第3話 親族会議
放課後、帰りたくないと足が重くなる俺だったが、このまま逃げる事もできない。春弥と前川と勇実に囲まれて、帰宅した。
着替えて、まだ時間があるので、俺は自宅の防音室に入った。
うちには親父の仕事柄、防音の部屋がある。ピアノと録音機材がある部屋で、親父が仕事で使うほか、ちょくちょく、曲を提供する音楽家が来て使う。
それ以外に空いている時は、俺がバイオリンの練習に使う時もある。
子供の頃は、毎日入り浸って練習していた。それこそ、コンクールに出ていたような時だ。
しかしある時、審査員が話すのを聞いてしまい、俺はプロを目指すのをやめた。
曰く、
「この、蒔島柊弥君。この年で技術は確かだし、センスも悪くない。でも、決定的にソリストになるにはかけているものがあるわ。それは、華よ。華がない限り、この子にソリストは無理ね。コンクールも、いいところまでは行っても、そこまでになるでしょうね」
だそうだ。
俺はそれを聞いて、あまりショックは受けなかったように思う。ああ、そうか。やっぱりな。そう思っただけで、その日親父に、コンクールはやめて趣味にすると言った。
その日から、人前で弾くことはなかった。でもクラブなら、一緒に合わせて弾くのだし、却って個性はいらない。華のない俺に向いているはずだ。
軽く指ならしに音階練習をした後、『チャルダッシュ』を弾く。
それから、心を落ち着かせるためにバッハの『エア』を弾く。今からじじいと会わなければいけないというのをしばらく忘れて無心になっていたが、春弥が呼びに来て、俺は現実に引き戻された。
バイオリンを片付けてリビングに行くと、親父と祖父の宗弥が写真を眺めていた。
遙さんだけが、力づけるように俺の肩をぽんと叩いてくれる。
「おお、来たか」
嬉しそうに祖父が言い、親父が隣に座れと隣の座布団を叩くので、仕方なく座った。
まあ、そこ以外だと祖父の隣しかないので、そこよりはましだろう。
「ほれ。できるヤツのを集めてきたぞ」
写真付きの釣書をこちらに寄越す。
「いや、いらないって。もう時代が違うんだし、そういうしきたりは無意味なんじゃないかな」
言うと、祖父はくわっと目を剥いた。
「それでも蒔島家の長男か!情けない!」
「そっちの方がおかしいだろ。今時念弟もないだろうに」
「かあー!」
祖父は顔を覆って俯いた。
「交流を通じていろいろなことを学ぶという意味も、人生で無二のパートナーを得るという意味もあるんだぞ」
「いや、それは将来どんな仕事をするかによっても変わってくるだろうし、パートナーなら女でもいいわけだろ」
「蒔島の男は、戦場で背中を預け合い、魑魅魍魎がうごめく政治の世界で信頼できる右腕を元服で決めて大切にしてきたというのに。柊弥、お前というヤツは」
「今の成人は18だし」
黙っていた父が、口を開いた。
「じゃあ、18になるまでには決めるんだな」
やばい、と背中を汗が伝った。
「え、いやあ、それは、どうだろう」
「18で決まらない時には、わしが決めてやるから文句を言わない。そう約束できるか。
じいちゃんは春弥と柊弥の将来が心配なだけだよ。もうじいちゃんも年だから、いつお迎えが来るかわからんからなあ」
祖父がしんみりと言うが、騙されてはいけない。このじじいは未だにマラソンを完走できるほど元気で、弱るにはほど遠い妖怪みたいなじじいだ。
「今ここから選ぶか、決めなさい」
祖父、父、春弥、遙さんの目が痛いほどに集中している。
「……わかった。18までに探してみる」
負けた。
「よし!言質はとったぞ!武士、いや、男なら二言はないな!
ああ、すっきりした。飯にしようか」
祖父は元気いっぱいに笑って力強く立ち上がった。
「あ。一応これは見ておきなさい」
祖父に写真付きの釣書を押しつけられ、俺はがっくりと肩を落とした。
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