⑤お祭り終わって……
「ただいま~。みんな、調子はどう?」
救護テントに戻って、ココハはマカレナたちに向かって呼びかけた。
あいかわらず、テントの中には食べ過ぎ、飲み過ぎの患者さんたちがあふれ、修道女の三人はぱたぱたとせわしなく立ち働いていた。
ぱっと見たところ、マカレナはじめ、みんなしっかり教えたとおりに対応できている様子だ。
「あ、ココハ先生。お帰りなさい!」
マカレナ、レナタ、リタの三人がココハの呼びかけに気づいて振り返り――、
なぜかみんな驚いたように目を見開いた。
ココハのそばまで駆け寄ってくると、どうしたことか、レナタとリタがココハを拝みはじめる。
修道士の二人にそんなことをされると、ココハにとって、とても奇妙な気分だった。
マカレナ院長は二人のような奇行には走らなかったけど、お祈りの時のような敬虔なまなざしを向けられている気がした。
「ど、どうしたの、みんな!? 留守にしてるあいだ、なんかあった?」
ただならぬ様子に驚いて聞くココハに、マカレナが首を横に振って答えた。
「いえ。ココハさんにご指導いただいた通り、皆さまの介抱はつつがなくできていたつもりですが……その……」
「ココハ先生、すごい! 休憩から食べ過ぎないで戻ってくるなんて!!」
「お~。じょ~じんにはマネできないはがねのいし」
マカレナの返答にかぶさって、レナタとリタが叫んだ。
尊敬のまなざしでココハを見上げている。
その言葉に、ココハにもようやく、三人の反応のわけがわかった。
と、同時、思わず目を逸らしてしまう。
「そ、それはまあ……。あはははは」
あいまいに笑って頬をかく。
きらきらと光るまっすぐな三対のまなざしを前に、とても言えなかった。
イハナたちが止めなければ、間違いなく自分も食べ過ぎていたはずだ、なんて。
「だから言ったでしょう。ココハさんはわたしたちとは責任感のレベルが違う、立派な大人の人なんだって」
マカレナが、まるで我がことのように胸を張って自慢げに言う。
そんな彼女を、レナタとリタはじと~っとした半目で見やった。
「院長だって、ココハ先生の分って、食べ過ぎの薬用意してたじゃん」
「ベッドも空けておかないと、ってそうじしてた」
「そ、それは……。万が一の時のためです!」
マカレナはちょっとムキになって言い返す。
もちろん、内心マカレナの判断が正しかったと思っているココハは、何も口をはさめなかった。
と、その時、テントの入り口から男の人の声がした。
「おーい……。すまん、食べ過ぎた……」
「はーい、いま診ます!」
苦しげなその声に、四人がほとんど同時に答える。
ココハは修道女三人の顔を見回して、魔法医の顔になって呼びかけた。
「さっ、おしゃべりはここまでにして、最後までわたしたちもがんばろう!」
お~、と元気良い三人の返事が唱和した。
その後もあいかわらず、食べ過ぎ、飲み過ぎ、腹痛の患者さんはひっきりなしにやってきた。
患者さんへの対応も手馴れてきた四人は、忙しくもしっかりと、気を抜くことなく対応していく。
ちなみに、ココハの食べ過ぎの人たちへの接し方は休憩前よりもちょっぴり優しく、もう“食べ過ぎるな”とは言えなくなっていた。
――――――
日も沈みかけたころ。
どーん、と太鼓の大きな音が広場に響き渡った。
うまいもん祭り終了の合図だ。
「ふわあぁ~」
最後の患者さんを送り出して、ココハたち四人は一斉に大きな息を吐いた。
最後の最後まで気を張っていたぶん、どっと脱力感が襲ってくる。
食べ過ぎの人の数はお祭り終盤になっても、減るどころかますます増えていった。(あろうことか、評議会のチャボやイハナ隊の面々まで一度は救護テントを訪れていた)
「みんな~、お疲れ様~。よくがんばったね」
自分自身へろへろになりながらも、ココハは最後の気力を振り絞ってねぎらいの言葉を三人にかけた。
「はい~。ココハさんもほんとにありがとうございました……」
「うち、こんなに疲れたの修道生活でもはじめてかも……」
「お~、おのれのげんかいをこえました。しんきろくたっせい~」
三人からも、よれよれの声で返事がくる。
達成感よりも、ただ疲れたという感覚だけがいまはあった。
四人が四人とも、テントの中で座り込み、一歩も動けなくなっていた。
と、入り口から声が聞こえてくる。
「やっほ~、ココちゃんたちお疲れ~」
ココハたちとは対照的に、元気いっぱいの声だ。
顔だけを上げて、ココハは力なく微笑んだ。
「イハナさん……。今日も色々ありがとうございました」
訪問者のイハナは、四人の惨状を見回して快活に笑う。
「さすがのココちゃんたちも燃え尽きちゃった感じかー」
「あははは、なんかどっと疲れちゃったみたいで」
「うんうん。そんなココちゃんたちにまた差し入れ持ってきたよ~」
“差し入れ“
その言葉に、ココハの肩がぎくりとこわばる。
もちろん、大量の料理を想像してのことだ。
疲れた身体においしい料理はとてもありがたく、嬉しくはある。
しかし、そのおいしさの魔力は危険だ。
食べ過ぎを自制するのがいかに困難であるかは、さんざん見てきたし自分でも経験済だ。
あれだけ大量にあった魔法薬もいまはほとんど底をつき、食べ過ぎに耐えられるほどの体力も残っていない。
すわ、最後の試練がやってきたか、とココハは身構えだけど……、
「じゃーん、みんな飲んで」
イハナが取り出して見せたのはカップに入った飲み物だけだった。
座り込んでいる四人に素早く手渡していく。
「あ、これ、島レモンのジュースですよね!」
覚えのある見た目と匂いに、ココハは声をあげた。
イハナと街歩きをしていた時、クラーチャの屋台でサービスしてもらったのと、同じものだった。
「そ~そ~。あの屋台のおっちゃん、お祭りには参加してなかったんだけどね~。今日も普通に川沿いでクラーチャ屋さんやってたから、買ってきたよ~」
いつの間に。
ついさっき、ココハに差し入れを持ってきて、そのあと隊商のみんなでそれを食べていたはずなのに……。
このフットワークの軽さは、さすが隊商というべきだろうか。
「わざわざ祭りの外まで……」
「いや~、疲れた時はこれが一番だと思ってさ~。あん時もおいしかったし、ココちゃんたちみんながんばってたし」
「……ッ! ありがとうございます。じゃあ、遠慮なくいただきますね」
差し入れそのものもだが、イハナの気遣いがココハにとって何より嬉しかった。
宣言通り、コップをあおり、ごくごくと飲み干した。
レモンの酸味と、清涼な喉ごしが全身に染みわたるようだった。
「ぷはぁ~」
盛大に息を吐く。
――この一杯のために生きている!
