②修道院に招かれて
一行は修道院の玄関まで戻ってきた。
「ばふ」
犬のオットーは建物の影に回って、また番犬の役目に戻るみたいだ。
たんに、日陰でお昼寝したいだけかもしれないけど……。
改めて、マカレナがココハたち二人を招き入れる。
「さあさあ、どうぞ中にお入りください」
「あれ? リタ。来客用のスリッパ知らない?」
「知らない。……たぶん、寝ぼけたレナタが夜中に食べた」
「食べるか! 人をなんだと思ってんのよあんたは~」
「あ~、そうだ、思い出しました! 犯人わたし。洗濯して干してそのままでした」
「も~、院長、しっかりしてよ~」
「あはははは。すみません、いまお持ちしますので、ちょっとお待ちくださいね」
建物の中に入っても、やっぱり三人はにぎやかだ。
修道院では静寂と沈黙が美徳とされるものと、ココハは思っていた。
けれど、ここの三人の少女は実によくおしゃべりし、そしてよく笑う。
ヒラソル会女子修道院というのは、そこまで厳格な修道会ではないのだろうか。
神に仕える修行者の身としては不謹慎な態度かもしれない。
サン・エステル大聖堂の神父あたりが目のあたりにしたら、声を厳しくして叱りつけたかもしれない。
けれど、彼女たちの笑いあう声はどこまでも明るく、木製の温かみのあるこの場所によく似合って感じられた。
なにより、来訪者であるココハたちの心を楽しく弾ませる。
たとえ落ち込んでいる時にやってきても、この三人と触れ合っていたら、いつの間にか元気になっていそうな、そんなエネルギーを持った明るさだった。
釣りをしていたマルヴィンが「心が洗われる」と言っていた意味も、なんとなく分かる気がした。
「おじゃましま~す」
玄関で靴を脱ぎ、用意してもらった室内履きに履き替えるココハとイハナ。
魔導学院では、寮でも教室でも土足が基本だから、建物の中で靴を脱ぐ、というのは少し新鮮な経験だった。
建物のなかに入っても”温かな”という印象は変わらない。むしろ、強まったくらいだ。
通路は広々として清潔で、天井の大きな採光窓から降りそそぐ日差しが明るく照らしていた。
木の香りが、心地よい。
建物のなかの扉はとても薄く、申し訳ていどに間仕切りする役割しかはたしていなかった。
マカレナは建物に入ってすぐの部屋にイハナたちを通した。
「どうぞここでお待ちください。料理ができましたらお呼びしますので」
修道女三人はぺこりと頭を下げて、部屋から出ていった。
ココハとイハナが案内されたのは、来客用の寝室みたいだ。
部屋にあるのは簡易の椅子と小窓、固いベッド、それとかわいらしいミニチュアの聖母像があるだけだ。
修道院らしい実に質素な部屋で、そこらの木賃宿よりも調度品は少ない。
二人でいると身じろぎするだけで肩がぶつかってしまいそうだ。
けれど、野宿続きだったココハとイハナに文句のあろうはずもない。
それに、部屋はこざっぱりとしている分清潔で、居心地は悪くなかった。
マカレナたちが出ていったあと、ココハは椅子に、イハナはベッドに腰かけた。
「や~、なんかこういうこぢんまりとした部屋って落ち着くわ~」
「あ、わかります! わたしもなんかほっとします」
「おっ? 魔法使いさんのガッコウの部屋も、こんなちっちゃいもんなの?」
「いや……。部屋自体はもっと広いですけど、わたし、散らかし魔だったので……。足の踏み場もなかったです」
「あはははは、そうなんだ~。ちょっと意外~」
「はい。帰りの旅に出る時、一番大変だったのが、部屋の後片付けだったくらいで……」
どうやらここではおしゃべりを咎められる心配はなさそうだったので、二人はたわいない雑談に華を咲かせた。
「……できれば修道院の中をもっと見て回りたいんですけど、なんだか三人とも忙しそうでしたね」
「だね~、なんであんな若い子たちが修道院長なんてしてるのかも聞いてみたいけど、後回しね~」
二人はおとなしく、部屋でお呼びがかかるまで待つことに決めた。
待つ間も、二人でいるなら苦にならなかった。
修道院の感想や、今日あった出来事だけでも、おしゃべりのネタは尽きない。
……のだが。
「院長、院長。ふきこぼれてるって~!」
「あらあら大変です。あはははは」
「レナタ~、焦げた~」
「リタ! とろ火って言ったよね。なんで火力全開にしてるの!」
「レナタ、茎までお鍋に入れてますけど、このぶぶん、ふつうに毒ですよ」
「うえぇ~、うそ~、早く言ってよ、院長~」
「レナタ。しゅうどういんちょ~の座をねらっていても、どくさつはやりすぎ」
「するか、あほリタ!」
不穏な悲鳴の数々が、薄いかべを通して聞こえくる。
おまけに食器なのか調理器具なのか落っことしたりぶつかったりする、どたばたした音がたえず響いてくる。
「…………」
「…………」
ココハとイハナはしばし無言で顔を見合わせ、
「……ココちゃん、あの子たちの様子見にいこっか」
「そうしましょう、イハナさん」
うなずきあって部屋を出た。
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