第20話 柊トウカ


 体育館裏に現れたトウカは、口を真一文字に結び、憤怒で柳眉を逆立てていた。


 少女の嘘に気付いたトウカは、この広大な校内から砂金を探し出したのだ。


 よく見るとトウカの肩は大きく上下しており、ところどころに擦りむいた跡があった。


「ハッ、君が来ることも読めている。そして、その対策も済んでいる」


 対する連城はトウカの登場に動揺することなくすぐに腕を広げた。

 それが合図だった。


 体育館の中から、周囲の草むらから次々と学園の生徒が現れる。


「君が来ることは読めていた。そしてその対策は、『彼ら』だ」


『計画同行』


 それにより操られた生徒。


 総勢、百名。


「僕の計画同行者が君を成敗しよう」


「「「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」」」」」


 百人の能力者が雪崩のようにトウカに襲い掛かった。


 対する柊トウカは口の端に笑みを浮かべた。


「待っててね砂金」


 そして言う。



「私が今片付けちゃうから」



 優しい微笑みを見せるトウカに、早くも手に雷光を纏う男が襲い掛かる。


 第一陣の攻撃がトウカに届こうとしていた。


 トウカのしたことは単純なことだった。


「邪魔よ!」

「フグゥ!」


 トウカの一睨みを受けて、襲い掛かった男が爆炎を上げて遥か彼方まで吹き飛ばされる。

 トウカの美貌を土台にしたスキル『威圧』


 トウカが睨んだ相手を爆撃するBクラススキルである。


 それにより男が遥か彼方まで吹き飛ばされる。


 だがトウカの背後はがら空き。


「行くぜぇぇぇ!!」


 背後から複数の男女のトウカの身を狙う。


「了解!」「貰った!」


 一人は棍棒を構え、一人は槍を構え、一人は水球を浮かせ。


 しかし、彼らの動きが突然空中で固まり、石像のように固まったまま地面に落下。


 数メートル地面を同じ姿勢で転がっていく。


「馬鹿ね」


 無様に伏せる男女を見て無感動にトウカが呟く。


 トウカのAクラススキル『魅了』。


 トウカを視認した相手の身動きを封じるスキルである。


 それにより身動きを封じたのだ。


「燃えて」


 そして地面に転がる男女に容赦なく『威圧』を当てていく。


「クソ、こんなんで怯むな、奴を視界に入れないようにせッ」


 仲間に指示を出そうとした男が爆撃され彼方に吹っ飛ぶ。


「体制を立て直すわよ、てぇ!?」


 代わって指示を出す女が立て直そうとした隊がまとめて『威圧』で薙ぎ払われていく。


 トウカを取り囲んだ大軍が『魅了』と『威圧』のコンボでみるみる削られていく。


「ハァ、仕方ないから私が行ってくるよ」


 見かねた高坂ルリが大軍に向かって駆けだした。


 その時にはすでにトウカも大軍が何がしかの能力で操られていることにも気が付いていた。


 だからこそ明らかに他とは違い明確な意思で動くルリに即座に注意を向けた。


 異分子たるルリを徹底的に叩く。


 ルリに無数の『威圧』を当てていく。


 あっという間にルリが爆炎に包まれその身が見えなくなる。


 しかし――


「私の『減刑』の前には無意味っしょーーッ」


 トウカと同じく『美貌』を土台にしたスキル。


 美人はなんだかんだミスが許される、ことをモチーフにしたスキル。


 赤い爆炎、燻る黒煙の先から無傷のルリが飛び出してくる。


「取ったッ!」


 眼前に迫るトウカに、ルリの瞳が煌めいた。


 ルリのフレアが刀状に洗練され、トウカの腹部に迫る。



「――舐めんじゃないわよ」


 対し、トウカは一言呟くだけだった。



「――『減罰』」


「え――」


 ルリが息を呑んだのと同時にトウカの柔らかい腹部にフレア刀が突き刺さった。


 滑らかな腹部を刺し貫き、背中に抜けるフレア刀。


 しかし当のトウカは


「アンタ、こんな攻撃が私に効くとでも思ったの?」


 ビクともしない。


 至近距離で相対したルリに小馬鹿にした視線を送った。


 その光景を見て砂金は思い出していた。


