④地を駆ける鳥
「さ、じゃあ乗ってみようか、ココちゃん」
「うぅ、でも……」
ただ一人納得してないのは、ココハ本人だった。
騎鳥に近づくと、さっきまでの恐怖心がよみがえってきた。
けれど、これ以上隊商に迷惑をかける方がもっと怖かった。
「よ、よろしくね……」
決死の覚悟、と呼ぶのがふさわしい悲壮な面持ちで、騎鳥の身体にそっと触れた。
赤茶の羽根にてのひらが包まれ、生温かい肉の感触が伝わってきた。
騎鳥は我関せずの態度で、けだるげに前方に目をやったままだった。
悪戦苦闘の末、どうにかこうにかココハはあぶみに足をおさめ、鞍にお尻を乗っけた。
再び地面が下方に遠ざかる。
「手綱をもって、肩の力は抜いて。膝でぎゅっと胴体をはさむ感じで、力込めちゃって大丈夫だから。この子、けっこうグイグイ引っ張ってくるけど、負けないようにしっかり握ってね」
「は、はい……」
イハナが後ろからココハに両手を重ね、そっと手綱を揺らした。
すると、その合図を受けて騎鳥が歩きはじめた。
どすどす、と重い振動がお尻に伝わってくる。
「そうそう、そのまままっすぐ。おー、まだ肩がこわばってるぞ~。力抜いて~、リラックス、リラックス~。もうちょっとだけ軽く肘を曲げてみよっか~」
「え、あ、はい……!」
言われるままに、ココハは必死で手綱を握った。
そうしている間にも二人を乗せた騎鳥は他の隊商たちの後を追って、ずんずん進み続けた。
「よーし、よし、だんだん良くなってきたよー。ココちゃんがびくびくしちゃうと、この子も戸惑っちゃうからねー。ほら、足音のリズムをよく聞いてー。この子と同じものを見てる気持ちになってみよう」
「はい……、あ、あれ?」
ココハは、緊張はいまだ取れ切っていないものの、自分がほとんど怖がっていないことに気づいた。
というよりも、手綱を握るのに必死で怯える暇もなかった。
騎鳥は首を伸ばし、グイグイ手綱を引っ張ってくる。
下半身には、イハナの後ろに座っていた時よりもダイレクトに、たくましい筋肉の躍動が伝わってくる。
人間よりもはるかに大きく力強い生物につかまって、その大きさに呑み込まれまいと必死だった。
それに加えて、自分の後ろにぴったりとくっついているイハナの存在にもドギマギさせられた。
自分の手に添えられたイハナの手は細くしなやかで、柔らかい。背中には自分のものとは比べるのも虚しい豊かな膨らみが押しつけられている。頬をくすぐる栗毛からはなんだかいい匂いがしてくる。
とても、一年の半分を旅に暮らしている人の容姿とは思えなかった。
―――エメリナといい、このイハナさんといい、なんで人間ってこんなに不平等にできてるんだろ。
そんな想いがココハの頭をかすめた。
「う~む、ま~だちょっと固いな~」
いまだココハが緊張しているとみるや、イハナはおもむろにココハのわき腹をくすぐりだした。
「うおわッ。ぶぶッ!?」
手綱を握っているせいで、ココハはなすがままだった。
身をよじった拍子にバランスを崩し、危うく落ちかける。
「ををっ」
すかさずイハナが抱きとめ、ことなきを得た。
上に乗る二人の異変を感じてか、ぐえっと鳴き声を上げ、騎鳥が右に左に蛇行しはじめた。
イハナがココハに重ねた手を誘導して、これもなんとか元に戻った。
「ちょ、ちょっと、何するんですか!?」
かなり本気で抗議の声を上げるココハ。
「いや~、緊張がほぐれるかなーって」
「荒療治過ぎです! いい歳して、子どもみたいなことしないで下さい!」
「……イイトシ?」
「あっ……」
イハナの声のトーンが不吉に低くなり、ココハは自分がイハナ隊に存在する絶対の禁句を口にしてしまったことに気づいた。
「いや、いまのは言葉のあやっていうか……」
「ふっふっふ、ココちゃんは自分がいかに無防備な状態か分かってないみたいね。コチョコチョの刑、執行決定!」
「それはガチでやめてください! もとはといえばイハナさんのせいですよ」
「問答無用!」
「ちょ、だからくすぐり禁止です! 本気で危ないですって!」
隊の最後尾できゃっきゃと交わすココハとイハナの嬌声に、副隊長のエステバンはそっと肩をすくめ、テオは安心したように苦笑をもらした。
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