⑦依頼

「えっと、この中で初対面同士は、チャボとココちゃんだけかな?」


 イハナにきかれ、名を呼ばれた二人はうなずいた。

 最初にチャボの方がココハに手を差し出した。


「チャボだ。よろしく、お嬢さん」


 握手を交わしながら、この人はきっと商人さんだな、とココハは思う。

 力強い握手。

 笑顔ではないが、不思議と初対面の人の緊張を解き、信頼感を与えるたたずまい。

 雰囲気のタイプでいえば、イハナ隊の副隊長のエステバンに似ているだろうか。


 チャボは三十そこそこの、イハナの言ったとおりややおでこまわりの後退した男だった。

 やけにつぶらな瞳や、丸いあごがなんとなく犬っぽい顔立ちだ。

 もし、真っ白なひげをはやしていたら、この庭で出会ったピエル犬のオットーそっくりだっただろう。


 ココハの思ったとおり、チャボはこの町で家具屋を営む商人だという。

 畑仕事は趣味程度らしい。

 そしていまは町を運営する評議会の一員として、なにやら相談があって修道院を訪れたという。


「ココハです。えっと、サラマンドラの王立魔導学院の卒業生です」

「ほう、それはすごい!」

「ココちゃんはね、魔法のお医者さんになるために、故郷まで旅してるのよ~」


 なぜかイハナが自慢げに豊かな胸を張る。


「それは本当か!?」


 落ち着いた印象だったチャボが、やにわに色めきたつ。

 単純にココハが魔導学院の卒業生であることを称賛しているという感じではなかった。

 その場の一同が驚くくらい大きな声だった。


「ちょ、ちょっと、どうしたのよ、チャボ」


 イハナに問われ、チャボは咳払い一つ。

 平静な様子に戻ったけど、まだ少し声が上ずっていた。


「ああ、すまない。つい興奮してな。……しかし渡りに舟とはまさにこのことだな」

「えっと、それはわたし達への相談事となにか関係があるのでしょうか」


 マカレナがやんわりと聞いた。

 このあたりの会話の間は、大人顔負けの絶妙さだ。


「ある。大ありだとも」


 チャボは大きくうなずいて、真剣な顔でココハの目をじっと見つめた。


「ココハさん。いや、ココハ魔法医殿。実はこのラスカラスの町で、ちょうどあさって、とある祭りが開催される。

 その時に、ぜひあなたの力をお貸し願えないだろうか」

「えっと……」


 またしても”祭り”の話題だ。

 困惑しながらも、ココハは思考を巡らせた。


「それは、なにか危険なお祭りなんでしょうか」


 魔法医としてのココハが必要とされるなら、まっさきに想像できるのは負傷者が出る可能性だ。

 実は、この国にはけが人が出るような危なっかしい祭りが、少なからず存在していた。

 王都サラマンドラでも、いきりたった猛牛をわざわざ細路地に解き放ち、それに追いかけられるという、いささか狂気じみた奇祭を毎年夏に開催していた。

 魔導学院の学士たちは参加を禁止されていたが、たとえ許可されたって絶対に参加などしたくない、とココハは思っていた。


 サラマンドラの牛祭りほど派手なものではないが、ココハの故郷の村でも、夜中に松明をかかげ、山の上にあるお社から男衆が怒涛のいきおいで駆け下りるという祭りがあった。

 こちらも毎年のように怪我人が出たが、開催中止を呼び掛ける声が上がることはなかった。

 もし、負傷者の介護や緊急事態にそなえての警護を任されるのだとしたら、責任重大だ。


 しかし、チャボはあっさりとかぶりを振った。


「いや、負傷者が出るという意味でなら、危険な祭りではない」


 ココハ達の後ろで、修道院のレナタとリタの二人もうなずき、ひそひそとささやきあっていた。


「だよねー。会場が混んでぶつかったり倒れたりが心配なくらいかな」

「おー。まなーをまもればもんだいない。けど、べつのきけんがある」

「うん。ウチ、チャボさんが何を頼もうとしているのか分かったかも」


 チャボはどう説明すべきかと思案げな顔で、あごに手をやっていた。

 ややあって、ゆっくりと口を開く。


「祭りの名は”万国うまいもん祭り”。その名のとおり、国中の旨い料理を競い合う屋台祭りだ」

「はぁ……」

「レストランやバールの料理人はもちろん、腕に覚えのある者なら町中の誰もが出店可能だ。披露されるのは彼ら自慢の郷土料理や家庭料理。

 パスタ、パエリヤ、ピッツァ……。仔羊のソテーに魚のムニエル、茸や山菜のスープ。そんなメジャーな料理はもちろん、本来その土地その土地でしか食されていないような、手の込んだ、あるいは素朴な料理がこの日に目白押しとなる」


 だんだんとチャボの説明に熱がこもってゆく。


「スープ沸き立ち、肉踊る、まさに食の競演だ。高級料理も田舎料理も関係ない。ただ、”至上の旨さ”という栄光を手にするためのみに集った料理が、ひとところに並ぶさまは筆舌につくしがたい!」

「はぁ……」


 拳を握りヒートアップするチャボと裏腹に、ココハの困惑は深まるばかりだ。

 祭りの趣旨はだいたい理解できたが、それで自分が必要とされるワケが見えてこない。


「というわけでだな、去年やったときは食い過ぎ、飲み過ぎでかつぎこまれる奴が続出してな。二、三日、へたすりゃ一週間は寝込むはめになってしまった」

「え、えぇ……。食べ過ぎ、飲み過ぎ、ですか」


 ココハの呆れ声にかまわず、チャボは熱のこもった口調で問う。


「ああ。魔法医さんなら消化を助ける薬や、腹痛に効く薬も作れるのではないか」

「はぁ、それはまあ、そういう薬はありますけど……」

「おお、ありがたい! ぜひ、この町の連中を助けると思って、祭りの間救急テントにいてくれないか」


 冗談を言っているのかと思ったけど、チャボの様子は真剣そのものだ。


「食べ過ぎなきゃいいことですよね、それ」

「それで済むなら美食はいらん」


 チャボはきっぱりと言い切った。


「たとえ、明日命尽きようと、胃袋の限界を超えてでも、うまいもんを食いたい奴ばかりなんだ、この町の連中は。かくいう私も、去年のあれを思い出しただけで……じゅるり」


 どこか恍惚とした表情で、口の端に一筋よだれをこぼすチャボ。


「…………」


 ココハはどうリアクションしたらいかも分からず、とまどうばかりだった。


「なるほどー。それで市場があんなに混みあってたり、レストランが閉まってたりしたわけねー」


 一方のイハナは得心顔でうなずいていた。

 チャボはイハナの方にも目を向け、


「どうだ、イハナ隊にとっても悪い話じゃないはずだ。祭り中は料理以外にも屋台は出せるから、貿易品も売れるだろうし、余った食材―――小麦やら、木苺やら茸やら、格安で仕入れることもできる」

「そんな余るもん?」

「どいつもこいつも優勝しようとやっきになって、アホみたいにため込んでるからな。巨人族が宴会開いても使いきれまい」

「なんていうか……加減を知らない人たちですね」


 ココハが控えめに言葉を選びつつ、つっこんだ。


「けど、そんな祭りやってるなんて、前ラスカラスに来た時は、ぜんぜん聞かなかったわよー」


 イハナの言葉に、チャボは「うむ」と一つうなずき、


「去年初めて開催されたからな。

 知っての通り、この町は旅人が寄り集まってできた町だ。

 ある時酒場の客同士で言いあいになってね。

 この国で一番うまい料理はなにかという議題だ。

 双方、自身の故郷の料理が一番うまいと言って譲らない。酒場で起こった論争は、そのうち町中を巻き込んでね。ヘタをすれば、町をあげての大げんかだ」

「はぁ……」

「で、まあ、評議会で話し合った結果、だったら実際作ってみて食べくらべてみればいいということになってな。それがうまいもん祭りのもともとの興りだ」

「なんていうか……ノリで祭りをはじめちゃうとこ、ほんとラスカラスっぽいわね~」


 イハナが感心とも呆れともつかない声でつぶやいた。


「……それで、けっきょく喧嘩のゆくえはどうなったんですか?」


 ココハの問いにチャボは大仰に肩をすくめた。

 愚問だな、と言わんばかりの仕草だった。


「それは言わずとも知れたことだろう。うまいものを食って腹が膨れれば、たいていの喧嘩などどうだってよくなるものだ」

「はぁ……」

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