 アイはデートの時言っていた。

 トウカはとても美人だから美人を土台に、ダメージを無効化するするスキルを有している。


 それにより『御前ノ懲罰』を耐えていると。


 やはりアイの推察通り、トウカはダメージ無効化のスキルを有していたのだ。


 そして


「で、高坂ルリとか言ったわねアンタ……」


 胡乱な瞳でルリを見下ろすトウカは自身に刀を突き刺すルリの肩をがっちり掴んだ。


「アンタの『減刑』と私の『減罰』。どちらが上か勝負しましょうか……?」


 どちらも自身の美貌を土台に据えたスキル。


 つまり勝敗は両者がどちらの方が美人かで決まる。


 トウカの意図することを悟りルリの顔から血の気が引いた。


「い、イヤアアアアアアアア!!」


 ルリの反応も当然である。


 なにせトウカの美貌は圧倒的なことで有名なのだ。


 ルリも確かに素晴らしい美人だが、トウカはその『比』ではない。


 逃げようと暴れるルリに次々とトウカは『威圧』をぶち込んでいく。


 耳をつんざくような連続爆音と共にトウカとルリが赤い炎に包まれていく。


 そして無数の爆音が響いた後、


「……ッ」


 『減刑』しきれない程の『威圧』を受けたルリが気絶した状態で現れた。


 トウカの腹に突き刺さっていたフレア刀が空気に溶ける。


 トウカの完全勝利である。


 そして『減罰』の存在を知られたトウカは、ルリをその場に捨て置くと



「じゃあ本気で行くわ」



 一気に群衆の中に突っ込んでいった。


 そこからのトウカは圧巻だった。


 敵に向かって拳を振るい、例え攻撃を受けても『減罰』で無効化し、面倒な敵は『魅了』で動きを封じ、手当たり次第に『威圧』をぶつけていく。


 あっという間にやられた敵の山が出来上がった。

 

 ――これは連城も慌てるに違いない。


 そこで砂金は連城に視線を移し、そして打って変わって表情を凍り付かせた。


 連城がいまだ余裕の笑みを浮かべていたからだ。


 用意した群衆の半分以上が倒されたにも関わらず連城には焦りはないのだ。


(どういうことだ……!?)


 即座に砂金の脳内でアラートが鳴り始める。


 もし何かあるならば早くトウカに教えなくてはならない。


 砂金は群衆の中で一人暴れまわるトウカを見た。


 そうでないとトウカが一転窮地に陥る。


「――柊トウカ」


 砂金の心臓が早鐘を打ち始めて数秒もしないうち、連城はポツリと呟いた。


『対象の名を口にする』


 その行為に砂金の身の毛がよだった。


『対象の名を口にする』


 それが意味するところ理解すると生きた心地がしなかった。


「トウカ!!」


 とっさに砂金はなけなしの力を振り絞り起き上がり駆けだした。


 トウカはまさに敵に囲まれ集中攻撃を浴びようとしていた。


 トウカはそれらを『減罰』で無効化しようとしているようである。

 

 その光景に喉が干上がった。


 砂金が叫ぶ。


「全力で避けろッ!!」


 そう、連城は『才能開花』と『計画同行』。


 そして―― 『感謝の報酬』が使える。


 恩を売った相手のスキルを一時使用できるスキル。


 そして連城は先ほど言っていたではないか。


 他人のスキルを無効化する『スキルゼロ』というスキルを発現させたと。


 発動条件は――


「え、砂金――?」


  ――対象を視認し、『その名を口にする』こと


 ―― 突如叫び自身に駆け寄ってきた砂金にトウカは目を丸くした。


 砂金はそのままトウカを押し倒す。


 同時に連城は唱えた。


「発動――『スキルゼロ』」

「え……!?」


 即座に身を包む加護が喪失し異変に気が付くトウカ。

 一方で砂金は空中で、スロー再生でもしているかのように、ゆっくりと、そしてはっきりと


 連城の台詞を聞いた。


「フッ、当然、砂野が気づくことも想定済みだ。そして『押し倒すであろう』こともな」


 次の瞬間、確実に砂金とトウカを狙う形で攻撃が一斉に放たれた。



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