第21話 シャーロックピース


「とはいってもよく気が付いたものだ。砂野、お前の瞬間的な洞察力には呆れ返るよ」


 砂金はもう指一本動かせなかった。

 砂金は地面に仰向けに転がり浅い息をついていた。


 服は破れ、体の至る所から血を流し、汗と埃で顔は汚れに汚れきっていた。


 砂金達はあの後、敵からの総攻撃を一身に浴びたのだ。


 結果、砂金とトウカはボロボロになり地面に転がっていた。


「だがまあ、それも僕という圧倒的人間力の保有者には及ばないようだが」


 気取った調子で言うと連城は右手を掲げた。

 連城の動作で、操られた何十名という男女が攻撃態勢に移った。


「辞世の句があるなら聞いとくが?」


 打つ手なし。チェックメイトだった。


 砂金はもう何も言うことはなかった。


 同時に思う。


 金輪際、連城と関わることはよそうと。


 関わると碌なことにならないし、『絶対に勝てない』。


 だから、この男からは避けて生きよう。


 そう、思いかけた時だ。


「ハッ、何やってんだよ、砂野……」


 一人の男が現れた。


 黒い黒曜石のような瞳を有する男だ。


 九重竜彦。


「助けに来たぞ。『耐久タフネス』『健康な肉体デスマーチ・オーケー』」


 つい先日、生徒会に依頼を持ち込んだ生徒だ。


「――発動」


 九重に強烈なフレアが宿った。


◆◆◆


「ハハハッ、さすがにお前の登場は僕も予想外だぞ!?」


 想定外の男の乱入に連城は目を爛々と輝かせた。


 しかしやることは変わらない。


 砂金に最終攻撃を与える前にやることが一つ増えただけだ。


 そして、その一つ増えたこと。それは――


「皆の者!この男を倒せ!」


 連城の指示で周囲の男女の視線が一斉に九重に走る。


「行きます!」


 九重を視界に収めるとすぐさま男女の群れは九重を倒さんと走り出した。


 対する九重は


「ヘイヘイ! カモンカモン!」


 ……さすがスキル『即行』を有するだけある。

 敵を煽ることに何もひるみない。


 いっそ向こう見ずと呼んだ方が良いような軽率さで思ったことを即行動に移す。


 そして敵集団と真正面からぶつかると


「オラオラオラオラァーーーーーー!!」


 強化された拳で一人二人と敵を倒していく。


 しかしトウカ程の完璧な戦闘力はない。


 群衆の一人が放った雷光が九重の顔面を捉える。


「てぇぇぇぇなぁぁぁぁぁ!!」


 案の定、攻撃は九重に命中し、九重は瞼から血を流した。


 だがそれでも九重は止まらない。


 血を振り乱しながら、一人、また一人と倒していく。


 砂金も薄々感じていたことだが、九重は非常に強かった。


 何十人という攻撃を『タフネス』で無理くり受け流し、


「オラオラオラオラオラァ!!」


 肉体強化、『デスマーチ・オーケー』で敵を叩き潰す。


 鬼神の如き戦いぶりに砂金は目を見張るが、それでも見ている合間にも次々と九重に傷が刻まれていく。


 空に朱色の罫線はない。


『致命加護』がないことは九重も承知のはずだ。


 致命傷はそのまま死に繋がる。


 だというのになぜ。


「なぜ九重が戦っているんだ」


(俺なんかのために……ッ)

 あまりに自意識過剰な後ろの言葉は声にならない。


 砂金は命を賭して九重が連城に立ちはだかる理由が皆目見当がつかなかった。


 一方で何もわからず混乱する砂金をトウカは優しい瞳で眺めており


「そんなの決まっているじゃない」


 慈愛に満ちた顔で言ったのだ。


 魔法の言葉を。


「……アンタを守るためでしょ。アンタがそれだけのことをしたってことでしょ……」


 その言葉でハッとトウカを振り返る。


 すると優しさに満ちたトウカの瞳と相対し、瞠目する砂金にトウカは目に涙を溜め


「……砂金、アンタ……」


 一杯の愛情を込めて言ったのだ。


「……やるじゃない……」

「――――――――――――ッ!?」


 トウカの台詞に、慈母の様なその表情に、体の奥からゾクンと震えが走った。


(まさか――)


