④卒業パーティー
学生は勉強が本分。
魔導学院の学士は、在学中は
そうでなくとも、魔導というのは何かと学ぶのにお金がかかる。
参考図書や魔道具を購入をするのに食費を削ってしまう学生も少なくない。
貴族の令嬢であるエメリナも、在学中は他の生徒とそう変わりなかった。本当に困った時以外は実家からの援助を断っていたからだ。
そんな彼らにも、卒業式の時ばかりは豪華な贈りものが学院から用意されていた。
コンサートホールの貸切パーティーだ。
それも職人街にある酒場のようなものではない。
普段、学生達には縁のない、サラマンドラの貴族地区にある、正真正銘の高級ダンスホールだ。
「うぅ……絨毯が真っ赤だよう、天井からなんかきらきらしてるのがぶらさがってるよぉ」
「……こわい」
ココハとノエミは、入口で手を取り合い固まっていた。
二人だけではない。生徒たちはみな、最初の一歩を踏みだせずためらっていた。
「みんな、何をしていますの? 日が暮れてしまいますわよ」
さすが貴族の令嬢エメリナは違った。
ためらいなくスタスタとダンスホールに足を踏み入れ、不思議そうに生徒一同を振りかえった。
それで呪縛がとけたように他の生徒たちもほっとした顔で、ホールに入る。
とりあえずエメリナにならえば間違いないだろう、そう判断したみたいだった。
最後までちゅうちょしていたのはココハとノエミの二人で、せーのと声を掛け合い、おそるおそる足を踏み入れた。
「なにやっていますの、二人とも。魔導学院だって立派な高級建築でしょうに」
「うぅ、それとこれとは話が別だよぅ」
「ノエミ。上級修学士になったら、貴族の方とも社交の場が増えるのですから慣れておきなさいな」
「ん。……むり」
腰に手をあて呆れるエメリナに、いまだ及び腰のままココハは口をすぼめた。
ノエミもココハ同様挙動不審だったが、それもホールの奥に並ぶ大量の料理皿を目にするまでだった。
彼女の目がきらんと輝き、たたたたと小動物みたいな動きで料理の棚に駆け寄った。
「……エメリナ!」
くるんとふりかえると、
「……これ、全部食べていいもの?」
彼女にしては大きな声で訊いた。
「もちろんよ。バイキング形式なのね。料理人に言えば、お代わりもどんどん持ってきてくれますわよ」
「おお、マジか!」
「うおお、肉だ肉!!」
「鹿肉なんて何年ぶりだ、おい」
エメリナの言葉に男子生徒たちの間からも歓声が沸き上がった。
ノエミも鼻息を荒くして、無言の雄叫びをあげている。
ココハやエメリナ達一部の友人しか知らないことだが、ノエミは小柄な身体からは信じられないほどの大食漢だった。
自分の取り皿に、こんもりとこぼれそうなほど肉や魚やパエリア、パンなどを積みまくる。
「そんないっぺんに積まなくとも、料理は逃げないわよ」
エメリナの呆れ声も耳に入らない。
「はむ、んぐ、んん……」
今度は積み上げた料理を黙々と平らげてゆく。
それに負けじと男子勢も料理をとりはじめた。
「ノエミさんってクールで孤高ってイメージだったけど……」
「うん、なんかかわいいかも」
そんなノエミの姿に、他の生徒たちも緊張をほぐされたみたいだ。
思い思いに料理を手に取り、談笑をはじめた。
そして―――、
「あの、え、エメリナさん。ぼ、ぼくとその、お、お、おどて、いや、踊っていただけますか!」
二十歳前後の男子生徒の一人が、そう申し込んだ。
エメリナよりも年上なのはまちがいないが、年長者としてのよゆうはまったくなかった。
顔を真っ赤にして、姿勢は必要以上にぴんと直立不動で、はたで見てても分かるくらい汗ばんでいた。
卒業日という心浮き立つ日に、なけなしの勇気をふりしぼった。そんな様子だった。
それに気づいた周囲の男女たちがほほえましげに彼を見て、「がんばれ」とエールをささやいた。
「ええ、よろこんで。お手柔らかにお願いいたしますわ」
一方のエメリナは、余裕たっぷりに、制服のスカートのすそをつまんで応じた。
エメリナにそっと右手を重ねられ、男子生徒は卒倒するんじゃないかと心配なほど有頂天だった。
「え、エメリナさん、つ、次は俺と……」
「ぼ、僕とも踊ってください」
