⑤魔術とリゾット
―――さて、と。
このくらいの術であれば、大仰な魔道具や下準備は必要ない。
まな板の上にならぶ薬草に両手をかざし、意識を集中させる。
万物に存在するアルケの組成を読み取り、静かに呪文を唱えながら術式を組み立てていく。
複数の薬草が混じっているから、やや魔術の構成も複雑になる。
けど、そこまで難しい術でもない。
このくらいで失敗するようなら、もう一度魔導学院に入学しなおした方がいいくらいだ。
―――うっ、なんか緊張してきたかも……!
自分の思考に自分でプレッシャーを感じてしまうココハ。
振り向かなくて分かる、三対の純粋かつ好奇心いっぱいな視線も重圧に拍車をかけた。
ココハのかざした手から淡い薄緑の光が生まれ、それに共鳴するように薬草も輝いた。
「ふぅ~」
魔術が無事成功して、ココハはほっと息をついた。
『おお~…………へっ?』
邪魔をしないようにと息を潜めていた修道女三人もそろって歓声を上げる。
―――けれど一瞬のちには肩透かしをくらったみたいに、きょとんとする。
「あの……、これからどうなるのでしょう?」
マカレナがおずおずとココハにきいた。
「これでおしまいですよ」
ココハはちょっと困り気味に答えた。
「ん~? リタにはちがいがわかんない」
「ごめん、正直ウチにもそう。見た目も匂いも変わってなくないですか?」
困惑気味のリタとレナタ。無理もないよなぁ、と思いつつココハはうなずいた。
「はい。今回の場合は、魔術を使っても形状にはほとんど変化はつきません。けど、魔導士が観測できるアルケのバランスは間違いなく変わってます。術は成功、だと思うよ」
そんなことを言われても、魔術になじみのない者には納得することは難しいだろう。
実際、ほんとんど物質に見た目上の変化をもたらさない魔術が存在するせいで、魔導士の名をかたる詐欺師は後を絶たないという。
さすがに、魔導学院のあるサラマンドラではほとんど聞いたことがなかったけど。
ココハも疑わしげなまなざしを向けられたことは、一度や二度ではなかった。
これについては、魔法薬を使ってもらったて、少しずつ信頼を勝ちとってゆく他にテはなかった。
けれど、修道女三人の反応は違っていた。
「そうなんですね! すごいですっ」
「お~、これがまじゅつ」
「見た目は変わらないのに、味と効能が良くなっているなんて、魔術というのは本当に素晴らしい力なのですね」
三人のココハに向けるまなざしは、明らかに魔術を使う前よりもキラキラと輝いて、尊敬の念に満ちていた。
あまりに素直すぎる反応で、ココハの方がかえって心配になるくらいだった。
「目には見えないけれどたしかにそこにあって、わたし達に奇跡をもたらしてくださる。なんだか、魔術というのは神さまのお力に似ていますね」
「あ~、マカレナ修道院長。それ、ヨソでは―――特にサラマンドラに行ったりした時は、言わない方がいいですよ」
ココハは苦笑しながら、こそっと助言した。
マカレナが言ったのは、魔術を見た人なら誰しも一度は思う感想だろう。
けれど、神の奇跡と魔術の力を同列視して述べるのは、この国ではタブーだった。
さすがに発言したしただけで火あぶりにされるような時代ではないが、聖職にたずさわる者がそんなことを口にしたと知れたら、教会も魔導学院もよい顔はしないだろう。
「どうしてでしょう?」
「まあ、その、社会の暗黙の掟みたいなもので……」
純真無垢なマカレナのまなざしを向けられ、ココハは曖昧に答えるしかなかった。
自分がきたないオトナ社会の一員であることを意識させられて、胸にこたえた。
いつか―――マカレナたちが大人になる頃には、魔導学院のなかにも神学部ができて、信仰と魔術の類似点を堂々と研究できるような世の中になればいいのに……。
そんなことを願う。
と、向こうからイハナが大声で、
「お~い、修道院長~。手を貸しておくれ~。鍋がふきこぼれそうじゃ~」
「わっ、わっ、すみません、すみません!」
呼びかけに応えて、マカレナは元の持ち場に戻っていった。
―――もしかしてイハナさん、わたしに助け船を出してくれたのかな。
ちらりとココハは思ったけど、自分も料理の方に意識を戻すことにする。
「さあ、レナタ副院長、リタちゃん。もうひとがんばり、最後の仕上げにとりかかろう!」
「はいっ、ココハ先生!」
そこから先はイハナやマカレナとも合流して味の最終調整にかかった。
調理開始から小一時間―――、
『できた~』
五人それぞれ、紙の皿に鍋の中身を盛りつけ、ココハとイハナ、それとマカレナたち三人は歓声の声を唱和させた。
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