②ココハ誘拐事件

「はい、じゃあマカレナ院長ももう一回休憩取って、お祭り楽しんできていいよ」


 お昼も回って、太陽が真上から西にかたむきはじめたころ。

 鐘の音を聞いて、ココハはマカレナにそう呼びかけた。

 ちょうど交代の時間だ。

 レナタとリタももうベッドから起き上がって、ココハ達と一緒にぱたぱたと忙しく立ち働いていた。


「はい、ありがとうございます。でも……」


 マカレナは笑顔でココハを振り返った。

 けど、そのあとちょっと顔を曇らせて、


「ココハさんはどうされるのでしょうか。予定では、わたしの二度目の休憩の前に休憩していただくはずでしたが……」

「う~ん、そうしたいのはやまやまだけど……」


 ココハは苦笑して、テントの中を見回す。

 当初の計画では、三人よりも短い時間だけど、ココハも一回は休憩を取ってうまいもん祭りを見て回るつもりだった。

 けれど、救護テントの忙しさは想像をはるかに上回っていた。

 お祭りスタート直後に比べれば少し落ち着いてきたとはいえ、あいかわらず食べ過ぎの患者さんは次々とやってくる。

 この場の責任者として、とても抜け出せる状況じゃなかった。


「ウチらも、もう仕事はしっかり覚えたし大丈夫ですよ。どんとお任せください」

「おー。ここはリタたちが食い止めますので、ココハせんせ~は先に行ってくだせぇ」


 レナタとリタもココハ達の傍にやってきて言う。


「はい。せっかくですのでココハさんにも、この町のお祭りを少しでもゴタンノウいただきたいです。わたし休憩はもう少し後でも平気ですので……」

「う~ん……」


 屈託ないマカレナの笑顔に、ココハの心も少し揺れる。

 たしかに三人とも、もう安心して任せられるほどしっかり仕事をこなしている。

 もとも、病気や怪我をした人を看護するのも修道院の仕事の一環らしく、感心なくらい、手際もよかった。

 それでも、万一のことを思うとテントを離れるのはためらわれた。


「魔法薬を作る時にココハさん、おっしゃってくれましたよね。ぜったいに無理をしてはダメだと。薬は少し間違えれば毒にもなってしまうのだから、しっかり自分をいたわることも大切なのだ、と」


 うっ、とココハは言葉に詰まる。

 さすが物覚えのいいマカレナだ。

 たしかに自分でも偉そうな顔をしてそんなようなことを言った覚えはあったし、それを指摘されてしまうと弱かった。

「お前の負けだな」と自分の師であるサハラ=スカーレット教諭がにやにや笑ってる姿が、心の中に浮かんでくる……。

 忙しすぎて気にする余裕もなかったけど、食べ過ぎでやってくる患者さんとは対照的に、ココハは朝からぜんぜん何も食べていない。

 自身のケアを怠っていると言われても、言い返せない状態だった。


「う~ん……分かった。じゃあ、マカレナ院長。お祭りを見て回るついでに、簡単につまめそうなもの買ってきてくれるかな?」

「は、はい。それくらいはお安い御用ですけど……」


 ココハの返答に、マカレナの顔はちょっぴり残念そうだった。

 できることならココハにもお祭りを楽しんでほしいと思っているのだろう。

 けど、看護テントの責任者として、ココハがこの場を離れられないのもよく理解できているみたいだ。

 すぐにいつもの笑顔に戻って、さっきよりも強くうなずいてみせる。


「分かりましたっ! わたしの休憩は後回しで良いので、できるだけ簡単に食べられておいしいものをすぐに見つけてきますっ」

「ちょ、ちょっとマカレナ院長―――」


 ココハは張り切って出かけようとするマカレナを呼び止めた。「わたしのことはいいからお祭り楽しんできなよ」と言うつもりだった。

 けど、ちょうどその時―――、


「やっほ~、ココちゃん。修道院のみんな。遅くなってごめんだけど、陣中見舞いにきたわよー」


 ぽかぽか陽気にも負けない明るく弾んだ声が、テントの向こうから聞こえてくる。


「あっ、イハナさん!」


 ココハよりも先にマカレナが声の主に気づき、その名を呼んだ。

 ココハもテントの外を見やると、隊長のイハナだけでなく、ココハがイハナ隊と知り合うきっかけにもなった隊員のテオ、それと最年少の隊員であるフィトの姿もあった。


「んー、ココちゃん久しぶり~。元気してた~? むぎゅ~」

「久しぶり……って、昨日も薬作り手伝ってもらったばかりじゃないですか……」


 諦めきった表情で、イハナに抱きつかれるままになりながら、ココハはぽそりと返す。


「やー、本当はもっと早くココちゃんの応援にきたかったんだけどね~。なにせ、各地方の名産見本市みたいなお祭りなもんでさ~。本業で忙しくなっちゃって」

 

