②ラスカラスの伝説

「町の起源については少々伝説めいた部分もありますが、語り継がれているところによりますと、三人の旅人が最初にこの地に住み始めたと云われています。彼らは三人はそれぞれが複雑な経緯で故郷の国を失い、安住の地を求めて諸国を渡り歩いていました」

「複雑な経緯……ですか?」


 ココハの問いに、エステバンが微苦笑をもらしたのが背中越しの気配からでも分かった。


「それを物語りはじめたら町に着くまでの時間では到底足りません。またの機会に譲るといたしましょう。―――三人のうちの一人は、巫女として神の言葉を聞く才があったと云われています。彼女はある時、我らが祖国におもむき、サラマンドラに住むよう亡き故郷の神から信託を授かりました」

「神託……」


 いつしか、ココハはエステバンの語りに夢中になっていた。

 彼の声は低く物静かなのに、不思議とうなる風の音にかき消されることもなく、ココハの耳に届く。

 道は、螺旋階段みたいにカーブを描きながら下る坂道だった。

 なかなか足にこたえる道だったけど、街を目前にした一行の足取りは軽かった。

 ココハは転ばないように足元に気をつけながら、エステバンの話を聞いていた。


「神のお告げに従い彼らはサラマンドラにやってきました。ですが、彼らに都市が下した答えは”移住拒否”でした」

「えっ……」

「当時のサラマンドラはいまよりもずっと、他国の者の移住受け入れに厳しかったのです。そのことは伝承のみでなく、街の記録にもはっきりと残されています。

 失意のうちに彼らは町を出ました。巫女は『我らをたばかったのか』と彼らの神をなじりました。そして、あてのない放浪生活に戻って五日目の時―――我らが先ほど上から見た、町の中を流れる大きな川、ブリサ川を発見しました」

「ふんふん……」

「その瞬間、巫女に再び神託が下されました。『ここに家を建て、終(つい)の住まいとせよ』と。三人は悟りました。この地を見つけるために、神はサラマンドラに行け、とお命じになったのだと」

 考えてみるなら、ここには豊富な水源もあり、土地は開け、周囲には山野も森もある。大都会のサラマンドラも徒歩でわずか五日ばかりの距離です。彼らを受け入れてくれる町がないのであれば、ここに自ら住まいを作りあげればいい。それが彼ら三人の下した結論でした」

「じゃあ……その三人の旅人が、さっき見た町を作ったんですか?」


 少し結論を急いでココハがきいた。

 エステバンはちらりと振り向き、かぶりをふった。


「いえ、彼らが最初に作ったのはちっぽけな小屋だったと云われています。彼らはそこで、行き来する旅人を当てこんで茶屋を開きました。これが彼らが予想していたよりもはるかに繁盛しました。サラマンドラを目指す、あるいはそこから出立した旅人にとって、ちょうど中継地点となるこの場所に店があることは、なにかとありがたかったのです。やがて三人は茶屋を旅籠(はたご)へと変え、旅人が寝泊まりできるようにしました。

 それから後、この地の利便性に気づいた者、街を追われた三人の考えに同調する者、あるいはそんな彼らの消費を当てこんだ商人等が、同様にこの地に家を建てはじめました。三人は自らも流浪者であった経緯からか、どんな出自・素性の人間も受け入れました。そうして旅人達が寄り集まり町の形を成した―――それがラスカラスの町の興(おこ)りです」

「ほぇ~。じゃあ、さっき見た町、最初は一軒のお茶屋さんだったってことですか?」

「ええ、そう言い伝えられています」


 驚くココハに、どこか満足げにエステバンはうなずいた。


「いまでもラスカラスは元旅人や移民、あるいは故郷の町からなんらかの理由で追放された者が多く住んでいます。町長のような代表者はなく、三年に一度住民の投票で選ばれ、十人からなる評議会によって運営されています。その成り立ち上、町の性格はよく言えば大らかで柔軟、利便性を認めればたった一日で規則や制度を塗り替えることもしばしばあります。まあ、悪く言えば気まぐれで行き当たりばったりなところもありますが……」

「気まぐれで~」あたりのくだりで、ココハとエステバンはある一方向に目を向けた。

「ん? なんでそこであたしを見るかな~」


 イハナがむっと言って、


「いえ、なんとなく……」

「特に他意はありません」


 二人はそう返し、やっぱり二人同時に視線をそらした。

 エステバンは何事もなかったかのように話を続ける。


「我ら行商人にとっては、非常に面白い性質の”穴場”なのですが、町の成り立ちゆえか、サラマンドラの民はどこかこの町を軽んじている風潮があります。国の発行する地図上にはいまだラスカラスの地名はなく、正式に町とも認められていません」

「ま~、それも時間の問題だと思うけどね~。こんな面白くってかわいい町、いつまでも無視してらんないでしょ」


 そうイハナが横から口をはさんだ。


「余談ですが、隊長はこの町をココハさんに見せたくて、今回ここを経由するルートを選ばれたようです」

 最後にエステバンが思い出したようにそう付け足し、

「そーいう余計なことは言わなくてよろしい。もう」


 イハナは頬をふくらまして、その背をばしんと平手で叩いた。

 照れ隠しもまじっているのか、けっこう派手ないい音がしたけど、エステバンは軽く肩をすくめてみせただけだった。

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