③足手まとい?
「ココちゃんはあたしと一緒に乗ろっ」
振り向いた時には隊長の威風も一瞬で消し飛んでいた。
イハナはケーキ屋のお姉さんみたいな雰囲気にもどって、ココハの手を引いた。
すぐ前を行く隊商の一人から騎鳥の手綱を引き取って、ココハを前に立たせた。
あらためて間近で見ると、大きな鳥だった。馬と違ってその胴体が丸々と膨らんでいて、羽毛の隙間からたくましい筋肉が見て取れた。
「えっと、イハナさん……?」
ココハは救いを求めるようにイハナを振りかえった。
イハナは相変わらずのにこにこ笑顔だ。
「よっ……と」
ふんわりした髪をなびかせ、軽業師のようにさっそうと騎鳥にまたがる。
一瞬のちには、馬上の人ならぬ騎鳥の上の人となった。
「さっ、おいで、ココちゃん」
「え、えっと……」
イハナは片手で騎鳥の手綱を握り、もう片方の手を歓迎でもするみたいにココハに向かって差し出した。
けど、騎鳥の背は高くて、ジャンプしても届きそうにない。
その間に、とっくに他の隊員たちは騎乗を終えていた。
一体の騎鳥に二人、あるいは三人乗りになり、馬車に乗り込む者も数人。あらかじめ誰がどうペアを組んで、どの騎鳥に乗るかは決まっているようで、洗練された鮮やかな動きだった。
―――ああ、またわたしのせいで……。
ココハは意を決し、イハナの見よう見まねであぶみに足をかけた。
「もうちょいもうちょい。うん、うまいぞ、よしっ、引っ張りあげるから力入れて。せーの!」
イハナが上でしっかり手綱をにぎってくれているお陰か、ココハが悪戦苦闘している間も、騎鳥はおとなしくしていた。
なんとかかんとかココハは騎鳥によじのぼって、鞍の上にお尻を乗っけた。
「よしっ、ココちゃんしっかりつかまっててね~。それじゃ、全隊、出発!」
イハナのかけ声一下、騎鳥たちは一斉に動き出した。
「わっ、ひぅっ」
ココハは短い悲鳴を何度も上げて、イハナの背にしがみついた。
―――こ、怖いっ!
声に出すのはなんとかこらえたものの、腹の奥底から恐怖心がこみあげてくる。
騎鳥のスピードは実はそこまで速くなかった。
全力で走れば地を駆ける鳥の中でも最速と云われているが、この時は徒歩のおよそ倍速程度の並足だった。
けど、ココハは未知の感覚に思いっきり翻弄された。
傍で見るのと、自分がその上に乗るのとでは感覚が全然違っていた。
騎鳥がドシドシと重い足音を立てて歩くたび、身体が上下に激しく揺さぶられる。
時には鞍からお尻が浮き上がるほどだ。
地面が遠くて、まるで宙に放り出され続けているような不安がこみあげてくる。
景色が移り変わるのが速すぎてめまいがした。
「うぅぅ……」
ココハは手にびっしり汗をにじませ、頭をイハナの背にくっつけ、力を込めてしがみつく。
「わお、そんなにぎゅっと抱きつかれたらお姉さん、ちょっとドキドキしちゃうゾ」
イハナの軽口に付き合う余裕もなかった。
ココハはただ、これ以上隊商の足手まといになりたくないという一心で、こみあげる恐怖心と戦っていた。
途中からはぎゅっと目をつむっていたので、どこをどう通ったのかもまるで分からなかった。
イハナはそんなココハをリラックスさせようと、手綱を握りながらも、ココハにいろいろ声をかけてみたがダメだった。
一度恐怖心に支配されてしまうと、耳元でびゅうびゅうなる風の音ばかりが気になって、イハナの声は耳に入ってきても心に入ってこなかった。
ココハにとっては永遠とも思えるような時が過ぎ―――、
「全隊~、この先地面が平らなトコで小休止!」
「おう」
イハナの号令によって、やっと休憩が訪れた。
どしん、とひときわ大きな衝撃のあと、ココハとイハナを乗せた騎鳥も足を止めた。
イハナはがくがく震えているココハの背をいたわるようにさすった。
「ごめんよ~、ココちゃん。怖い思いさせたね」
「い、いえ、こちらこそ……すみません」
「もう止まったから大丈夫だからね。降りれそう?」
「は、はい……だ、だいじょうぶです」
