第14話 インフィデンス
時はすでに午後四時。
砂金達はレストランに入っていた。
ただ遊んでいたわけではない。
ここ数時間、砂金達はなんとしてもユリカをインフィデンスしようとしていた。
砂金はこのデート中、ユリカの長所をいくつも見つけていた。
『で、そのあと九重君はどうしたの?』
『あぁ、それでな。そのあと卓也の奴が――』
九重に気持ちよく会話させる『聞き上手』なところや、子供をじっと慈しみを込めた視線で眺めていたことで気付いた『子供好き』なところ。
『イッテ……』
『大丈夫? 待ってて絆創膏ある』
こういった『女の子らしい』ところ。
他にも、『おしゃれ』なところ。
その他様々な美点を発見し、その都度砂金はいかに自然な流れでユリカを褒めるか頭を捻った。
端から誉め言葉を否定する気の相手に直接褒めても焼け石に水。
だからワンクッション置く必要がある。
一見、誉め言葉だとは分からないような、もしくは誉め言葉に繋がるとは思わないような一
言を差し込み、ユリカに受け入れさせる。
その後に分かり易い誉め言葉を上から乗せ、言葉のてこで一気にユリカの心を開くのだ。
ストレートに褒めればユリカは否定しようとするだろうが、一度言葉を受け入れてしまって
いる以上、後から告げるガチンコの誉め言葉も無下にしづらいだろうという砂金の予測である。
ならば――『聞き上手』だと相手を褒めるにはまずどういった前置きがいるッ?
砂金はとっさに思考を巡らし、結局、――単純な案しか思いつかなかった。
「九重、ユリカに言え。『ユリカとは話が尽きない』と」
『それにしても話が尽きないな』
『ん?なんで?』
警戒感なく言葉を受け入れ九重を仰ぐユリカ。
ここだ。
砂金は指示を出し、九重が続ける。
『そりゃユリカが『聞き上手』だからさ』
『ハハハ、そう来たか』
しかし砂金の計算は案の定甘かった。
『変化球で来るね、九重君?』
一回目の作戦は失敗。
それからもなかなかユリカはインフィデンス出来なかった。
『ユリカってそういえば子供には優しいよな?』
『ユリカって、洋服は流行でチェックしてるのか?』
『子供好き』であることも『おしゃれ』であることもさりげなく褒めようとしたが悉く打ち落
とされた。そもそもそこまでさりげなくなれなかった。
その他誉め言葉も同様だ。
すでに砂金はこのデート中に二十回近くインフィデンスを試みている。
そのどれもが大した成果を成さず打ち落とされた。
唯一効果がありそうだったのが『女の子らしい』ところを褒めた時だ。
『よく絆創膏用意していたな』
という言葉を差し込んだ後で
『やっぱりユリカは女の子らしくてかわいいな』
という言葉を放ったのだが、その言葉にはわずかユリカはフリーズしたのだ。
結局『女の子なら誰でも用意してるわ』と躱されてしまったのだが、あの時は他の場合と何
が違かったのだろう。
思うにやはり『実際に絆創膏を用意していた』という避けようもない事実があるからであろう。
砂金が当初より考えていた通り、ネガティブな人間を褒める場合、具体的に起きた現象に対して褒めるのがとても効果的だということだ。
しかしこれがなかなか上手く行かない。
なにせ『子供好き』『おしゃれ』などという項目を実際に『具体的に示すような状況』など早々に作れるわけがないからだ。
デートはすでに終盤戦に差し掛かっている。
「砂金、もう時間がないわよ……?」
トウカが時計を見て焦りの色を浮かべていた。
『これ食べたら帰ろうか? 今日は楽しかったよ九重君?』
案の定、無線の先ではユリカが帰宅を切り出していた。
遠目に見ると九重は作戦がうまく行かなかったことに明らかに動揺していた。
『あ、あ、そうか? でもまだ時間はあるぜ?』
無線からもわななく九重の声が聞こえてくる。
この依頼、失敗するわけにはいかない。
すがるような気持ちで砂金は再度九重達のテーブルに目を移す。
「…………ッ!?」
そこでとんでもないものを目にした。
よく見ると、微妙な空気に耐え切れなくなったユリカがテーブルに置いてあった割りばし入
れの紙容器で『折り紙』をしていたのだ。
そしてその長方形の紙でおられたと思しきカエルのクオリティが鬼のように高い。
砂金の中に電撃が走ったような感覚が流れた。
明らかに『アレ』はスキル化出来るレベルの才能である。
同時に砂金はユリカの実家が製紙工場を営んでいたことを思い出す。
きっと紙と一緒に暮らしてきたユリカにとってこのレベルの『折り紙』など、逆に取るに足
らないものになってしまっているのだろう。
だからこそ、今まで彼女は折り紙という才能をスキル化していなかったのだ。
「……ッ」
見ると九重も頼んでもいないのに目の前で披露され始めた紙の芸術を呆然と眺めていた。
きっと砂金と同じことを考えているのだろう。
だが重要なのは『褒め方』だ。
この『折り紙』、最初にあげた条件をクリアする可能性を秘めている。
だがユリカは――無理だと思うよ?――ハナから誉め言葉を聞く気がない。
何がしかのクッションが必要で、そして依頼を完遂するためにも『この才能で』確実にユリ
カをインフィデンスする必要があった。
「なぁ、ユリカ。お前折り紙うm」
だが全ては上手くいかない。
砂金が指示を出す前に九重が発見の驚きと共にユリカを褒めてしまいそうになる。
砂金は目を剥いた。
そんなストレートでは効かない。
『そんなことないよ』で防がれる可能性がある。 ――ならなんて言えばいい。 ――上手であるということを、相手に直接言わず相手に伝えるにはどうすれば良い!?
