必死に努力しても全部完璧な幼馴染に負けてしまって心が折れちゃいそうになる話

ハイブリッジ

第1話

「ねえねえ」


 一人で下校中、幼馴染みの武見冴子たけみさえこに話しかけられてしまった。


「…………」


「無視しないでよひどいな。一緒に帰ろう」


 絶対に嫌だ。武見とは天地が引っくり返っても一緒には帰るつもりはない。


「幼馴染なんだから昔みたいに仲良くしようよ」


 何かを言ってきているが構わず足を進める。頼むからさっさとどこかに行ってほしい。


「ねえ」


「……っ!?」


 肩に手を置かれて思わず反応し、武見の方を向いてしまう。


「やっと私の方見てくれた」


 頭ではわかっている。武見なんて無視してやり過ごせばいいって。


 でも体は言うことを聞いてくれない。不機嫌な時の武見の目を見てしまうと足が震えて立ち止まってしまう。


「私が触った時さ、体がビクッてなったね。あっ……足が震えてるね。まだ怖いんだ私のこと?」


 震えている俺を見て、武見が嬉しそうに笑う。


「…………ふふっ可愛い」


「……っ」


 くそっ!!


 震えている足を無理やり動かし、俺はその場から走り出した。


 走って、走って……苦しくても足が動かなくてもとにかく走った。武見から少しでも離れるために。


「はあ……はあ……はあ……」


 くそくそくそくそくそっ!!




