第12話
俺と新妻が帰る途中、雨が降って来た。
「ねえ、一緒に入ろ」
新妻が傘を取り出して俺を入れる。
俺は恥ずかしくなった。
「いや、わるい、し」
「また体調が悪くなっちゃうよ。ダメ、入って」
新妻が俺の腕を組んでホールドした。
「ふふ、帰ろ」
あり得ないような事が起きている。
俺に都合がよくて、まるで吸い込まれるように新妻がくっ付いてくる。
「胸が当たってる」
「イツキ君はお尻の方が」
「そっちじゃなくて!」
「いいから、行こ」
2人、傘をさして傘の下で寄り添いながら歩いた。
ファンタジーコーポの前に女性が傘をさして立っていた。
「ナギサ?」
「イツキ!」
ナギサが傘を落として俺に抱きついた。
新妻も傘を落とした。
「どうして連絡先を消したの?」
「え?俺は、ナギサに振られたから」
「振ってないわ。一緒に住みたかったの」
一瞬新妻の笑顔が消えた気がした。
「ナギサさん、離れましょう」
新妻が俺とナギサの間に入った。
ナギサの体は雨で濡れ、衣服が肌に張り付いていた。
「ナギサさん、イツキ君はあなたに振られたと思って連絡先を消しました。誤解だったのは分かります。ですが、イツキ君とナギサさんは会話が食い違っていました。2人は大事な部分で会話が食い違う関係です。大事な部分で食い違う2人がうまくいくとは思えません」
新妻はまるで言葉をあらかじめ考えてあったかのようにすらすらと言葉が出てくる。
「駄目だよ。また2人が付き合ったらまた食い違って話がおかしくなるよ。大事な所で食い違う2人はダメだよ。相性が悪いんだよ。2人は合わない、2人がどんなにモテても相性が悪いの。それだけは分かるから」
新妻は見せつけるように俺とキスをした。
新妻の手が俺に食い込む。
ナギサは俺と新妻を見た。
「俺は、今は、ナギサよりも」
「そう、私よりも、その子、なのね」
「……ごめん」
「イツキ君、中に入ろう」
「ああ、ナギサ、ごめん」
俺は新妻を部屋に送る。
扉を開けると新妻が俺を引っ張った。
新妻がバタンと扉を閉める。
俺にしがみつくように抱きついて唇を重ねた。
「ダメ!ダメ!ダメ!ナギサさんはダメ!んん、あむん、はふ!んあ!はあ、はあ!」
雨音が俺と新妻の音をかき消していく。
俺は、金縛りにあったように動けずにいた。
◇
俺は新妻の部屋を出て自分の部屋に戻る。
新妻は、俺の事を、すき、なのか。
激しいキスだった。
俺はその日、頭の中で同じことをぐるぐると巡らせながら次の日を迎えた。
次の日になると、気分が少し良くなった。
ナギサと俺は相性が悪い、噛み合っていない部分は確かにあった。
ナギサは美人で性格もいい、でも、相性はある。
これでよかったのだ。
「イツキ君、おはよう」
「おはよう」
新妻はいつもと同じ顔をしている。
まるで何も無かったように見える。
昨日の事が夢のようだ。
「はい、お弁当。私と違うメニューにしてあるよ」
「助かる」
新妻と同じメニューにすると色々言われるから気を使ってくれたのか。
それに作ってくれたことも嬉しい。
「材料代くらいは出させてくれ」
「じゃあねえ、一緒に買い物に行こう」
「分かった。新妻は、昨日と変わらないな」
「ナギサさんは名前で呼ぶのに私はいつまで新妻なのかなあ?」
新妻が満面の笑みで言った。
気のせいかもしれないが、怒っているように見えた。
「私が昨日恥ずかしい事を言ったのに、まだ心を開いてくれないの?」
「サヤ、さん?」
新妻が笑顔のまま首を横に振った。
「サヤ君?」
新妻が笑顔のまま首を横に振った。
「サ、ヤ?」
「もう一回」
「サ、ヤ?」
「名前で呼ぶの、恥ずかしい?」
「……恥ずかしい」
「ふふ、ねえ、2人の時だけ名前で呼ぶのはどうかな?」
「それだと、いつか、教室で名前で呼んでしまうと思う。それに、ユウに隠したままみたいでいやだ」
「じゃあねえ。ふふふ」
「なに?」
「それはねえ」
サヤが俺の裾を掴んで下に引っ張った。
俺がかがむと、サヤが耳元で囁く。
この甘い囁き声に、俺はぞわっと鳥肌が立った。
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