 同時にトウカの言っていた『あの言葉』が思い出される。


 トウカがアイとの言い争いの際言っていた『あの言葉』だ。


『私は砂金の隣にいて『何としてもやらなきゃならないこと』があんのよ!?』


 あの言葉の意味は一体何だったのだろうか。


 そういえばトウカは生徒会の依頼を成し遂げた後に決まって言っていた。


『――砂金には、問題解決能力があるのよ』

『――やるわね。砂金』

『――アンタは今回も良くやったわ。アンタは人を救う才能があんのよ?』と。


 そう、トウカは決まって砂金を褒めていた。

 そしてユリカをインフィデンスする際、トウカから渡された本。


 付箋や多くの書き込みが散見され、熟読されたことが見て取れた本。


『自信のない子供に自信を与える教育法』


 それにユリカを褒めまくる際、トウカは言っていた。


 始めからインフィデンスされるつもりの相手と、そうでない相手で何の違いがあるのだろうと呑気に考える砂金に


『結構、色々勝手が違うから、気を付けて……』と。


 なぜトウカはあらかじめ違いの存在が分かったのだろう。

 なにより決定的なのは砂金が『自信のない子供に自信を与える教育法』から得たマイナス思

考の相手に自信を付ける攻略法である。


 ネガティブな相手を納得させるための褒め方、その①。漠然と褒めるのではなく『出来たこと』を褒める事。

 出来た結果が目の前にあれば本人も否定することはできないからだ。


 そして砂金は


『……俺には特別な才能がない』

 絵にかいたようなネガティブな人間であり―― トウカは依頼を『達成すると』決まって

『――やるわね。砂金』

 砂金を『褒めて』おり―― そして彼女が読んでいた本のタイトルは

『自信のない子供に自信を与える教育法』で―― トウカはアイに言っていた。

『私は砂金の隣にいて『何としてもやらなきゃならないこと』があんのよ!?』


 と。


 そこまでいってようやく砂金は気が付いた。


『私は砂金の隣にいて『何としてもやらなきゃならないこと』があんのよ!?』


  ――それは、その意図は――


 想像だにしていない可能性に喉がカラカラになった。


「――トウカはずっと俺をインフィデンスしようとしてくれていたのか――ッ!?」


  ――そういえばトウカには早くから伝えていたのだった。

 砂金は思い出す。


 ある時スキルが発現せず悩む砂金にある時トウカは聞いたのだ。


『なんでそんなに悩んでるの?』と。


 それを聞かれた際、砂金は洗いざらいトウカに自分の現状を話していたのだ。


『……そう』


 砂金の打ち明け話を聞いたトウカは顔を伏せて頷いていた。


 ――まさか、あの時から―― 喉が干上がる。



 砂金が尋ねるとトウカは狐につままれたようにポカンとしていた。

 そして次第にその瞳が潤んでいき、涙が伝った。


 ようやく気づいてくれた。


 そんな感情があることが砂金にも良く分かった。


「……アンタ、ネガティブ過ぎて大変だったわよ」


 恨み辛みを込めた一言を吐き出すとトウカは汚れた服で目元を拭う。


 涙を拭きとり、無理やり笑みを引き出すとトウカは後押しした。


「でも、もう『大丈夫なんでしょ』……?アンタを見れば分かるわ……?」


 砂金を『インフィデンス』するために。


「……アンタには、才能があるわ……ッ私が保証する……ッ」

「……ッ!」


 トウカの言葉にさらに心臓が震えた。


 最後のダメ押しがなくとも砂金はすでにインフィデンスされていた。


 トウカが言った


『……アンタ、……やるじゃない……ッ』


 あの言葉で。


「おおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 それに彼方で血を流しながら命がけで戦ってくれている九重。


 彼もまた逃れられない証拠である。


 なによりここまでトウカに献身されている自分に価値が『ないわけがない』。


 才能が『ないわけがない』。


『アンタには、才能があるのよ……ッ』


 その言葉が嘘である『わけがない』


 そう思えていた。


 今自分の周囲に広がる光景こそ、砂金のこれまでの道筋で行ってきたことの証拠であり、全てが砂金の才能の証明であった。


(なら……)


 いつのまにか起き上がっていた砂金は尻餅を着きながら思考を巡らせた。


(俺にある才能、それはなんだ……!?)


 自身の中に眠る才能を探し、砂金の脳内でこれまでの記憶が一気に再生される。


(俺は一体何をして彼らを救った――ッ)


 答えはすぐに出た。


(そうだ。こうして『考えを凝らす』ことで彼らを救ってきた――)


 いつぞやの野球少年は生徒会室に入ってきて言った。


『振られてしまいました。立ち直り方を教えて下さい……』


 少年の言葉を聞き即座に砂金は思考を巡らせ始めた。


 ギャルが来た時もそうだ。


『あーし、最近スランプで困ってんのよねーー』


 自称スランプのギャルを励ますべく砂金はすぐに思考を凝らした。


 ユリカのインフィデンスする際も砂金は悩んでいた。


 上手であるということを、相手に直接言わず相手に伝えるにはどうすれば良いかを。


 それら課題に対し砂金なりに答えを出し、結果的に彼らを救ってきた。


 もし自分に才能があるのなら、この『考える力』に他ならない。


 そう、砂金が答えに辿り着いた時だ。


「あっつ!?」


 右腕に焼けるような痛みを覚える。


 腕を見ると砂金は息を呑んだ。 ――スキルは発現するとその者の利き腕に能力名が浮かび上がる。


名探偵の一端シャーロック・ピース

 


 青い文字でそれは浮かび上がっており、同時に脳内にその文字列は降ってきた。


一芸スキル』は発現するとその効果などが発現者に提示されるのだ。


 スキル名:『名探偵の一端(シャーロック・ピース)』

 スキル源泉:『思考力』

 効果:『思考回数の上昇』

 ランク: ――Eクラス――


「ハハハ……」


 乾いた笑いと共に涙が伝った。

 スキルランクがEだったことに対してではない。


「あるじゃん……、才能」


 今まで手の届かなかった才能が目の前にあったからだ。


「あったじゃん……才能……ッ」


 涙がボロボロと落ちてきた。

 自然と嗚咽が漏れた。

 

 砂金は九重に言っていた。


『才能ってのは頭が良いとか目で見てパッとわかる才能ばかりじゃないんだぞ。分かりやすい形を持たない『人間力』もあるんだぞ』と。


 まさに砂金もそうだったというわけである。 ――Eクラスで低い?それでもいいじゃないか立派な才能だ。


  ――なら行こう


 砂金は涙を拭き、湿った声で唱えた。


「発動。――『シャーロック・ピース』」


 砂金の瞳が『物理的』に輝いた。


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