③門番ビガロ

 まるで魔法みたいに、エステバンが話を終えたのとぴったり同時に、町の門が目の前に見えてきた。

 改めて近くで見ても、サラマンドラとは比べられようもないほど、素朴で小さな門と壁だ。

 半分以上は天然の岩場にそのままつながっていて、町を囲むという役割さえ果たせばそれでいい、と言わんばかり。華麗なアーチと幾何学模様を施しほこらしげにそびえる、大理石でできたサラマンドラの門と比べると、どこまでも武骨だった。

 なのにその素朴さも、気取らない魅力があってかわいらしく思えた。

 屋根の低いその門に近づくと、


「おう、やってきたな、イハナ隊ご一行」


 野太い声に出迎えられた。

 見やると、門の下に見事な太鼓腹の大柄な男が立っていた。頭頂部が薄く禿げ上がり、その代わりなのか、立派なこげ茶色の口ひげをたくわえている。

 こぢんまりとした門の中にいると、なんだか窮屈そうに映った。

 にいっと笑って、イハナ隊一行を待ちかまえているふうだった。


「おお、ビガロ~ッ!」


 その姿をみとめたイハナが、隊員たちの間をかきわけて、彼に駆け寄った。

 ちょうどココハにサラマンドラ郊外でしたみたいに、そのままの勢いで相手に飛びつく。

 ココハはその時イハナにされるがままだったけど、今回の相手は巨漢と描写して差し支えない男だ。


「だっはっは~」


 だみ声で笑いながら、イハナのダイブをがしりと受け止める。

 そして、まるで幼子にするみたいに、イハナの両脇を持って高くかかげあげた。

 持ち上げられた格好のまま、イハナはビガロと呼んだ男の両頬に交互にキスをした。


「イハナぁ、二年ぶりくらいかぁ。全然変わっとらんなー、お前は」

「ビガロはまた太ったんじゃない? 服のボタンが弾け飛びそうよ~」

「毎日門番暮らしだからなぁ、痩せようがない。がはははは」

「開き直るな、コラ。少しは運動しないとダメよ~。そのうち門から出られなくなるわよ」

「構うもんか。もう俺は旅をやめたんだからな。でっかい鳥に乗るなんざもってのほかだ」

「うちの騎鳥ちゃん達だってあんたを乗せたくはないわよ~。重量制限オーバーです~」

「言ってくれるじゃねえか、この!」


 他の隊員たちと一緒に門の近くまできたココハは、ケタケタと笑いあう二人のやりとりを目を白黒させて見ていた。

 イハナとビガロと呼ばれた男のテンションについていけず、置いてけぼりを喰った感じだ。

 二人はまるで十年ぶりに再会した親娘おやこみたいな雰囲気だった。


「隊長はどこへ行かれても、ああして文字通り相手の懐に飛び込まれますが、まあ……ココハさんは真似されないほうがよろしいでしょう」


 エステバンがそっとココハに耳打ちした。

 門の中では、先に到着したフィトとモデストの二人も、あきれ顔で佇んでいた。

 言われなくても、とても真似なんてできそうもない。

 ココハも、自分のことを人見知りなほうではないと思っていたけど、隊商の隊長たるイハナのコミュ力とは比べるべくもなさそうだった。


「さて、諸々の申請はそっちの兄ちゃんが済ましてる。あとは、その鳥と馬車をこっちによこしな。なあに、悪いようにはしねえさ」


 ビガロと呼ばれた門番は、まるで山賊のような笑みを浮かべて言った。


「いいけど~、まちがってもうちの子たちに試し乗りしてみようなんて思わないでよ~」

「はっ。こっちからお断りだ。俺は椅子以外の四つ足に尻を乗せねえ主義でな」


 二人はまたも豪快に笑いあう。

 イハナは軽くあごをふって隊員たちに合図した。

 騎鳥の手綱を持った隊員が先に市壁をくぐってゆく。

 その際に、さりげない所作でエステバンが馬車から何かを取り出し、門番ビガロに近づいた。


「どうぞ、ビガロ殿。通行税代わりにお納めください」


 ニヒルに薄く笑いつぶやくエステバンの姿は、なんだか裏取引をもちかける闇商人みたいだった。

 ココハがちらりとその手元を覗き見ると、それはワインの瓶のようだった。


「おお、そうそう、こいつだこいつ。こればっかはサラマンドラの老舗にいかないと手に入らんからなぁ!」


 瓶のラベルを目にしたビガロが破顔した。

 まるっきり牛の骨を目の前に置かれた犬そっくりの顔だ。


「しっかし、商人は商売相手の顔を忘れないって言うが、俺なんぞの酒の好みまで覚えてやがるとは……。感心を通り越して恐ろしくなってくるぜ、お前ら」

「いえいえ、我らにとって仲間の命の次に大切な騎鳥と馬車をお預けするのですから、これくらい当然のことですよ」


 薄い笑顔とともにエステバンはさらりと言うが、暗に贈りものと引き換えに、しっかり騎鳥たちの面倒を見るよう念押ししているみたいだった。


「うわ……」


 ココハは思わず小声でうめいていた。

 決して嫌味や押しつけがましさはないのに、はたで見ているココハまで背筋がこわばるようなプレッシャーを感じた。


「お、おう、どんと任せておけ」


 どん、と胸を叩いて鷹揚にうなずいたビガロも、一筋冷や汗を浮かべて見えた。


 ―――イハナさんのようにはなれないって思ってたけど、エステバンさんのようにはもっと無理かも……。


 そんな思いを抱きつつ、ココハも隊員たちにならって門をくぐる。

 中に入ると、市壁と隣接して、大きな厩舎が立ち並んでいた。

 ココハが物珍しげにそれを眺めていると、


「宿じゃなくて、門のとこで馬とか牛とかの乗物を預けるのがこの町の規則なの。

 なんでだと思う、ココちゃん?」

「うーん」


 イハナに問われ、ココハは少し考えてから、


「交通事故をなくすため、とかですか?」


 王都サラマンドラでも、馬車による事故は残念ながら絶えない。

 ココハも市街を歩いていて、ひやりとした場面は何度もあった。


「うん、それも理由の一つ。ココちゃん、せいかーい。ほら、みんな拍手」

「やめてください、恥ずかしいです」


 隊長の命に従って手を叩こうとした一同を、ココハは慌てて制した。


「あとは犯罪予防ってのがおっきいかな~」

「犯罪予防……ですか?」

「そっ。万一あたし達が町でなにか悪さしても、足を奪っておけばすぐ捕まえられるでしょ? それに旅人にとって自分の馬とか馬車って生活必需品みたいなもんだから……。言葉は悪いけど、人質みたいな意味もあるわね」

「なるほどぉ」


 感心してふんふんうなずくココハ。


「旅人が作った町ならではのシステムよね~。ま、ビガロはあんな悪役拳闘士みたいな顔しといて騎鳥ちゃんたちの扱いも心得てるし、ちゃんと餌やりもやってくれるから、こっちも文句なしなんだけどね」

「ツラは関係ねぇだろ、おいこら」


 門の中からビガロが叫んだ。


「あら、聞こえてた?」

「当たり前だ」


 そうビガロは憤慨してみせたが、お気に入りのワインが飲めるのがよほど嬉しいのか、口元のにやつきまでは抑えきれていなかった。

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