 ■



 <学校・教室>



「ねえねえ武見さん! 武見さんが載ってる雑誌買ったよ! めちゃくちゃ綺麗だね!」


「買ってくれたんだ。ありがとうね」


 昼休み、武見の周りにはたくさんの生徒が集まっていた。


「昨日のテスト、武見さんが教えてくれたから今までで一番点が良かったの! 本当にありがとう!」


「よかった。でも私はちょっと教えただけでそれは山田さんの頑張りの結果だよ」


「あ、ありがとう……」


 武見と話している生徒はみんなとても幸せそうな顔をしている。


 ……あんなやつのどこがいいんだ。


「この前の球技大会でも大活躍だったね武見さん。バスケ部の人たちよりもバスケ上手だったし」


「体動かすの好きだから。バスケもちょっとかじってたんだ」


「ちょっとやってただけであんなに動けるなんてスゴすぎだよ!」


「美人でスタイル良い。スポーツもできて、テストでもいつもトップ……本当に完璧過ぎるよ」


「褒めすぎだよ。でもありがとう」


「性格も良いし、男女学校問わずモテモテ……はぁ神様盛り過ぎでしょ」


 武見がモテる? みんな武見の上っ面しか見ていないからだ。


 性格がいい? 性格が終わってるの間違いだろ。


 小さい頃から俺は武見に馬鹿にされ続けてきた。


 だから俺は馬鹿にされないように、武見より上になるために勉強も運動もいっぱい努力してきた。


 だけど武見は全部俺よりも優秀で……何を比較しても武見には一度も勝てたことがない。昨日のテストも武見の方が点数が高かった。


 絶対に武見に勝ってやる。次こそ絶対に……。




 ■



 <自宅>



「ただいまー」


 自分の部屋に入るとベッドに武見が座っていた。


「おかえり」


「は?」


「お邪魔してます」


 ヒラヒラと手を振る武見。母さんは武見のことをとても気に入っているので家にあげてしまったのだろう。勝手に家にはあげないでくれってこの前頼んだばかりなのに。


「…………何しに来たんだよ」


「ちょっと話したいことがあって。いつも無視されて話せないからさ」


「帰れよ」


 武見はスッと立ち上がると俺の方に近づいてくる。


「なんで私のこと無視するようになったの?」


「……無視してねえよ」


「してる」


 なるべく見ないように顔を背けるが、覗き込んでくる武見。


「ち、近いから離れろ……」


「嫌。教えてくれるまで離れないから」


「くっ……は、離れろよ」


 距離を取ろうと手を伸ばすがその手を掴まれ、そのまま壁に押さえつけられてしまう。武見の方が背が高いので吊るされているような格好になる。


「なっ!?」


「どうしたの?」


「は、離せって……」


 必死に離れようと力を入れるがびくともしない。


「こ、この離────」


「うるさい」


「っ!?」


 普段よりも低く、お腹の底にまで響く声。


 この声は武見が不機嫌な時の声だ。この声を聞くと腕に力が入らなくなって、体が震え始めてしまう。


「ちょっと強めに言うとビクビク震えちゃうところ……小さい頃から変わらないね」


「……っぅ」


 まだ小さい頃、武見と喧嘩をした時に完膚なきまでに負けてしまった。馬乗りになられて何回も殴られて、言葉でも攻撃されて……あの時のことは今でも夢に出てくる。


 そこから武見に怒られることがトラウマになってしまった。


 武見の不機嫌な声を聞いたり、触られたりするだけで体が勝手に震えてしまうようになった。何か言い返そうとしても武見を見ると言葉が出てこなくなる。


「今度はちゃんと答えてね。なんで私のこと無視するようになったの?」


「……嫌いだからだよ」


「どうして嫌いなの?」


「……それは」


「どうして? 私の方が君よりテストの点がいいから? 私の方が君より運動ができるから? 私の方が君より力が強いから? 私の方が君より背が高いから? 君より私の方が全部勝っているから?」


「…………っ」


「それはね嫌いじゃないよ。嫉妬してるんだよ私に。自分が欲しかったもの全部私が持ってるから」


「………………嫉妬じゃない」


「本当に?」


 大きくて青みがかった武見の目。この目で見られると俺の心の中まで見透かされている気がしてならない。


 クラスのみんなは綺麗だと褒めているが俺は昔から武見の目が苦手だ。


「ねえ……今度勝負しようか?」


「……勝負?」


「うん。君の好きなやつ、得意なもので勝負しようよ」


 俺の得意なやつで………。


「もし君が勝ったら、私は今後一切君に関わらないであげる」


「ほ、本当か?」


「本当だよ。君には何があっても話しかけないし、近づかない。」


 願ってもいない条件だ。もし勝てば武見に怯える生活とはおさらばできる。


「でももし私が勝ったら君には一日、私の言うことを何でも聞いてもらうから」


「えっ……そ、そんな変な条件……」


「君の得意なもので勝負するんだよ? 私の方が不利なんだからこれくらいのご褒美がないと」


 武見の言い分はもっともだ。俺の方が有利なのだからこれくらいの条件は飲まないと……。だけどもし、もし仮に負けてしまったらこの条件だと何をされてしまうかわからない。


 一日馬鹿にされ続ける? もしかしたら……叩かれたりもするかもしれない。想像するだけで憂鬱だ。


「…………そ、その条件はちょっと──────」


「逃げるの? いいの? ここで逃げちゃったら君……一生私に勝てないよ?」


「……っ」


「まあ別に逃げても私は構わないけど。そのままこれからも私の後ろを追ってきてね」


「…………」


 一生勝てない……。武見の後ろを追うだけの生活……そんなの嫌だ。


「…………やってやる」


「え?」


「やってやるって言ったんだ」


 負けることを考えるなんて馬鹿だった。勝つために今までいっぱい努力をしてきたんだろ。


「今度の中間テストで勝負だ。どっちが上の順位かで決めるぞ」


「いいのその勝負で? 私勝っちゃうよ」


「絶対に負けない。いいか? 勝ったら今後一切俺に関わるなよ」


「オッケー約束してあげる。君も負けたら一日私の言うこと聞くって約束して?」


「………………………………約束する」


「声が小さくて聞こえないよ?」


「約束する!」


「『僕が負けたら一日冴子さんの言うことに絶対従うことを約束します』。はい復唱」


「ぼ、僕が負けたら一日冴……武見の言うことに絶対従うことを約束します」


「うん。録音したから今の言葉」


 俺の返事に満足したのか武見がようやく手を離してくれた。


「よし。テスト勉強のモチベーションになるよ」


 足取り軽く荷物を取りに行く武見。


「じゃあまた明日ね」


 そう言い残し、武見は帰って行った。


「…………」


 武見が帰った後の部屋。俺は一人身体が震えていた。


 武見の呪縛から解放される最初で最後のチャンスかもしれない。これを逃してしまったらこれから先も武見にビクビクしながら生活を送らないといけなくなってしまう。


 絶対に嫌だ。


「…………やってやる。絶対に」




 ■



 <休み時間>



「大丈夫か? 最近、顔色悪いぞ。目の下のクマもヤバいし」


「ちょっとテストに向けて勉強してるんだよ」


「勉強はいつもめちゃくちゃしてるじゃんかお前」


「……今回はいつもより気合を入れてんだ」


 テスト週間の時は普段の自習よりも多く勉強をしているのだが、今回はいつもよりさらに何倍も勉強している。ここ数日間、あまり寝ていない。悔しいが寝る時間も勉強に費やさないと武見には勝つことができないから。


