カノン
JUN
第1話 蒔島家の人々
俺は双子の弟である
「
父が声をかけてきた。
「いくら声をかけても、布団をはがしても起きない。まあ、前川が来て声をかけたら起きるだろう」
言うと、父は肩をすくめて2階を──正確には天井を見上げた。
「しょうがないなあ。
柊弥、お弁当」
そう言ってお弁当を手渡してくれるのは、川本 遙。父のパートナーだ。
絵本作家で、サイン会では優ししそうで穏やかそうなきれいな顔に見とれる女性が続出する。料理も上手い、俺たちの育ての母親だ。
「ありがとう。行ってきます」
俺は弁当箱を受け取り、鞄にしまうと、玄関へ向かった。
この館駒市は地方都市のひとつで、そこそこ都会でそこそこ田舎だ。
高校は3つ。
古くからあるのが2つの私立高校で、どちらも地元では伝統ある名門校とされている。
そのうちの女子校が、駅の西側、駒石町にある聖駒石女学院で、制服はセーラー服だ。「ごきげんよう」とか言う生徒はいないが、古くは良妻賢母を、途中からは活躍できる職業婦人の育成を目指してきた学校で、求められる偏差値は高い。
東側の館倉町にあるのが男子校で、館倉学院高等学校。こちらも求められる偏差値は高く、文武両道を掲げ、元は藩校だったという前身を持つ学校だ。冬の制服は濃紺の詰め襟、夏はカッターシャツだ。
駅前にあるのは共学の県立?駒高校。男子も女子も紺のブレザーで、下はチェックの男子はズボン、女子はスカートという制服だ。偏差値は幅広く、校風は自由。以前は公立高校は隣の市にしかなく、館駒や駒石に進学しない生徒は隣の市にある公立高校に通っていたらしいが、要望がやっと通ってできた学校だ。地元中学の卒業生の多くはここに行くので、駅前でよく顔を合わせることになる。
かくして、制服でも一目でわかるが、駅からどちらへ向かうかでも学校が一目瞭然だ。
俺は家から徒歩通学圏内だが、東へ向かう生徒の群れに混じって登校した。
昇降口で、同じクラスでもある、幼なじみの殿村勇実と会った。
「よう、柊弥。一人か」
背が高く、黙っていれば精悍で整った顔で、もてそうなやつだ。だが、巨乳好きを公言する面食いで、そこが残念で女子は結局「お友達」となってしまっている。
「春弥は起こしても起きなかったからな。まあ、前川が起こすだろう」
俺が言うと、勇実は肩をすくめた。
「春弥、昔から朝に弱いからなあ」
ずらりと並んだロッカーに靴を入れ、上履きに履き替えると、1組の教室へ行く。
昨日入学式を終えたばかりで、どの顔も、まだ中学生のような顔つきだ。そういう俺も、端から見ればそうなのかもしれないが。
昨日のテレビの話題や、クラブ活動の見学会の話をしている者が多い。
その中に、3人グループが飛び込んできて、俺のところに飛んでできた。
「お前、蒔島柊弥だろ。蒔島春弥と双子って聞いたんだけど、本当に?」
見慣れた光景に勇実は笑いをこらえ、俺は溜息すら出ずに淡々と事実を述べた。
「そうだけど。二卵性だから、そっくりではないんだ」
「世の中の二卵性の双子以上に似てないだろ。いや、従兄弟以上に似てないじゃないか」
不信そうに言われてもな。俺自身がそれを実感しているんだから。
春弥は小さい頃からかわいいと言われてきたし、アイドル事務所からのスカウトも度々ある。明るいし、人目を引く華やかさもあり、美少年と呼ばれている。
対して俺は、地味で何の変哲もない顔だし、目立たない。あの父の血を受け継いでいるのか不思議になるほどだし、いくら二卵性とはいえ似なさすぎだろうと思う。
なので華やかで美麗な家族の中一人だけ俺はモブだった。
「こいつらが双子なのは間違いないからさ。
ほら。よく見れば、似てなくもないだろ?」
勇実が俺の顔をグイッと彼らの方へ向け、首がグキッと鳴った。
「目が2つ、鼻が1つ、口が1つなのはそっくりだな」
そう言って、彼らはがっかりしたように立ち去った。
「首が痛いだろうが」
俺は文句を言ったが、勇実は肩をすくめ、それから俺をじっくりと眺めだした。
「いやあ、マジで似てなくもないんだぜ」
まあ、知ってる。
「顔のパーツが同じでも、大きさと配置が違えばまるで違う結果になるんだよ。これがいい例だな」
悲しい実例だ。
「ううん。柊弥って損してるよなあ。成績だっていいし、スポーツだってできるのに、なぜかその地味さがすべてを打ち消して存在を埋没させてしまってるんだよな。これは現代の七不思議に入れてもいいと思うぜ」
「放っとけ」
俺は嘆息し、肘をついた。
それは俺にはどうしようもない。
それよりも俺にとってはもっと切実な問題があるのだ。それは、蒔島家の事情に関わる。
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