっと奥にね秘密の場所があるの」

「秘密の?」

「そう、きゃっ!」

「ロゼ!」

 ロゼの体重がぐんと私の右腕にのしかかる。狼用のワナが仕掛けられていたのだ。ロゼはその大きな穴に落ち……

「離しちゃだめ!」

「お姉様!」

「っ!」

 幼い私の腕力では彼女を引き上げることはできず私もろとも穴の中におちてしまった。

「ロゼ!」

 幸い私は擦り傷だけ、ロゼの方は重傷だった。足がおかしな方向を向いている。

「だから言ったじゃない!」

「お姉様、お姉様」

「大丈夫、すぐにお母様たちを呼んでお医者様に……」

「やだ、行かないで! ひとりにしないで!」

 狼用の落とし穴だ。動けないロゼを背負って登ることはできない。でも……、私は怪我をして泣いているロゼを置いて帰ることなんてできない。

「ロゼ、大丈夫、大丈夫よ」


 それが最悪の判断だったと知るのは半日後、使用人が私たちを見つけてからだった。

「ロゼの容態が悪い、すぐに馬車で病院へ」

 お父様の切迫した声が聞こえた。

「このままでは足がなくなってしまうかもしれないわ、あなた王立の病院に顔が効くわよね、私たちが直接出向けば……」

「あぁ、そうするしかないな」

 ロゼの足は紫色に腫れ上がり、足の先は黒くなりかけていた。両親は私のことなんて目に入らないようで私は使用人の腕の中で静かに泣いていた。

 大雨の中、両親はロゼを抱えて屋敷を出ていった。それが、私と両親の最後になった。



 大雨、両親はロゼのためにと馬車を急がせたそうだ。それが仇となって緩んだ山道で馬車が滑落してしまった。それでも馬車の後輪が崖から落ちる前、両親はロゼをなんとか外に放って御者に託し、はるか崖の下へと落ちていったそうだ。

「お母様、お父様」

 泣いている私に寄り添ってくれた祖父母の瞳を見た時、私は悲しみよりも憎しみよりも「嬉しい」という感情が前に出てきた。

 祖父母は両親と違って「妹が一番」ではなかったのだ。だから、私は思った。


(今度は私が一番になる番だ)


 私は泣きすがってくるロゼを見て思った。

 あの丘に行ったのも、あの丘でわがままを言ったのも、助けを呼びに行かせなかったのも、両親が死んだのも……全部全部こいつのせいだ。

 私はお母様に愛されたくて妹が好きなフリをしてたんだ、でももうしなくていいの。私が一番になって良いの。

 私は泣き縋るロゼの手を払い除けた。

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