④町歩き開始!

「さて、と……」


 騎鳥たちも預けおえ町の中に入った隊商たちは、イハナを囲んで丸く集まった。

 といっても、市門の近くはまだ郊外で、門と厩舎以外は、ちらほら畑がある程度だ。


「フィトとモデスト……それとアダン、宿の手配しといて。適当にばらけちゃっていいから。エステバンはダリオとダリアを連れて商館のあいさつ回り、交易の下準備ね。残りは町で情報収集。来るたび色々変わってるからね~、ここは。やり方は各自に任せるわ」


 イハナはてきぱきと指示をくだしていった。そして、最後に付け足す。


「わたしはココちゃんに町を案内するから」


 それを聞いたココハは「えっ」と驚いてイハナの顔を見つめた。


「そんな……悪いですよ。隊長のお仕事、してください」


 イハナは笑ってぱたぱた手を振りつつ、


「いーのいーの。難しい場面じゃなきゃ、基本あたしは口出さないようにしてるから。それに、本格的に商売やるのは明日からだし。エステバンがバラしちゃったけど、この町、ココちゃんにいろいろ見せたいと思ってたんだよね~」


 隊員たちも特に異論はないようで、むしろごく当然という顔をしていた。

 それが彼らにとって自然なやり方だというなら、ココハにも異存はなかった。


「えっと、じゃあ、お言葉に甘えて……よろしくお願いします、イハナさん」

「こっちこそ~、よろしくね、ココちゃん。それじゃ、解散!」


 イハナ隊は、それぞれの役割を果たすべく散開していった。

 イハナはココハの方を振り向き、少し思案してから提案した。


「じゃあ、ココちゃん。町歩きの一発目なんだけど、まず市場を見てみない? サラマンドラと比べるとちょっとごちゃっとしてるけど、そのごみごみ感がまた面白いのよ。あたしのイチ押し」

「へ~! いいですね、行ってみたいです」


 ココハも二つ返事でその提案に賛成した。

 どこを提案されたとしても、イハナのおすすめなら間違いないだろうと思った。

 イハナの先導で、二人は市壁を右手に見る形で路地に分け入った。

 通りを行きかう人たちは、なるほど、たしかに出身の国も地方も違うような、旅人風の装いの男女が多かった。

 サラマンドラからわずか五日ばかりの町なのに、遠い異国にやってきたみたいな心地だった。

 ココハが物珍しげにきょろきょろと周囲を見回していると、


「ほーら、ココちゃん。あんまりぼ~っと歩いているとはぐれちゃうわよ~」


 幼子をやんわり叱る母親みたいな声で、イハナが笑った。


「あっ、す、すいません」


 ココハは恥ずかしさ半分、ほんとに迷子になる怖さ半分でイハナに駆け寄り、並んで歩く。

 イハナもそんなココハが町見物をできるようゆっくり歩き、一つ一つ指さして解説してくれる。


「あれはこの国の北の方、ピラナ山脈の向こう側の家屋ね。あっちはペガルナ半島風建築。いますれ違った人、珍しいアクセサリーつけてたでしょ。あれは海を隔てて向こう岸のフィロバンス国の出身ね~」

「へ~」


 さすが、機動力が売りのイハナ隊隊長の解説は堂に入っていて、淀みなかった。

 世界各国の人種見本みたいな町に、ココハの好奇心はどんどん募っていく。


 通りを歩いていると、時おりイハナは顔見知りと出会い、誰とあった時もビガロにしたみたいに、百年来の友と再会を果たしたように、とびきりの喜びを表してあいさつを交わした。

 驚くべきことに、イハナは相手の出身に合わせて、都度あいさつの仕方を変えていた。

 頬にキスをしたり、握手を交わしたり、肩を叩いたり、手を胸の前に合わせてお辞儀をするようなあいさつもあった。あいさつの言葉も、一人一人違う。

 祖国のあいさつを受けた相手はいずれも嬉しそうだった。

 顔と名前を間違えることも一度もない。


 そんなちょっとしたあいさつだけでも、イハナの隊商としてのすごさが感じられた。

 やがてイハナは、一通りの多い通りを右手に折れ、細路地に入っていった。


「近くで見ても、やっぱりおもしろくてかわいい建物ばかりですね」

「でしょでしょ~。来るたびに町並みも変わってて飽きないしね~」

「それでよく迷わないですね。わたし、五年住んでていまだにサラマンドラではよく迷子になってました」

「あはは~、まあさすがに方向音痴で隊商は務まらないしね~」


 そんな雑談を交わしながら細路地を歩く。

 並んで歩くこともできない細い道なので、イハナの後ろにココハが付いていく形だ。


 ―――向こうから人が来たらどうするんだろう。


 ふとココハは思ったけれど、幸い誰ともすれ違うことなく細路地を抜けた。

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