第2話 蒔島家のお家事情
遅刻ギリギリで間に合ったらしい春弥は、休み時間になると教室へと飛び込んできた。
「柊弥、酷いよ。起こしてくれてもいいのに。寝起きの顔、見られちゃったじゃないか、恥ずかしい」
口をとがらせて怒る姿は、確かにかわいいのだろう。周囲のクラスメイトたちがボケッと見惚れている。
「起こしただろ、7回も」
うんざりしながら言うが、春弥はむくれて頬を膨らませている。
その頬をつついて笑うのは、前川智宏。中学時代からの春弥の恋人で、春弥と同じく、3組だ。
「春弥の寝顔、かわいかったからいいじゃないか。僕はラッキーだったな」
「もう、智宏はぁ」
イチャイチャとし始める春弥たちに、俺は深い溜息をつく。いちゃつきたいだけならよそでやれ。
「あ、そうだ。今日の晩はおじいちゃんが来るんだって。だから早く帰れって」
「じじいが?」
途端に眉を寄せて不機嫌な声になる俺に、今度は春弥が嘆息した。
「じじいはないだろう?おじいちゃんだって心配と、あと、期待してるんだよ。だって、柊弥は長男だし」
俺はもっと不機嫌な声になるのを抑えながら言う。
「俺は蒔島家の家風には合わないみたいだから。それに誰にも似てないし、別にいいんじゃないか。後なら春弥がいるし。期待には添えそうもない」
それに春弥は血相を変えた。
「何言ってるんだよう、柊弥。柊弥の良さは僕がよくわかってるし、似てないなんてことないもん!柊弥に似合いの恋人ができるって!」
「だから、無理に今いらないんだって」
「何でだよお。15だよ?蒔島の男の成人だよ?」
不思議そうに言う春弥に、脱力しかける。
「日本の成人は18だ。それに、成人したからって、なんですぐに相手を決めなくちゃいけない?しかも、男と」
声を潜められるだけ潜めて言う。
我が蒔島家は、戦国時代から廃藩置県の時まで、ここの城主をしていた。真偽のほどは定かではないが、勇猛果敢でありながら智将で情にも厚く、民に慕われた城主だったとされている。日本史の中では無名だが、未だに名家とされているらしい。
しかし、聞いたことがあるのではないだろうか。戦場に女性を伴うことはできず、武将は稚児をおいていたという事を。それと念弟というものを。それら今で言うBLな関係は、昔はそう後ろ暗いものでもなく、武士ならば当然とみなされ、結婚と恋愛は別とされたらしい。むしろ、男同士の方が純粋だとされ、将軍も武将も念弟をもつのが当たり前だったという。
先祖もそうだったらしく、いつの間にか、蒔島家は代々由緒正しいゲイの家系となっていたというから驚きだ。
それで元服の時に念弟を決めるという習わしができ、それが今でもしきたりになっているというから更に驚きだ。
聞いた時は冗談かと思ったが、それを告げた祖父は至極当然の顔で、好みを聞いてきたのだ。マッチョがいいのか、美人がいいのかと。
俺は女がいいと言ったが、祖父も父も弟もゲイな中、俺の賛同者はいなかった。
それで俺を「困ったヤツだ」「聞き分けのないことを言うやつだ」という扱いで眺め、虎視眈々と、誰か男をあてがおうと狙っているのだ。
しかし、子供が生まれているからには母親がいるはずで、俺にももちろん離婚しているが母親がいる。それはどうなんだと父に訊けば、
「子孫を残すためには作らないとしかたがないだろう。結婚はする。
お前らの母親は、ちょうど演技のために母親になりたいと言ってたから、お互いの利益が一致してな。体外受精でお前らを産んだ。
親父の頃まではそういう技術はなかったから、苦労した先祖もいたんだろうな」
と答えられた。
世間では俺が多数派なはずなのに、家では少数派だ。肩身が狭い。
「そういうしきたりだから?」
「そんなしきたりはいらないだろ」
「おじいちゃんが嘆くよ。由緒ある蒔島家の長男が嘆かわしい。ご先祖様に申し訳ないって。
で、今日はおじいちゃんお勧めの人の釣書を持ってくるみたいだよ」
これが俺の、もっと切実な問題だ。
俺は頭を抱えた。
春弥と前川が去ると、勇実が慰めるように声をかける。勇実はうちの事情を知っているのだ。
「まあ、あれだ。適当に決めておけばいいんじゃねえの?義理の兄みたいな感じで」
俺はじとっとした目を向けた。
「ひいじいさんの相手は生涯独身で、ひいじいさんが死んだ後、殉死したらしいぞ」
「……」
俺たちは重い溜息をついた。
「じじいの追求避けにお前がなるとかならなあ」
「冗談。それがどこかで漏れて、未来の恋人の巨乳ちゃんが離れてしまったらどう責任をとる気だ柊弥」
「……」
今度は俺が黙る番だった。
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