第三話 旅人の町

①町が見えた!

 天気はいいけれど、風の強い日だった。

 びゅうびゅうとうなる風の音が、早朝からうなりつづけていた。

 高地を渡る風が、隊商たちのマントをはためかす。

 ココハも帽子が飛ばされないよう手でおさえながら、彼らについて歩いた。


 道はくねくねと曲がる山間の尾根道だった。

 この程度の悪路は騎鳥にとってはなんでもないようで、器用に馬車を引いてすたすた進む。

 この日も日の出とともに出発したイハナ隊は、途中小さな休憩をはさみながら、三時間ほど歩き通した。


 太陽がくっきりと東の空に昇り、朝の光に月が姿を消す頃―――、

 一行の先頭を行く若い隊商のフィトが大きな声で叫んだ。


「隊長! 見えてきたっすよ!」

「おー、いま行く~!」


 隊長のイハナもよく通る声でそれに答え、ついでになにやら嬉しげにぴょんぴょんと跳ね、小走りになった。


「ココちゃん、はやくはやく!」


 イハナは先頭の隊商たちに追いつくと、くるんと振り向いて手招きした。


「え、あ、はい」


 なんだか分からないまま、ココハも足を早めてイハナについていく。

 少し距離を開けて見えるイハナの姿は、髪が風に乱れても、それさえ絵になるようだ。

 美人に生まれついた人はどんな時も美人なんだなぁ、なんてことをココハは思う。


「わっぷ」


 正面から強い風が吹いて前髪が目元に貼りつき、軽く顔をしかめるココハ。

 どうやら急カーブを描く道の西面が大きく開け、見晴らし台のようになっているみたいだ。

 傍まで近づくと、イハナはその開けた西側を指さしていた。

 隊商のみなもその辺りで足を止めている。


「ほらほらココちゃん、見て見て」


 風に目を細めながら、ココハはイハナの指さす先に目をやった。


「わあ。あれ、町ですよね」


 ココハの声が自然と弾んだ。

 眼下に見えたのは、城壁に囲まれた町並みだった。

 ちょうどサラマンドラの西の門から出た時みたいに、高みから町の様子が一望できた。

 サラマンドラほど大規模な都市ではない。けど、


「なんだか、かわいい街ですね」

「でしょでしょ。分かってるね~、ココちゃん」


 ココハの感想に、イハナはなぜか得意げにふふんと豊かな胸を張って、


「なにを隠そう。ここはいまこの国で一番カワイイ町と言われている、ラスカラスの町でございまーす」


 観光ガイドよろしく、うやうやしく言った。


「言われている……って、誰が言ったんすか、隊長」


 後ろから隊員のフィトがまぜっかえす。


「うっさいわね~。あたしよ、あ・た・し。あたしが言ったってことは近いうち、サラマンドラじゅうの人が言うようになるわよ~、だ」

「隊長の目利きは時に神がかってますからな。それが冗談にならないところがおそろしい」


 副隊長のエステバンがぼそりとつぶやいた。

 聞こえているのかいないのか、イハナは無反応だった。


「でも、本当にカワイイっていう言葉がぴったりの街ですねっ」


 眼下の光景を眺めながら、ココハは弾む声でつぶやいた。

 高みから見下ろす町並みには、どことない”手作り感”があった。

 街路は適当に曲がりくねり、舗装されているところと、土の地面がむきだしなところが混ざりあっている。

 家々の造りも木製だったりレンガ造りだったり、天然の岩をくり抜いたようなものだったりとまちまちで、統一感がない。

 家屋の密集している地帯になぜか畑がぽつんとあったり、かと思えば田園地帯のど真ん中に長屋らしき建物があったりする。

 町の北西部には幅広の川が流れ、その周辺は緑に囲まれている。

 サラマンドラと違って背の高い建物はほとんどない。

 全体的にわちゃわちゃとしてまとまりなく見えるのに、それがどこかかわいらしく感じられる。

 ラスカラスはそんな町だった。


「意外とサラマンドラだと商人でもこの町のこと知らなかったりするんだけどねー。ラスカラスは別名旅人の街っていってね。旅人たちが寄り集まってつくられた街なのよ」

「旅人の街?」

「そっ、旅人の街。っていうわけで~、エステバン、解説よろしくっ」

「そこで丸投げですか」


 エステバンは肩をすくめる、お得意のポーズをとった。

 少し思案してからココハの方を向き、


「街に着くまでまだ少し歩きます。歩きながらお話するとしましょう」

 静かに告げる。


「あ、はい。よろしくお願いします、エステバンさん」

 なんとなくイハナに対するより緊張気味に、ココハは頭を下げた。

 と、そこでフィトが会話に割り込んだ。


「じゃあ、俺、一足先に行って入国の手続きしてくるっす」

「おっ、気が利くじゃな~い、フィト。そしたらあなたと……そうね、モデスト。二人で行ってきてくれる?」


 イハナは出来のいい生徒を褒める先生みたいな満足げな笑顔だった。

 イハナに名を呼ばれたモデストという隊員はこくり、とうなずいた。


「…………」


 モデストは、イハナ隊ではどちらかというと年配の男性隊員だった。

 いつもターバンを目深にかぶり、無精ひげを生やして、口元に煙草をくわえている。

 寡黙な男で、隊員同士が軽口を言い合っている時も、むつりと眉一つ動かさない。

 隊商というより、木こりか漁師でもやっている方が似合う雰囲気の持ち主だ。

 けれど、野営などの際は誰よりも早く立ち回り、他の隊員がためらうような力仕事も実にさりげなくこなしていた。

 ココハも、イハナやエステバンが彼のことを信頼しているのを、なんとなく感じていた。

 今回の指名は、若いフィトのお目付け役といったところだろう。


「……いくぞ」

「うっす」


 モデストとフィトの二人は一羽の騎鳥にまたがり、坂道を駆け下りていった。

 道が急カーブを描いていることもあって、二人の姿はあっという間に見えなくなった。


「さって……じゃ、あたしらも行きますか」

「ええ。ではココハさん。話の続きをしましょう」


 いつもの隊列とは違い、エステバンは最後尾のイハナとココハのすぐ前を歩いた。

 背中越しに語りかける。

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