⑥来客
良薬口に苦しというが、完成した薬草のリゾットは案外と彩り豊かで食欲をそそる。
スープとからまると薬草の緑がつやめき、赤や茶の木の実がアクセントを添えている。
お米も程よく煮立ち、スープの中でとろけていた。
「おお、見た目も最初よりずっとよくなっていますです」
「さいしょがひどすぎた」
「リタ、本当のことだけど、いまはそれ言わないで。それに香りもいいカンジ」
「や~、やっぱりココちゃんの魔法が決めてだったんじゃないかな~」
「そんなことないです。イハナさんが院長と二人でつくったスープとお米のおかげですよ」
「それに三人がよくがんばったからだね~」
「はい、それももちろんです」
なんて言いあっていたが、誰もなかなか最初の一口を食べようとしなかった。
また失敗していたら……。
そんな不安が確かめるのをためらわせていた。
「いんちょう、おさきにどうぞ」
「そうね。こういう時はウチらの代表がまず食べないとはじまらないし」
「いえいえ、なにを言ってますですか、あなた達。お客様に先に召し上がっていただくのが筋というものです」
「いや~、マカレナ院長たちのがんばりの成果をあたしらが先食べちゃうっていうのも……」
「ですよね~」
などと互いに遠慮しあい、押しつけあい、なかなか試食がはじまらない。
やがて五人の間で沈黙が生まれ、互いに目線を交わしあい―――
一つの答えがみなの頭に浮かぶ。
「せ~ので食べよっか」
一同を代表してココハが言い、その場にいる全員がうなずいた。
みんなで匙でリゾットをひとすくい。そして、
『せ~の』
声をそろえて、ぱくり。
「んむ、もぐもぐ…………やたっ、おいしい!」
最初に感想を口にしたのはレナタだった。
「ええ、これは大成功ですね」
「にがすぎない。リタでもたべれる」
マカレナとリタも笑顔で、肯定的な感想だった。
「や~よかったよかった」
「はい、なんとか恰好はつく味だと思います」
急遽三人の指導役などという任についたイハナとココハも、ほっと胸をなでおろせる味だった。
おいしい、ということが分かればその先は早い。
みんなあっという間に皿によそった分を食べてしまい、順にお代わりをして、鍋の中身を平らげてしまった。
満腹感はありながらも、薬草のおかげで、どこかすっきりとした食後感だった。
「神さま、今日の糧をお与えいただいたことを、心より感謝いたします」
マカレナが厳かに、けれども笑顔たっぷりで祈りの言葉を捧げ、食卓についていたみなは胸の前で手を組み、食後の黙祷をささげた。
後片付けも五人そろって仲良く終える。
修道院は宿屋ではない。
お客様扱いといえど、ココハたちが手伝いたいと申し出れば、マカレナ修道院長もそれを笑顔で受け入れた。
「や~食べた食べた~」
「お腹いっぱいです。あっ、でもよかったんでしょうか。わたしたちだけでお腹いっぱい食事をしてしまって……」
いまのいままですっかり忘れていたイハナ隊の皆のことを、ココハは思い出した。
けれど、イハナは笑ってぱたぱたと手を振り、
「や~、いいのいいの。気にしない、気にしない。出された料理は笑顔で完食するのが商人の鉄則よ~」
「半分はわたし達が作ったようなものですけどね」
まだまだ、マカレナたちが採取した薬草はたくさん残っていた。
残りのハーブをより分けたりしながら、修道女三人は顔を突き合わせ、
「それで……レナタ、リタ。正直なところ、どう思いましたですか?」
「うん。ウチはいけると思う」
「お~、リタもごうかくとおもう」
「わたしもです。ではヒラソル会女子修道院は、この薬草リゾットで今年のお祭りに参加しましょう」
「いえ~い、決定!」
「おー、さんせー」
なにやら相談しあっていた。
「あ~、盛り上がっているとこ邪魔してわるいんだがね……」
その背中にむけてイハナが遠慮がちに呼びかけた。
「そのお祭りっていうの、お姉さん詳しく聞いてもよいかい?」
「あ、ごめんなさい。わたしたちったら、お客様を放っておいて勝手に盛り上がって……」
「やー、それはぜんぜんいいんだけどねぇ」
「お祭りのことでしたね。はい、わたしたちの知っている範囲でお話いたします」
ココハにとっても、気になるワードだった。
五人でもう一度席につき、マカレナが微笑とともに口を開く。
改めて話をしようとした、ちょうどその時―――、
「おーい、修道院長殿ー。いるのかね」
建物の表の方から、男の声がした。
「あ、他のお客さんみたいですね」
ココハがつぶやく。
「あ、はーい。……すみません、少しお待ちいただけますか?」
マカレナがちょこんと頭を下げてから立ち上がり、
「いまの声……。ごめん、修道院長。あたしもついていっていい?」