「――うまい――」
みるみるうちに九重の言葉が紡がれる。
砂金はとっさにテーブルの上で腕を滑らしガラスコップをはじき出した。
――どうすれば上手いと言わずに相手の技巧を褒められる!?
ガラスコップが宙を泳ぐ。
――どうすれば誉め言葉を普通の言葉に擬態させ―― 砂金は血眼になりながら考える。 ――『そんなことないよ』と打ち落とされずに『上手いこと』を伝えられる?
そしてようやく砂金が回答を得た時、ガシャン! とガラスコップが床に落下し派手な音を
立てた。
『何?』
案の定、九重達の会話も途切れる。
多少視線を浴びてしまったが顔を背けているから分からないだろう。
そんなことよりも砂金は伝えたいことがあり、息を弾ませながら無線に告げた。
「九重。林道に言え。――――『それどうやったの?』って」
『おいそれどうやったんだユリカ!?』
『え、あ、これ?ただの折り紙だけど……』
――ある事象に対してどうやったのか尋ねることは、遠まわしに相手の技巧を褒める事に繋
がる―― 加えて折り紙は、その才能を注ぎ込んで産み落とした完成品が明確にその場に『残る』。
それを示した上で折り紙が上手いことを、ストレートに指摘すれば『納得』せざるをえない
だろう。
きっと否定するだろうが折り紙という『出来たもの』が目の前にある上に、一度九重の言葉
を受け入れてしまっているのだ。
その後に誉め言葉を上から乗せまくれば『納得』するはずである。
無事、砂金の指示通り九重が言葉を吐き出しようやく作戦が軌道に乗り出す。
砂金は一仕事終え、大きな息を吐き出していた。
「あ、なかなかこれ凄いわね」
「割りばし入れとは思えないクオリティ……」
だがさらにそこでユリカの長所に気が付く。
無線で入ってきたユリカの指示に沿って手を動かすだけで目の前でも目を奪われるような精
緻な折り紙ガエルが出来上がってきていたのだ。
音声ガイドだけで折り紙指導が出来るほど、ユリカは『教えるのが上手い』のだ。
「――あ」
そこでようやく砂金は林道ユリカという少女の本質を知る。
今まで得たいくつものユリカの情報が流れていく。
最初、九重が生徒会に来た時、ユリカを評してこう言っていた。
『ユリカはいつでも俺に勉強を教えてくれた! あぁ、だから頭良い所も良い所だな! どれくらい頭良いかっていうと色んな奴がユリカに勉強を教わりに来るくらいだ。それ以外に良い所で言うと、割と面倒見が良い所だな。あと他の人に気が使えるところ、とかだな』と。
そしてユリカは弓道大会で優勝しこんなコメントを残していた。
『顧問の先生のおかげで優勝できました!いつか先生のようになりたいです!』
中学時代の顧問兼教師を敬愛するような視線を向けて。
加えて今日子供に向けられていた愛情のこもった視線。
『子供好き』
思う。
『顧問の先生のおかげで優勝できました! いつか先生のようになりたいです!』
このセリフ。
単に顧問のような人格者になりたいという意味かと思っていたが
(――まさか『教師になりたい』という意味合いもはらんでいるのか!?)
今思うと、彼女の性格は教師にピッタリでもある。
頭が良いし、子供が好きだし、面倒見がよくて、人に気が使えるのだ。
もしそのような素質を有する少女が、心から尊敬できる教師と出会ったのなら、そのあとを
追いたいと思うのは当然の帰結ではないか。
そして、だとしたら、である。
この音声ガイドだけで他人に折り紙の作り方を指導できるこの驚異的な『指導力』。
まさか天然の産物ではあるまい。
心のどこかで教師を目指しているからこそ、自然、彼女が注意している、気にしている、『頑
張っている』ところなのではないか。
今思えば、彼女が頭が良いから色んな人が勉強の教えを乞う?