そんなたわ言を叫んでみたくなる心地だった。
修道女の三人も酸っぱさにちょっと顔をしかめながらも、最後まで飲みきっていた。
「はぁ。ほんのり甘味もあって、とってもおいしかったです」
「うん。疲れが吹っ飛んだ気がする」
「はじめはちょっと苦手かな思ったけど、クセになりそ~ですな」
全員、ほんのちょっとだけ元気を取り戻して立ち上がる。
仲良くならんで、イハナに向かって頭を下げた。
「イハナさん、ありがとうございます」
「や~。お礼を言いたいのは街の人たちだと思うよー。みんなほんとに助かったって言ってたし、評議会のみんなも満足してたみたいだし」
イハナの言葉に、ココハたちは顔を見合わせて笑い合う。
ようやく、じわじわと達成感が湧きあがってきた。
「みんな、ほんとによくがんばってくれたもんね」
「いえ。ココハさんのおかげです。わたしたちだけでは何もできなかったですし……」
「ほんと、魔法医ってすごいんですね」
笑いながら、しばらく雑談を交わし合うココハたち。
けど、修道女見習いのリタがさっきから一言も発していないことに、ふとココハが気づいた。
「リタちゃん?」
見やると、リタの頭がふらふらとあぶなっかしげに揺れていた。
「も~げんかいです。すぴ~」
と、思う間もなく、くたりと力が抜けてレナタの肩によりかかった。
そのまま、微動だにしなくなる。
「あ~、もう。リタはいっつもいっつもとうとつに力尽きるんだからぁ」
レナタは口を尖らせながらも、その小さな身体をしっかりと背におぶった。
修道院でお祈りの歌を謳った後と同じ光景だった。
「ココハさん、この子こうなったらもうゼッタイ起きないので、ベッドに寝かしてあげてもいいですか?」
「うん、もちろん」
マカレナに問われ、ココハはうなずき返した。
救護班のテントは街のものであって、お祭りが終わったあとも使っていいのかは、正直ココハにもわからなかった。
けど、眠ってしまったリタを放っておくわけにもいかないし、疲れ切ったココハたちに、修道院までおんぶして帰る気力もなかった。
レナタは慣れた手つきで背中からリタをおろし、ベッドに寝かしつけた。
「ふわぁ。リタの寝顔見てたら、なんだかうちも」
大あくびをもらすレナタ。
「ふふ、レナタちゃんとマカレナ院長も横になりなよ」
ココハの誘いに、とろんとした二対のまなざしが返ってきた。
「……いいんですか?」
「院長、うさぎさんのぬいぐるみ無しで大丈夫?」
「平気です!」
またムキになって言い返すマカレナ。
けど、そのやり取りが二人にとっての限界だったみたいだ。
「それでは、ココハさん。失礼します。おやすみなさい」
就寝のお祈りをもぞもぞと唱えてから、二人もリタの両隣りのベッドにもぐりこんだ。
すぐにかわいらしい寝息が聞こえてくる。
「みんな、よっぽど疲れてたんだね……。ふあ~あ」
天使のような修道女たちの寝顔を見ていたら、ココハの口からも大きなあくびが出た。
「イハナさ~ん。ちょっとわたしも仮眠しますね~」
おぼつかない声音でそう宣言。
「ほいよー。ココちゃんもゆっくり休みなー」
「はい~。おやすみなさい~」
イハナの返事にこくんとうなずいて、ココハも空いているベッドに横たわった。
すぐに、全身が地面に吸い込まれるみたいな感覚がやってくる。
朝から日暮れまでせわしなく働いて、お腹いっぱいごちそうも食べて……。
睡魔はココハの頭にも、すぐにやってきた。
ちょっと休憩するだけ。
そのつもりだったけれど、四人が次に目を覚ました時には翌朝になっていた。
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