と、返事はしたものの、ココハの身体はがちがちにこわばってまったく動かなかった。
そんなココハの様子を見たイハナは、
「ごめーん! 手ぇ空いてる人ちょっとこっち来てー!」
大きな声で隊員を呼び集めた。
そしてまず自身がひらりと騎鳥の背から飛び下り、
「は~い、いいよ~。ちゃんと受け止めるから思い切って落っこちてきて~」
「は、はぃぃー」
結局ココハは、イハナたち数人が下で受け止め、別の数人が反対側から押し上げる形でなんとか降ろしてもらった。もう、ほうほうの態だった。
「あうぅー」
腰がくだけて、草の上にへたり込むココハ。しばらく起き上がれそうになかった。
「ココちゃん、大丈夫?」
その横に座って、さすが能天気なイハナも心配げに気遣う。
ココハは無理やり笑顔を作ってみせた。
「は、はい、なんとか……」
「無理しないで。しばらく休んでようね」
ココハは立ち上がろうとしたが、その前に、隊員の一人、ココハに一人息子を助けられたテオがお茶をもって二人のところにやってきた。
「ココハちゃん、どうぞ。飲めるかい?」
「あ、テオさん……、ありがとうございます」
ココハは震える手でコップを受け取り、両手で包みこむようにしてお茶を飲んだ。
「ふう~」
清冽なお茶が喉をうるおし、少しだけ元気が出た。
「隊長、これ以上騎乗で進むのは難しいのでは?」
「うーん、そうねー」
「しかし徒歩で向かうには、野営地までまだ少々距離がありますな」
副隊長のエステバンもやってきて、やんわりと口をはさむ。
「この辺りはそう難しい地形じゃないから、多少日が落ちてもなんとかなんないかな」
「ふむ……。しかし、無用にリスクを増すのは……。初日から行程のペースが乱れるというのも、あまり好ましくないですな」
その後、テオとエステバンの二人は難しい顔をして、小声でなにやら意見を交わしあった。
―――ああ、やっぱり自分が足手まといになってる……!
会話のすべてが聞き取れたわけではないけれど、いや、それだからこそ、ココハは気が気ではなかった。
自責の念がどんどん膨らんでいく。
「あ、あの、わたし大丈夫ですから。この後も騎鳥に乗って―――」
「よっしゃ、決めた!」
ココハの声をさえぎり、イハナが勢いよく立ち上がって、元気よく言った。
隊員たちもココハもそんなイハナに注目して、続く言葉を待った。
イハナはココハの手を取って、ぐいと引っ張り立ち上がらせて、
「次はココちゃんが前に座って手綱握ってみよう!」
「へ?」
ココハは言われた意味が分からずきょとんとした。一瞬後、
「え~!? いやいやいや、ムリですよ。わたし後ろに乗るのでもイハナさんにしがみつくので精一杯だったんですよ!?」
「へーきへーき。ココちゃん運動神経いいし、それに魔法使いさんって動物とお話できるんでしょ」
「……できませんよ」
イハナの言葉は一般人が魔導士に対して抱いている代表的な誤解の一つだった。
確かに、アルケの変化を通して動物の心身状態を計ったり、動物を手なずける(テイムする)魔術は存在する。
魔導学院では自然魔学と分類される学科だ。
けど、それはココハの専攻ではなかったし、その方面の才能はからっきしだった。
「わたし、乗馬だってしたことないですし……」
「そっか~、まあ、いいから。トライトライ!」
けど、イハナは深刻に受け止めてる様子はなかった。「いいから」の一語で済ませてしまう。
隊商たちは五分ほどで休憩を切り上げた。
「よしっ、じゃ、騎鳥たちも十分休んだことだし、陽が暮れるまでに出発しましょう」
隊員たちからも特に異論は出ず、それぞれの騎鳥の元へと戻って、その背にまたがった。
隊長が決めたことであればそれに従うまで、そう思っているふうだった。
テオだけは気遣わしげにココハの方を振り向いたが、イハナが「だいじょーぶ」というように大きくうなずいてみせると、軽く会釈して自分の持ち場に戻った。
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