「わたしも!」
その様子を見た他の卒業生たちも次々とエメリナにダンスを申し込んだ。
男子生徒はおろか、一部の女子生徒までもだ。
その全てに、エメリナは如才なげに笑顔で応じていく。
ダンスホールにも楽団の姿があった。さすがにサラマンドラ交響楽団ほどの豪華さではないが、それでも一流のホールにふさわしいたしかな腕の楽士たちだった。
それまでは卒業生の歓談の邪魔にならないよう静かなBGMを奏でていたが、気を利かせて舞踏曲を奏ではじめた。
「―――音楽をもっとよくきいて、リズムに合わせて。左足、右足―――そうそう、お上手ですわ。ここで、わたくしの腰を引き寄せて。もっと、もっと力強く。ええ、そうですわ。時には大胆にふるまうのも男らしくてよ」
魔道学士の多くは勉学にいそがしく、踊りなんて習うひまもなかった。
けっきょく、男女のロマンチックな踊りというよりも、先生と生徒のダンス教室という様相だった。
それでも、エメリナと一曲踊った生徒たちは、一生涯の思い出ができたような幸せそうな顔だった。
「はぁ~、あいかわらずモテモテだねぇ、エメリナは」
食事をしながらその様子を見てたココハは、テーブルの向かいに座るノエミにため息まじりに話しかけた。
「同じ女なのに、どうしてわたしたちとエメリナでこうも違うかなぁ」
ぶつぶつと
ノエミは両側に積み上げた料理の山をたいらげる手をふと止めて、にやりと意味ありげな笑みをココハに返した。眼鏡のレンズがきらん、と光った―――ような気がした。
たっぷりと間をとったあと、打ち明ける。
「昨日……告白、された……男子に……」
「な、なにィ!?」
あまりの驚きに、ココハはがたりと椅子を鳴らし、腰を浮かせた。
「しっ」ととがめるように、ノエミが人差し指に口に手を当てた。
ココハは平静をよそおって椅子に座りなおし、周囲をうかがった。
さいわい、ココハたちの様子を気に留めた生徒はいないようだった。
ココハはテーブルに身を乗り出し、小声できいた。
「こくはくって……その、告白、だよね……?」
「ん、お付き合いしてくださいって……言われた」
「うおおぉ。で、で、どうしたの?」
「んん……、いまは……そんなこと考えるよゆうないから……断った。友達でいようって……言った。でも……うれしかった」
「だよねえ~」
はふぅ、とココハはさっきよりも大きなため息をついた。
失礼な話だが、これがエメリナであればまったく驚かなかった。どころか、年中行事みたいなものだ。
魔導学一辺倒で、浮いた話などノエミにはまず無縁だろうと思っていた。
けど、ほとんど表情は変わらないけど、少し気恥ずかしげな気配を漂わせているノエミの姿は、親友のひいき目ぬきにしてもかわいらしかったし、その魅力に気づいた男子がいたとしても不思議ではなかった。
「で、誰なの、その男子って?」
「ん、それは……彼の名誉のために……言えない」
「えぇ~、いいじゃん、教えてよ」
「いくらココハでも……、これだけはダメ」
「うぅ、くっそぅ」
遠く離れた故郷にこれから帰ろうとしているココハが仮にプロポーズされたとしても、応じようもないのだが、それはそれとしてひどい敗北感だった。
「あー、なんだかわたしももっと食べたくなってきた」
棚にある料理をかたっぱしからとって、ヤケ食いにはしるココハ。
ノエミの分も合わせて、そのテーブルだけ大食いコンテストでもはじまったのかと思うほど、皿がたくさん積みあがっていく。
「よしよし。……いつかきっと……ココハにも……ステキな人が……あらわれるから」
「上から目線ウザッ!?」
そんなふうにして、卒業生たちは思い思いパーティーを楽しんでいた。
ふだん口にできないような食事に夢中になる者、友との歓談に夢中になる者、エメリナ相手以外にもダンスを楽しむ生徒もあらわれはじめ、感極まって泣き出すもの、それにもらい泣きする者、それを慰める者もいた。
ココハもヤケ食いにきりをつけ、エメリナやノエミ以外の学友たちとも最後のおしゃべりを楽しんでいた。
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