「そんなことしなくても毎回テストの結果は良いのに……。ちょっと休憩した方がいいんじゃ……」


「休憩なんかしたら負けちまう……」


「負けるって誰にだよ?」


 武見の方を見ると楽しそうに友人と話していた。俺が見ていることに気が付いたのか武見がこちらに小さく手を振ってきた。


「お、おい。武見さんが何でかわからないけどこっちに手を振ってくれてるぞ。もしかして俺に気があるのかな」


「……知らん」


 自分は余裕だってアピールか……。


 いつもそうだ。俺がどれだけ必死に勉強してもあいつの方がテストの順位は上だ。


 でも今回は絶対に負けない。いつも以上に勉強して、勝負に勝って武見に怯える日々にオサラバするんだ。




 ■



 <テスト結果返却日>



「はーい静かに。今からテストの結果返していくぞー」


 やっとだ。テスト週間を無事に終えて、今日テストの結果が返却される。


 大丈夫……。あんなに勉強したんだ。必ず結果につながる。


「次ー」


「……っ!?」


 い、今までで一番いい点数だ! この点数ならいつもの武見よりも順位は上なのは間違いない。


 やった……やったやった、やったやったやった!! よしよしよしよしっ!! 飛び跳ねて喜びたいのをグッと我慢して拳を握る。


「あと学年順位は靴箱の前の掲示板に今日から一週間貼り出されるから、各自確認しとくようにな」



 ──────────────────



 休み時間。足取り軽く学年順位を見に向かう。


 ……勝った。絶対に勝った。やっとやっとやっと武見に勝ったんだ。


 武見から解放される。もうあいつにビクビクしなくてもいいんだ。そう考えると心も体もとても軽い。


 掲示板に到着するとすでに何人かの生徒が集まって一喜一憂していた。その間をすり抜けて順位を確認しに行く。






 一位 二年△組 武見冴子  900点


 二位 二年△組 ◼️◼️◼️    891点







「…………………………………………え」


 ……2位? 何で? あんなに勉強したのに……。


「すごっ!? 武見さん全教科満点だよ!!」


 後ろから武見たちの声が聞こえる。


 満点……。うそ………だろ。


「今回は勉強したから」


「今回はって……いつもは勉強してないの?」


「うん。授業聞いてるだけだよ」


「ええ!? そ、それでずっと学年トップとか凄すぎるよ」


 ははっ……なんだよそれ。前のテストの時は勉強すらしてなかったのかよ。それなのに前の時も負けて……。


 今回は死ぬ気で勉強したのに……また勝てなかった。


「……っ」


 楽しそうに話している武見たちの声が聞こえる。……………ここにいると惨めな気持ちになってきてしまう。


 教室に戻るため、武見たちの横を通り過ぎようとすると武見が俺の方にチラッと視線を向ける。


「放課後、私の家に来てね」


 俺にしか聞こえないくらいの声で囁くと武見はまた楽しそうに友達と話し始めた。




 ◼️




 <武見の部屋>



「どうぞ入って」


「…………お邪魔します」


 放課後、約束通り武見の家を訪れた。本当は来たくなかったが……。


 武見の両親は仕事が忙しく不在だったので挨拶ができなかった。家に入るとそのまま部屋まで案内され、ベッドに座るように促される。


 俺の隣に座る武見。体が引っ付きそうなくらい近い。


「久々だよね。私の部屋に入るの」


 何故かいつもより機嫌が良い武見。確かに久しぶりだ。何年ぶりだろう。


「テストお疲れ様。頑張ったね。すごいよあの点数は。前のテストの合計点だったら私負けてたもん」


 胸の前で拍手する武見。…………馬鹿にしやがって。お前の方が順位が上のくせに。


「ねえねえ合計点見た時さ、私に勝ったって思ったよね?」


「…………っ」


「だってあの点数だもん。思って当然だよ。何も悔しがることないよ」


 ……どの口が言ってるんだよ。


「やっと私に勝てたって、嬉しくて嬉しくて飛んで喜びたかったよね? ようやく私に一泡吹かすことができたって思ったよね? 私から離れられるって思ったよね?」


 やめろ。それ以上何も言わないでくれ。


「残念。君が私に勝てるわけないでしょ」


