第11話 フラグ
どこからか聞こえてくる「あの地味なやつが?」「廊下でばったりと」「これってフラグだよな」などという声と視線に落ち着かない思いをしながらも、どうにか最後の授業も終了した。
「あ、お前でいい。集めたノート、教官室まで持ってきてくれ」
城崎に言われ、お前とは誰だと周囲を見回して、自分の事だとわかった。
「頼むぞ」
そう言われ、かばんを右肩から下げ、左肩からはバイオリンケースを下げ、ノートの山を持った。
ノートなんて自分が覚えやすいように書いていればいいだろうが、教師はほぼ皆、時々こうしてノートを集めて確認する。それで平常点とかいうおまけが付くのだから、文句もそうそう言えないが。
ただ、出席番号と日付や、目があったとかいう理由でノートを運べと言われると面倒くさい。
「当番だから先に部室に行ってるね」
「おう」
百山がにこやかに言うのに応え、教室を出る。
生徒が行き交う廊下は、混み合い、避けたりぶつかったりする度にかばんやバイオリンケースが肩からずり落ちそうになる。
が、どうにかがんばっていたのに、急いでいたらしい生徒にタックルされてバイオリンケースが落ちかけ、それをどうにかしようとしたらノートを廊下にぶちまけた。
「柊弥!大丈夫!?」
タタタタッと足音がして、そばに誰かがしゃがみ込んだ。
「何やってんの、柊弥!」
春弥と前川だった。
「おう、すまん。今からクラブか」
前川はうんと頷ながら、2人とも手伝ってくれる。
いや、もう1人いた。
「大丈夫か。持って行くの手伝おうか」
声をかけてくれたのは、剣道部部長の田代先輩だった。手伝ってくれたあげく見かねて声をかけてくれたらしい。
「ありがとうございます。すぐそこだから大丈夫ですよ」
言って、ノートの山を持ち直し、歩きだす。
その俺に、春弥も着いてきて小声で文句を言った。
「なんで手伝ってもらわないの!」
「え。だって、混んでる箇所は過ぎたし大丈夫だろ」
「それでもここは手伝ってもらうべきなの!」
「たかがこれくらいだぞ。深窓のご令嬢じゃあるまいし」
笑う俺に春弥は頬を膨らませ、前川は困ったような顔をした。
「ええっと、春弥。今日は写真部あるんだろ。終わったら一緒に帰ろう」
気をそらすように前川が言ってくれ、春弥もそれで機嫌を直す程度だから、そう本気でもないのだろうが。
「わかった。迎えに行くね。
あと、柊弥。もうちょっとちゃんと一覧表を見ておくようにね」
春弥と前川は、慌ただしくそう言って去って行った。
「興味ないっていうのに。はあ」
嘆息したら、横からもうひとつ嘆息が聞こえて俺は驚いた。幽霊かとすら思った。
「うわっ!?」
そこには、俺と同じタイプの、すなわち地味な生徒がいた。
「なな何」
「生徒会長のフラグも無視。剣道部部長のフラグも無視。それは好みじゃないとかでござるか」
言葉の意味はわかったが、どういうことかわからない。脳内で2回繰り返してようやく理解した。
「好みもなにも」
「チチチッ。ここは保険の意味でも、乗っておくのが定石というものなのに」
「……」
わかった。こいつが腐男子というやつだな。
「館倉の生徒なら館倉の空気を読むでござる」
「空気……」
「では」
その生徒はスタスタと歩き去って行き、俺はそれを、戦慄とともに見送った。
「え。春弥だけでなく、誰かからもダメ出しされんの、俺!?」
館倉に来たことを、早くも後悔し始めていた。
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