⑤手綱をにぎって
ひとたび恐怖からも緊張からも解放されると、騎鳥の乗り心地はこの上なく爽快だった。
いつもよりも目線がずっと高く、ぐんぐん草木が後ろに遠ざかっていく。
まるで巨人にでもなったみたいだ。
あれだけ怖かった上下の揺れも、それがこの生き物の刻んでいる鼓動のリズムだと知ると、それに合わせるのが楽しくなった。
まるで、手綱や触れ合っている下半身を通して、この大きな生物と一体になった心地だった。
「おおー、もうすっかりコツをつかんだみたいじゃのー。ココちゃん、さすがは魔法使いさんだ」
「いや、だからそれ関係ないですって……」
口にこそ出さなかったけど、本当に凄いのはイハナの方だとココハは気づいていた。
騎鳥を乗りこなすのは、乗馬よりもずっと難しいとココハも聞いていた。
まったくの素人であるココハが、曲がりなりにも騎鳥を操れている気分になるのは、イハナの指導が的確なおかげだ。
いまも後ろにぴったりとくっついて、姿勢の作り方から、手綱の力の込め方まで微調整をずっと続けてくれている。
それがなければ、とっくに騎鳥に振り落とされているか、暴走してどっかに駆けだしてしまっているかもしれなかった。
「あ、ココちゃん、ネハル湖」
「え、あ、ほんとだ、すごい!」
台地の半ばを進んでいると、道の左手が大きく開け、遥か下方が見渡せた。
そこには大きな湖があった。
西に傾きかけた日差しを受け、水面はきらきらと輝いていた。
ネハル湖は王都サラマンドラをすっぽり飲み込んでしまうくらい大きな湖だ。
サラマンドラの生活を支える地下水脈も、この湖を水源としていた。
ココハも、周辺の薬草や良質の水を手に入れるため、何度も採取に足を運んだことがあった。
サラマンドラの街同様、名残惜しくなる光景で、つい見入ってしまう。
「ほらほらココちゃん、よそ見運転は危ないぞ」
「いや、いまのはイハナさんのせいですよね!?」
やがて道は崖沿いのやや細いものに変わった。
けどもう、ココハにはそんな道も怖くなかった。
騎鳥に乗った隊商たちは一列になって、慎重に、けれども軽快に道を行く。
馬車もあやうげなく細道を通過した。
そのあとはまた開けた平野部が続いた。
「ココちゃん、も少しスピードあげてもいける?」
「はい、平気です」
イハナの問いにココハは自信をもって答えた。
「オッケー。―――エステバン!」
イハナは片手を高く挙げ、指を複雑に動かし、副隊長になにやらジェスチャーを送った。
エステバンもうなずき返すように、同様のジェスチャーで答えた。
その次の瞬間、騎鳥たちの動きが1・5倍くらい速くなった。
「ココちゃん、手綱を揺らしてみて。叩きつけるんじゃなくて、そ~っと合図するカンジ」
添えられたイハナの手に誘導されて、ココハは手綱を軽く持ち上げた。
―――お願い、もうちょっとだけ速く、でも速くしすぎないで。
そんな念をこめて手綱を振り下ろす。
「そうそう、ココちゃん、上手上手」
ココハの念が通じたのか、イハナの誘導が絶妙だったのか、ココハたちの騎鳥も周り同様に速度を上げた。
流れる景色がまたちょっぴり速くなり、頬に当たる風も強くなる。
けどそれも、いまのココハには心地よかった。
最初はあんなに怖がってたのがウソみたいだ。
いつかは全速力で走る騎鳥にも乗ってみたかった。さすがに、いまはまだそれは怖いけれど……。
大空を飛翔するワシを見て、その翼をうらやましく思ったけど、地上を走る鳥もいいかも。
そんなことを思うココハだった。
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