 手から血が出るんじゃないかってくらい強く拳を握る。歯を食いしばって、涙が出そうなのを我慢して武見を睨む。


「……あはっ」


 嬉しそうに笑った武見に手首を掴まれるとそのままベッドに押し倒される。そのまま武見は俺の上に跨がり馬乗りの状態になる。


「は、離せっ!! 離せよっ!!」


「堪らないよ君のその目。悔しくて悔しくて泣きたいのに我慢して私を睨んでるその目……」


 武見は恍惚とした表情で俺を見つめている。


「可愛い過ぎでしょ」


 なんだよそれ……。可愛い? こっちは必死に努力して、馬鹿にされて、我慢しているのに……。


「嫌いだ……」


「え?」


「お前なんて大嫌いだっ!! いつもいつもいつもいつも俺の全部を知ってような言い方で馬鹿にしやがって!! 今すぐ離れろっ!!」


「ふふっ……ひどいなー。私は君のこと大大大好きなのに」


「…………は?」


 武見からの思いがけない言葉を聞いて、変な声が漏れてしまった。


「大好き? 武見が……俺を?」


「うん大好きだよ。小さい時から今の今までずっーーーーと。気付かなかったの?」


「な、なんで……」


「なんでって君が私を狂わしたんじゃん。小さくて純粋だった私に君があんな可愛い泣き顔を見せてくるから」


 俺が武見を狂わせた? 


「覚えてる? 小さい時にさゲームで私が勝って喧嘩になったこと」


 覚えてるに決まっている。その喧嘩で武見にボコボコにされたことが今もトラウマになっているんだから。


「今みたいにさ君に馬乗りになって私がいっぱい叩いちゃったでしょ? その時の君の顔を見た時ね、どうしようもないくらい興奮したの」


 話しながら興奮しているのか手首を握っている力がどんどん強くなっていく武見。


「それでね……わかったんだ。私が完璧で何でもできるのは君のあの顔を見るためだからなんだって」


 武見は俺が悔しがったり、嫉妬したり、泣いたりしているのを見たくてずっと俺もことを馬鹿にしてきていたのか……。

 そんなことのために武見は自分の才能を使っていたのか。そんなやつに俺はずっと負けていたのか。


「なんだよそれ。お前……頭おかしいよ」


「知ってる。ほらほら早く抜け出さないとその頭がおかしい私に好き勝手やられちゃうよ」


 さっきから必死に抜け出すために抵抗しているのだが、武見は全く微動だにしない。


「もしかしてだけどもう抵抗してるの? 力でも私に勝てないね。男の子なのに貧弱なところも君の可愛いところだよ」


「くそっ……」


 絶対に抜け出してやる。抜け出してここから逃げてやるんだっ!


「そうそう。そうやってもっともっと抵抗してくれた方が嬉しいかも」


 抵抗して何分か経ったが状況は変わらなかった。俺が必死に抜け出そうとしている姿を武見は微笑みながら見つめていた。


「じゃああと五秒で君が私から離れられなかったら、攻守交替しようか。ごー、よーん、さーん」


「くっ……この……っ!!」


「にー、いーち…………ぜろ。残念、時間切れ。じゃあ私の番ね」


「まっ──────」


 拒否をしようとするがそれも叶わず、武見に唇を塞がれてしまう。


「ぷはっ…………美味しい。もう一回…ううんずっと我慢してきたんだから何回もやろうね」


「えっ……んっーー」


「ちょうだい…………きみの、よだれっ……あむっ……ん」


 その後も何回も何回もキスを繰り返し、口腔内を刺激される。


 何回もされていくうちに途中から気持ち良くなってきて、頭もフワフワしてきて何も考えられなくなる。


 馬乗りのまま武見が俺に覆い被さってくると、耳元で囁き始める。


「私に負けないように頑張って頑張って……でも最後には私に負けて君は堕ちちゃうの。そのために今回のテスト頑張ったんだからね」


 負けたくないと思っているのに、自分が何もできない状況に心が折れかかってきている。


 いやだ……まけたくない。






「数時間経ったらどんな君が見れるのかな? ぐしゃぐしゃに泣いちゃった君かな? それとも快楽に溺れちゃってる君かな? ……すごく楽しみだね」




 終わり




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