それは錯覚である。
頭が良いからではなく、教えるのが上手いから教えを請われているのだ。
彼女は『教えるのが上手い』からこそ、多くの人に頼られていたのだ。
そしてこの『指導力』が彼女の頑張っていることなのだとしたら、ネガティブな人に自信を付ける方法その②の『頑張っているところを褒める』という点にがっちり合致する。
作戦の成功を目の前にし砂金は全身が泡立つのを感じた。
しばらくすると砂金は無線に告げた。
九重に、『折り紙が上手なこと』と『教えるのが上手い』ことを褒めるように伝えた。
『え、そんなことないと思うけど……』
案の定、ユリカは拒否反応を示した。
しかし
『いや、この折り紙がなによりの証拠だぜ!? 割りばしの入れ物でこんなカエルだドラゴンだ折れる奴が日本にどれだけいるよ!? これマジで凄いぜ!? 俺感動したもの! しかもこのレベルのものを折り紙素人の俺に気を付けるポイントまで交えて完璧に作らせられるって相当指導力高いぜ!? ユリカ、教えるの超上手いって!』
目の前に出来上がってしまっている折り紙をさし、そしてたった今ユリカの指示で折り紙を仕上げた自分を指し、その後もユリカを褒めまくる九重に押され―― ――インフィデンス出来る才能を褒めると相手は『喜ぶ』
―― 『馬鹿ね、九重君……』
ユリカはため息交じりにそう言うと最後に
『……でもありがとうね』
微笑んだのだ。
◆◆◆
「『仮想弓』!」
数日後の体育館。
ユリカが腕を引くと弦から矢が発射される。
「ハッ! 大したことねぇ!」
射速の遅いそれを一瞥し、真正面から打ち落とそうとする敵。
その姿を見て、ユリカが得意げに笑った。
「発動! 『仕掛け折り紙』!」
その一言で敵の直前で矢が膜状に変化する。
そして捕縛膜と化した矢が敵に襲い掛かり、身動きを封じる。
「クソうごけねぇ! おい、田辺俺を援助」
しかしそこに九重が走りこんで敵に重い一撃を与え『致命加護』を発動させる。
ユリカと九重の間で会話は交わされない。
ユリカの有する『指導力』をベースとしたテレパシー能力で密かに連携しているのだ。
早くも九重は学年二十位台、ユリカは六十位台にその順位を上げている。
ここまで来れば誰しもが分かるが、結局彼らはつがいを解消しないことになったのだ。
理由は、無事ユリカが新しいスキルを発現できたことと、
『ユリカ! 実はお前のことが好きなんだ! 付き合ってくれ!!』
この前の絶対告白会で九重が告白し、彼らが付き合い始めたからだ。
和気あいあい体育館を駆け巡る二人を見て、砂金は思い出す。
実は砂金はふと気になったことがあり、先日、九重に尋ねたのだ。
「なぁ、九重、今回のインフィデンス、なんで俺に頼んだんだ」
ふと、気になったのだ。
「別に連城に頼めばスキル開花させてくれただろうに」
連城は他人の才能を見極めスキル開花を促す『才能開花』が使える。
今までの依頼者はなぜ連城ではなく砂金に依頼したのかが気になったのだ。
「そうだな~」
無事ユリカと付き合えて頬を緩ませていた九重は、砂金が質問すると途端ににやついたそれ
を消し去り真面目な表情になった。
そしてう~ん、と両手を組んで唸った後、言った。
「一緒に悩んでくれるのってそれだけで嬉しいだろ? 血の通わない手助けより、そこに人の
気持ちが介在する助けの方が俺は良かったんだろうなぁ」
ありがとう砂野。そう言って手を差し伸べてくる九重。
砂金が握手した男は今眼下で、想いの人と一緒になれてとても満ち足りた表情をしている。
砂金は、九重を救うことが出来たのだろうか。
自罰的な感情からがむしゃらに働く自分は少しでも償いが出来たのだろうか。
「出来てるに決まってんでしょ」
ふりむくと訳知り顔のトウカがいた。
「アンタは今回も良くやったわ。アンタは人を救う才能があんのよ?」
トウカは事件を解決した後、決まって砂金をこのように褒める。
その意図はいまだ分からないが、嫌な気はしなかった。
「ま、俺以外にも出来ることさ。偶然、担当が俺だっただけさ」
そしていつものように返すと、トウカは、ハァと溜息をついた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます