第四話 修道生活

①修道女たちの正体は?

 修道院の三人の女の子たちは、すたすたとココハとイハナの前を歩いた。

 自分の背丈ほどもあるかごを背負いながらも、その足取りは軽やかだ。

 犬のオットーは最初に抱きついたリタに一番なついているようで、その足元にまとわりついている。


「きみ、歩きにくいからね」


 リタはしっしと手で追い払うけど、すぐにもどってくるからいたちごっこだ。

 歩きながらも三人は元気いっぱい、おしゃべりに夢中だった。


「リタ、採取のしかた雑過ぎ。根っこまで一緒に切ったら、植物がいたむでしょ」

「それはさいしょのほう採ったやつ。とちゅうからコツが分かったのでしかたのないこと」

「ふふふ、そういうレナタは採りすぎですよ。こんなにあっても使いきれないでしょう」

「え~。瓶詰めにでもして保存すればよくなーい? そういう院長はシルエラの実、少なすぎじゃない? もっと生えてなかった?」

「……だって、高いところの枝のは木登りするのがこわくて」

「も~。だからそっちはリタに任せたほうがいいって言ったじゃーん」

「おー、まかせさい、じゅるり」

「だってほら……この子つまみ食いするでしょう?」

「あー、するわー」

「おいおい、しゅ~ど~いんちょ~、ふくいんちょ~が人をうたがってよいのかね」

「疑ってるんじゃなくて、確信だし。百パーセントつまみ食いするからね、あんた」

「オットー聞いた? こんなひどいこと言うしゅ~ど~いんがほかにある?」

「ばふ」


 三人(と一匹)のやり取りは後ろから聞いているだけで面白い。

 ココハは、つかず離れずの距離で三人のあとを付いていきながら、彼女たちの会話を楽しんでいた。

 自分も学士の頃は親友たちと飽きもせず、しゃべり倒してたなぁ、なんて懐かしく思いながら……。

 一方、イハナは、


「あの足取り……」


 なにやら思わしげな様子でつぶやく。


「どうかしたんですか、イハナさん?」

「あ~、いや、あの子たちの歩き方がちょっと気になってね~」


 と、イハナは前を行く三人に聞かれないようにか、ひそひそ声で答えた。


「歩き方、ですか?」

「うん、少なくとも相当旅慣れてるわね~」

「旅慣れてる? 修道女さんなのに?」

「うん。それに、もしかしたら……」


 イハナは言葉を途中でやめて、笑ってかぶりをふった。


「やっぱ憶測でもの言うのはやめとこ」

「え~、そこで止めちゃうんですか? 気になりますよ~。

 あの子たちに秘密があるとイハナさんは思ったってことですか?」


 ココハが食い下がっても、もうイハナはこれ以上話さないと決めたみたいだった。

 笑って、少し話題を変える。


「いやいや、秘密ってほどのことじゃないわよ~、たぶん。いやぁ、それにしても、修道院長さんたちがあんなに小さな女の子だったなんて、びっくりだわ~」

「えっ、イハナさん、全然驚いてないと思ってましたけど……」

「そりゃー、顔には出さなかったけどさー。内心え~って叫んでたよぉ」


 イハナの対応は冷静そのものだったから、その告白の方がココハには驚きだった。


 ―――やっぱり、イハナさんのようにはわたしはなれないんだろうなぁ。


 イハナのにこやなるポーカーフェイスを思い出しつつ、ココハは内心つぶやいた。


 菜園入り口まで戻ってくると、マカレナたち三人は急な坂道をひょいひょいっと登っていった。

 手もつかず、わずかなくぼみを利用して、飛ぶように上る。

 まるで鹿のような弾むばかりの足取りだった。


「えっ、すごい」


 と、ココハは思わずつぶやいた。

 ゆったりした修道服と小さな身体には不釣り合いなほどの、俊敏な動きだった。

 イハナは、ぴゅーっと感心したみたいに口笛を吹いた。

 坂の上から、マカレナたちがココハたちの方を振り向いた。


「すみません、お二人とも。登れそうでしょうか」

「へ~き、へ~き、まかせといて~」


 すまなそうに頭を下げるマカレナ院長に、イハナは軽く手を振ってこたえた。

 旅慣れたイハナにとっても、苦になるような坂道ではないだろう。

 ココハも小さい女の子たちの手前、あまりかっこ悪いところは見せられなかった。


「よいしょ……と」


 手をついて少し苦労しながらも、登りきる。


「院長。お客さんが来ることもあるしさ、ここ、ちゃんと階段作った方がいいよ」

「おー、まえつくったのは大雨でこわれた」

「ええ。その時からほったらかしだったのはよくないですね。近いうちにもっとがんじょうなものを作りましょう」


 三人はココハたちが登ってくるのを待ちながら、そんなふうに話し合っていた。

 話しぶりからすると、自分たちが利用する分にはまったく不便は感じていないみたいだ。

 ココハが無事登り終えたのを確認して、三人はまた先を歩きはじめた。


「あの子たちの身のこなし……さっきイハナさんの言っていたことと関係あるんですか?」


 ココハがこそっときくと、


「あ~、まあねえ~。そうかもわかんないわね~」


 イハナは苦笑してはぐらかした。


「もう。イハナさん一人で納得してズルいです。わたしにも教えてくださいよ」

「……ココちゃん。噂をかき集めるのは隊商の大事な仕事だけど、噂話をあれこれするのは隊商の役目じゃないのよ~」


 少しまじめな調子になって、イハナは言う。


「それはそうかもしれませんけど……」


 ココハにもイハナの言わんとしていることは分からなくはなかった。

 遠隔地を結ぶ貿易を生業としているイハナたち隊商にとって、噂の確度は生命線と言えるだろう。

 だからこそイハナは、確かではない憶測でものを口にしたがらない、ということなのだろう。

 とはいえ、気になるものは気になる。

 たんに、肝心なところで答えをはぐらかす、イハナ隊のクセが出ただけじゃないか、という気がしなくもないココハであった。


「イハナさん、ココハさん。さあ、どうぞ中へ」


 けど、修道院長のマカレナに呼ばれ、それ以上の追求はできなかった。

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