第4話 真実を明るみに

 シャール様は私の手を取り「少し話しましょう」と熱心な目で私を見つめると彼がベールの奥で笑ったのがわかったような気がした。

「えっと……その」

「門番に聞きました。このパーティーは姉妹揃っての婚約披露宴のダンスパーティーだとか、俺のところまで情報が上がってこなかったのは……いえ、俺の情報収集不足です。貴女をお待たせしてしまったようだ」

 私は彼の美しさに呆然としてされるがままだった。状況が飲み込めないわ。彼は「顔が醜いから隠している」と噂の公爵様だよね……?

 その公爵様の背後ではずっとヒンス様がひざまずいている。そうか、身分的にいえば子爵であるヒンス様は公爵であるシャール様に逆らえないということなんだろう。

「あのっ」

 誰もが私たちに視線を注ぐ中、空気の読めない声を上げたのは誰であろう、姉のミルネだった。

 お姉様は「いつだって自分が中心」でなければ気が済まないのだ。それに、お姉さまの婚約者・ヒンス様が私の婚約者よりも下だなんて気に食わないのだろう。眉間にピクピクと皺が寄っているのがわかった。

「申し訳ございません、妹が直前になって婚約を破棄したいと言い出して……」

 何を言い出すのかと思いきや、ミルネは私とシャール様の手を解くように振り払うとシャール様に上目遣いで言った。

「わがままな妹をお許しくださいませ。もしシャール様さえよければ、元通り私と……」

 (あぁ……私は……何をうかれていたんだろう。いつだってみんな姉を信じる。いつだって……)

 ヒンス様は驚いた様子で姉を見ていたが、相手がシャール様であるからか何も言えずに唇を噛んでいる。

 シャール様は私から視線をそらし、派手で美人で豪勢なドレスを着た姉の方を向いた。

「シャール様、私は妹のわがままを聞いて貴方との婚約を破棄しました。ですが、今なら……」

 ミルネの表情に落ちない男はいない。学園でもご近所でもこうして彼女はいつだって男性を味方につけてきたのだ。天性の美しさとその魔性で……。

 シャール様だってきっと……。私は自分のボロいドレスをみて一歩うしろに下がった。


(あぁ、ヒンス様の時と同じ、私はまた婚約者を奪われるんだわ)


「お祖母様、お祖父様。ねぇ、いいでしょう?」

 シャール様が応えずにいるとミルネは祖父母に同意を求めた。祖父母はニコニコするばかりで私を庇おうとする様子を見せない。いつものことだ。

 祖父母にとって、姉は優秀な上に狡猾で……それでいて自分を見せるのが上手い。だから祖父母は私よりもいつだって姉を信じてきた。

 私の意見は「末っ子のわがまま」と片づけられ、姉の策略はいつだって成功。あぁ、そうだわ。きっと、一生私はこのままなのだわ。


「あぁ、シャール様。申し訳ありません、妹のわがままに……」

 ミルネがシャール様の腕に絡みついた時だった。

 シャール様は冷酷な視線をミルネに向けるとスッとミルネを避け、ヒンスに

「その女はお前の婚約者だろう」

 と冷たく言い放った。震え上がったヒンス様がミルネを抱きとめ、彼女を軽くはがいじめにした。

「えっ……シャール様?」

「貴女の証言によれば妹君はわがままだと、そう言いたいのですね」

「えぇ、シャール様とのご婚約を熱望しておきながら……パーティーの直前に<顔が醜いと噂の男など嫌だ>なんて言い出して……」

 招待客たちがザワザワと声を上げる。私は周りの冷たい目線を感じ、唇を強く噛んだ。

「ほぉ、それは本当かい?」

 シャール様は優しい視線を私に向けた。私はこんなふうに自分の意見を聞かれたのが初めてで言い淀んでしまう。

「え、それは……その」

「ほら、嘘をついていてなにも言えないのですわ!」

「君は黙っていろ、俺はロゼさんに話を聞いているんだ」

 ぴしゃりとシャール様がミルネを牽制する。ミルネは顔を真っ青にして苦悶の表情を浮かべた。それもそのはず、姉の話よりも私を優先する人は今までにいなかったのだから。

「私……私」

 私が言葉に詰まっていても優しくシャール様は見守ってくれた。

 私はゆっくり、ゆっくり真実を口にした。

「元々は、私の婚約者はそこにいるヒンス様でした」

「ヒンス様をみるなり姉がヒンス様に乗り換え、シャール様との婚約破棄の理由に私を使ったのです」

 この辺りで姉が大きな声を上げたがヒンス様が取り押さえるようにして黙らせた。シャール様はそんな姉に目もくれず、私の手を握り続けた。

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