第12話 秘密の話
弦楽部の教室に行けば、百山や友田部長がいて、軽く目が合ってどこかほっとした。
同時に、三枝先輩とも目があって、落ち着かなくなった。
無視だ、無視。そう自分に言い聞かせて、黙々と調弦と音階練習をする。
すぐに中西先生が来て、挨拶の後、楽譜を配られた。知らない曲だ。現代音楽だろうか。ざっとみて、10分程度の曲らしい。
「今日はこれを合奏します。通していくから、わからなくなったらそこで弓をはずして待つようにしてください。
まだ楽器のない部員、弾けない1年生は、後ろで楽譜を追いながら見学してください」
そう言って、片手を上げる。
俺たちは多少ざわめきながらも、楽器を構え、楽譜と先生のタクトを見る。
緊張をはらんだような静けさの後、タクトがすっと動き、それに従って音が生まれ始める。
所見の曲で、しかも耳慣れない曲だ。1人、2人と脱落して弓を置いていく。
俺は所見の曲を弾くのは親父に頼まれて弾くこともあるので慣れているが、大概の者は苦手だ。聞こえていた音は、最初より随分と減って頼りなくなってしまった。
最後まで終えたときには、ほんの数人しか残っていなかった。
緊張感がふっと途切れ、溜息のような声にならないざわめきが起こる。
「これを当面練習することにします」
そこからはパート毎に分かれ、練習となった。
俺は友田部長と三枝先輩と一緒のパートで、妙な緊張感を感じつつも、練習に励むこととなった。
練習が終わると、三枝先輩がこそっと話しかけてきた。
「ちょっと話があるんだけど」
聞こえたらしい友田部長は軽く片眉を上げたが何も言わず、そばの1年生は三枝先輩に見とれていた。
「はあ、わかりました」
とうとう、あれだろうか。生意気なやつめ、ジュース買ってこい、という。いや、それはないか。
ある種ドキドキしながら、ほかの部員が出るのを待つ。
全員が出ていって俺たちだけになると、三枝先輩は意を決したようにこちらを見、思い切り睨み付けて口を開いた。
「あの曲、バイオリンとピアノって事になってたんだけど、ツインバイオリンはどうかって言われて」
「ふうん。それもいいんじゃないですか」
三枝先輩のバイオリンとピアノだと、バイオリンのお稽古的に聞こえそうだ。確かにバイオリン2台だと、感じが違っていいかもしれない。
「それで、どうだ。蒔島、やらないか」
「え」
キョトンとなり、慌てて断る。
「いや、俺なんて」
「なんで。ぼくより上手いじゃないか。蒔島だったら最初通り、修飾音もそのままで作曲の通りだろう。しかもあれ、所見だよな。今日だって──」
「ストップ、ストップ。
俺は前にも言った通り、そういうのは無理なんで。ほかのバイオリニストを探してください」
三枝先輩は泣きそうな顔で上目遣いに俺を睨んできた。
そういうの、かわいいとか言うヤツもいるが、俺はあいにく春弥で見慣れている。
「蒔島はプロになろうとは思わないの」
「いいところオケのモブAとかでしょうね」
「なんでだよ」
「華がないんでそういうのは。
じゃ、そういうことで。お疲れ様でした」
俺はさっさと教室を出た。
出たところで、ドアのわきに潜んでいた友田部長と会った。
まずは静かに素早く教室から離れ、そこで友田部長が口を開いた。
「その、聞いていて悪かった。三枝は何かこの前から蒔島を睨んでたし、何かもめ事かと思って……」
気まずそうに言う友田部長に、俺はいやいやと首を振った。
「いえ、ありがとうございます。部長、本当に優しいんですね」
「そういうわけでは……」
「うちの父が三枝先輩のCDの曲を頼まれていて、その話です。
いやあ、俺も最初は、『生意気なやつだな。ジュース買ってこい』ってやつかと思ったんですけどね。ははは」
友田部長はそれに笑い、ふと、真面目な顔になった。
「蒔島なら、よほどソロでもいけるだろうし、三枝の相手も難しくはないだろうに」
「いやあ、ソリストってどの楽器も皆、自己陶酔するみたいに弾くでしょう。あれがどうもこっぱずかしくて。
それに三枝先輩の相手なら、やっぱりそれなりの相手がいいですよ」
笑いながら言うと、友田先輩は何かを探すようにこちらを見ていたが、嘆息した。
「そうか。まあ、それは部とは関係ないしな。
困ったことがあれば、いつでも言え。無礼なやつもいるからな」
「ありがとうございます」
それで何となく一緒に帰ることになった。
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