 交易を生業とする隊商のイハナにとっては、うまいもん祭りは仕入れたい情報がそこらじゅうに転がっている、宝の山みたいな催しだろう。

 そんななか、顔を見せに来てくれただけでも、ココハにとってはじゅうぶんうれしかった。


「けど、それもようやくひと段落ついてね。少し手の空いた俺達で、ココハちゃんの応援にきたってわけさ」


 テオが優しく笑って言う。


「テオさん。それにフィトさんも。……ありがとうございます」


 ようやくイハナをひっぺがして、テオ達にぺこりと頭を下げるココハ。


「へへっ、陣中見舞いもたくさん預かってるぜ」


 フィトがそう言って両腕をかかげて見せた。

 右手にも左手にもぱんぱんに膨れ上がった荷袋を下げていた。

 テオの両手も同じように、荷袋でふさがっている。

 てっきり、商用で買った品なのだろうとココハは思っていたが……。


「それってもしかして、差し入れとか、ですか?」


 口に出してしまってから、もし違ってたら催促したみたいで恥ずかしい、と内心慌てるココハ。

 けど幸い、フィトは笑顔でココハの言葉にうなずいてくれた。


「おう。けど、俺達からじゃなくてな―――」

「フィト、詳しいことは後回し!」


 イハナがフィトの言葉をさえぎり、ココハの腕に抱きつくようにしてその身体をぐいと引っ張った。


「わっ、ちょっと、イハナさん!?」

「と、いうわけで、ちょっとだけココちゃん借りてくわね~」

「なにが、というわけなんですか。わっ、ちょっと、押さないでください!?」


 ココハの抗議の声を無視し、なかば羽交い絞めにするようにココハの背を押すイハナ。


「はい。ごゆっくりどうぞ。後のことはわたし達におまかせください!」


 内心、ココハにも休憩を取ってほしいと思っていたマカレナが、その姿を笑顔で見送った。

 直接手出しはしないものの、テオとフィトもココハの脇に立ち、イハナをアシストする。


「マカレナ院長! ちょっとでもなにかあったら、すぐに呼んでよ!」


 テントの外に連れ去られながらも、ココハはマカレナ達に向かって必死に叫んだ。


「おー、ココハせんせー、まひるのゆうかいじけん」

「あれ、助けなくていいのかな、院長?」

「ふふっ、心配ないと思いますよ。きっと、イハナさんには考えあってのことだと思います。さあ、わたし達はココハさんがいない間も、しっかりお仕事しましょう!」


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 ココハがイハナに連行されたのは、救護テントのすぐ裏手だった。

 いつの間にかそこには、大きな布が敷かれていた。

 絨毯と呼べるほど立派な布地ではないけど、大の大人が五人くらいは座れるようなシートだった。


「さぁさぁ、座って座って、ココちゃん」

「も~、なんなんですか、イハナさん」


 力ではイハナに到底勝てないココハは、頬を膨らませながらも、とりあえずおとなしく布地の上に腰を下ろした。

 なんの用かは分からないけれど、ここならすぐに救護テントの中に駆けつけられる。

 そう思うと、すこしだけ気が楽だった。

 テオとフィトの二人がにこにこと笑いながら、ココハの周りに荷を下ろしていく。

 それが完了すると、


「町のみんなからのお礼、イハナ隊隊長イハナ、隊員テオ、隊員フィト、以上三名がたしかにお届けしました!」


 イハナが不意に真剣な顔つきになって、びしっと敬礼してみせる。

 テオとフィトも即座にそれにならって、ぴんと背筋を伸ばした。

 その姿は、さっきまでの強引な様が一瞬で帳消しになってしまうくらい、かっこよかった。


「町のみんなのお礼……ですか?」


 ココハが問うと、イハナはいつものふわふわした笑顔に即座にもどった。


「そうよ~。ココちゃんの診てくれた人の中に、ちょうどあたし達の知り合いがいてね~。『食べ過ぎで苦しくて死にそうだったのを救ってくれたお礼に、俺のイチオシの料理をごちそうしたいんだが、忙しそうだしかえって迷惑だろうか』って感じで、相談されてね~」

「そうそう。それなら俺達が折を見計らってココハちゃんに届けようか、って提案したんだけど……」

「それを見てた他の連中も、後から後から『これを届けてくれ』『これもおすすめだ』『俺からもぜひ礼をさせてくれ!』っていろんな食い物を押し付けてきてさ。んで、こうして分割でお届けにあがりました、ってわけさ」


 イハナ、テオ、フィトの順でそう説明する。


「なるほど~。それはイハナさん達にもご迷惑をおかけしたみたいで……って」


 ココハは納得しかけて、ある単語に引っかかる。


「……分割?」


 テオとフィトが顔を見合わせ苦笑する。

 ココハの問いには、イハナが答えた。


「そうね~。いま持ってきた分で頼まれた量の三分の一ってとこね」

「三分の一!?」

「俺達がいない間にまた増えてるかもな」

「ありうる話っすねー」

「いやいやいやいや……!」


 ココハは思わず腰を浮かせ、自分の周りに山と積まれた荷を指さした。


「どう見てもひとりで食べきれる量じゃないですよね、これ!?」

「あたしらもそう言ったんだけどねー」


 イハナはあっけらかんと笑って返す。


「『それならイチオシのこれを食ってくれ』『いやいや、どれか一つっていうならまずはこれだろ』『いや、これを食わずにうまいもん祭りは語れない』『わしはココハちゃんに三度命を助けられてるんだ。一番に礼をする権利があるはずだ』って、喧嘩になりそうになっちゃてね~。けっきょく、だいたい全部あずかってきちゃった」

「あ~、この町の人達はぁ~~~~!!」


 話を聞いただけで、情景がありありと目に浮かぶようだった。


「とりあえず、あんまり日持ちしなさそうなものを優先して持ってきたから、遠慮なく食ってくれ」


 笑顔で言うテオに、ココハはげんなりとした視線を返した。

 しぶしぶと言った感じて、布の上に座りなおす。


「……いただきます。ありがたくいただきますけどね!?」

「まあ、あれだ。ココハちゃんの好物そうなやつから食えばいいんじゃないか」

「そうですね」


 唯一フォローを入れてくれたフィトにうなずき返しつつ、ココハは荷袋を解いてみた。

 実のところ、ココハにはあまり食べ物の好き嫌いはなかった。

 というか、学士時代は赤貧過ぎて、口になにか入れられるだけでもありがたいという月日が少なくなかったから、食べ物の選り好みをする余裕もなかった。


「あっ、これ……」


 そんなココハが最初に選んだ料理は―――

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