③卒業式
『それではこれより、王立魔導学院第百三十八期生、卒業勲章授与式を執り行いまぁす』
おごそかな―――というには少々間延びした声で、サンディー・ユウ教諭が開会の宣誓をした。
講堂の後ろ側に待機している
サラマンドラ交響楽団。国がようする一等楽士だ。
庶民の身なら、一生のうち一度貯金をはたいてコンサートを聴けるかどうか、という存在だ。
壇上には
今日という日ほど、学院の生徒が「王立」の二文字を意識させられる日はほかになかった。
―――うわあ、すごいなぁ。
緊張でかたくなりながらも、ココハはその音楽に聞きほれた。
酒場や路上で聞く楽隊や吟遊詩人の素朴な音楽も好きだけど、それとは比べものにならないほど荘厳で華やかな音色だった。
きっと彼らが手にしている楽器一つとっても、ココハにはとうてい手の出せない高価なものに違いない。
また、壇上に魔導教諭たち一同が列席している姿もなかなか壮観だった。
生徒一同が集まっている以上に稀有な光景だ。
「おい、あれって……まさか、学院長じゃないか」
「ほんとだ。肖像画で見たことある……」
生徒たちの一部がひそかにささやき合う。
そこには、ほとんどの時期を学院外への出張か、生徒立入禁止の研究室で過ごしているため、生徒にとっては幻とさえいわれる学院長の姿もあった。
やがて、演奏はヴァイオリンが主旋律を奏でる、よりゆったりと静かな音楽へと変わった。
楽団の演奏を背景に式が進行していく。
それはまるで王宮の祭儀のように厳かながらも、優雅な式典だった。
ココハは決して、式の間ふまじめな態度でいたわけではなかった。
学院長や各学科の教諭長の訓示、伝統ある魔導学書の朗誦、卒業生代表の決意表明(本来、ノエミの役割だったが、本人が「ぜったい……ムリ……」と固辞したため、次席の男子学士がつとめた)、それぞれに一生懸命耳を傾けようとしていた。
それぞれ、感動的でもあり、ためになる話がたくさん聞けたように思う。
けど、終わってから思い返してみてもほとんどその内容を覚えていなかった。
楽団の奏でる優美な演奏が流れるなかじっと座っていると、どうしてもなかば夢心地になり、いつの間にやら学院で過ごした日々に思いを馳せては、はっと我に返るということの繰り返しだった。
卒業生の勲章の授与も、気づくといつの間にか終わっていた感じだった。
自分がちゃんと返事をできていたのかどうか、どこをどうやって歩いて壇上にのぼったのか、勲章をいただく時魔導士のしきたり通り礼ができていたか、まるで覚えていなかった。
それでも、胸に光る勲章だけは確かな存在感をもって感じられた。
ココハは席にもどってから、それを見下ろし、そっとふちを指先でなぞってみた。
硬質な感触が指先に伝わる。今度はぎゅっとにぎりしめてみた。
ひんやりとして、手にたしかな重量が伝わってくる。
―――ほんとにわたし、卒業、できたんだ。
誇らしさと感慨が胸にじんわりと湧いてきた。
やがて、卒業生の最後の一人まで勲章がつつがなく授与され、卒業式は厳かに閉会した。
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