部屋をたとうとするところ、イハナが声をかけた。
「え? それはもちろんかまいませんけど……」
きょとんと首をかしげながらも、快諾するマカレナ。
結局、その場にいる五人全員で玄関に向かった。
マカレナの返事を聞いてだろう。
声の主の男は勝手知ったる様子ですでに玄関の中に入っていて、なにやら大きなかごを背からおろしていた。
「おお、お三方。爽健そうで何より。これはうちの裏の畑で採れたアマンダナスだ。素人栽培にしては悪くないデキと思うのでね。よければ修道院のみなで分けてはくれまいか」
「まあ、こんなにたくさん! いつもありがとうございます」
「それで祭りのことでちょっと相談があってな……ん?」
と、そこで男はマカレナたちの後ろからついてきた人物の存在に気づいたみたいだ。
男と目が合うと、イハナは親しげに笑いかけた。
「やっほ~、チャボ」
「……おお。イハナか」
チャボと呼ばれた男は少し意外そうな声を上げた。
すかさずイハナは駆け寄り、玄関に座り込んでいるチャボの首すじに抱きついた。
まるで仕事から帰ってきた父親になつく娘のような絵図だった。
「や~、久しぶりじゃない、チャボ!」
「うむ。イハナ隊が今日町に入ったというのは評議会の者から聞いていたが、ここで出会うとは意外だな。隊商が修道院にいったいなんのようかね」
イハナに抱きつかれながらも、チャボは照れるでも喜ぶでも嫌がるでもなく、ごく自然な調子で返した。
「いろいろあってね~。ってチャボ。評議会って言った? あんたいま十人会のメンバーなの?」
「ああ、この間の投票で決まってな。私などに務まるのかと懸念もあったが、町の運営というのはなかなかに奥深いものだね。日々勉強させてもらっている」
「いやいや、むしろ今まであなたがやってなかったのが不思議だわ。めっちゃ似合ってるわよー。苦労人っぽいもんね、チャボ。おでこ禿げてるし」
「禿げは関係あるまい」
頬をくっつけたまま談笑するイハナ。
ココハは一日ですっかり慣れてしまった光景だが、
「わあ」
「わっ、わっ、わっ!?」
「お~、だいたん」
マカレナたち三人は目を丸くしていた。
特にレナタ副院長など、両手で顔をおおい、首筋まで真っ赤になっている。
修道女三人が明るく快活なせいで忘れがちだが、ここは修道院である。
本来、神に仕える者の修練の場たる修道院において、異性が肌を合わせるというのは、あまりよろしくないかもしれない。
「あ~、ああするのが隊商流のあいさつなの」
ココハはそうフォローを入れた。
本当は、いちいち抱きついたりするのはイハナだけな気もするけど……。
「なるほど! 隊商さんですと、次にいつお会いできるか分からないですもんね」
とりあえず修道院長には納得してもらえたみたいだ。
「終わった? もう終わった?」
「ほらレナタ。もっとちゃんとよく見てべんきょ~すべき。隊商さんのごあいさつ」
「うぅ~、だって、恥ずかしいし」
「レナタのこころがよこしまだから、はずかしく見える。神さまはちゃんとごぞんじ」
「うるさい、アホリタ! 修道女見習いのくせに!」
レナタとリタの間でなにやら始まっていたが、放っておいても大丈夫なじゃれあいだろうと、ココハは判断した。
イハナとチャボはそんな修道女たちの目などお構いなしに、抱きつき、抱きつかれたまま会話を続けている。
「んで、さっきから気になってるんだけど、そのお祭りってどんなもんなの。評議員様の口からぜひ詳しくお聞きしたいんだけど……」
イハナに問われ、チャボは軽く目をみはった。
「冗談で言っているのか。まさか、本当に知らないのか。イハナ、おまえらしくもない。てっきり、祭りの時期をあてこんで行商に来たものだと思っていたのだが……」
皮肉を言っているのではなく、本当に驚いているようだった。
「ん~、ラスカラスの情報って、サラマンドラだと集めにくいのよね~」
「ふふっ、イハナさん、チャボさん。再会の喜びをおじゃましてすみませんが、とりあえず中にいらっしゃいませんか」
いつまでも玄関口で話し込む二人に対し、マカレナが笑顔で中にうながした。
客人を招き入れるタイミングを見計らっていたのだろう。
「おお、これは失礼。無軌道な隊商の長に思わぬ場所で出くわして、少々面食らったのでね」
「もー、あたしのせいばかりにしないでよ、チャボ」
じゃれつくイハナの腕を紳士的に払いのけ、チャボは玄関を上がり、室内履きに履き替える。
そうして一同そろって、修道院の食堂へと戻っていった。
もちろん、新しい来訪者、チャボも一緒だ。
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