【弐】

 せつなが倒れた。隔日の入浴時に、誤って足を滑らせて溺れたそうだ。介助者は付いていたがずっと見張っているわけではなかった。すぐ助け起こされたが多量の水が肺に入ってしまった。医療班が緊急で処置をし一命を取り留めたが、予断を許さない状況だ。御家族に連絡を。そう、慌ただしく人間達が言っているのを聞いた。

 せつなの居室に医療器具が持ち込まれ、臥せる彼女にいくつもの管が巻き付けられていく。最初は嫌がっていた彼女だが、深く咳き込む様を見られて、いつも寝ていたベッドはすぐさま入院患者に施すような要塞になっていった。

 白衣の人間たちの間から、部屋の隅で立って見ている僕のことを、彼女が睨む。その眼差しが、そこで何をしているのか、と問うてきている。

 僕はゆっくり、頭を振る。

 死神は、人間を殺すためにいるわけではない。

 僕を見た彼女の目が、悲憤の色をして大きく見開かれる。そのまま何か喋ろうと口を開いたが、取り付けられた医療器具と咳のせいで発声もままならない。人間たちに、半ば押さえつけられるようにして、ベッドに寝かされていった。

 窓の外は、季節外れの嵐が吹き荒れていた。


 白衣の人間が、代わる代わる部屋に来て、せつなの容態を診ていく。嵐のせいで飛行機が欠航して、家族が来られないことを話している。彼女はずっと、眠ったり少しだけ起きたりを繰り返している。


 僕は丸テーブルの椅子に座って、手持ちの手帳に書き込みをしていく。


空 雲 太陽


木陰 花弁 木漏れ日


白鍵と黒鍵


紫色の薔薇の花




以前彼女が言った言葉を思い出す。

「言葉の羅列は、詩にならない

 音の羅列は、曲にならない

 ならば……」

 彼女は虚空を見上げ、それから横目で僕を見る。

「出来事の羅列は、人生には、ならないんじゃないかしら」



 英 栄 影 鋭 A 永


 刹那 切な  せつな


 せつな


  せつな

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