第9話 インフィデンス



◆◆◆


「じゃ、じゃぁ、まずは林道ユリカの良い所を上げていってくれ」


 話が一段落しコーヒーがふるまわれた後の生徒会室。

 依頼を引き受けた砂金は紙を取り出し早速仕事に取り掛かった。


 対象に才能があると自信を付けさせ『納得』させる、通称『インフィデンス』。


 それは基本的に相手を『褒める』ことによって達成される。


 ……というより『この学園の生徒に関しては』ただ『褒める』ことによって往々達成される。


 なぜならこの学園の生徒といえば、全国から選抜された才能の卵達。この学園に入学出来た時点で大なり小なり自身が優秀だと『すでに自覚』しているのだ。

 そのため生徒の多くは自己肯定感が強く、褒めるとあっさり『納得』したりするのだ。


『あーし、最近スランプで困ってんのよねーー』


 ある時生徒会室に訪れたギャルが思い出される。

 そのギャルはここ最近ランクが低下気味で困り果て、生徒会室の扉を叩いた。


『だからあーし、新しいスキル欲しいってゆーか。でもあーし基本ネガッてるからぁ』


 インフィデンスの依頼だと即理解した砂金はすぐに頭をフル回転させ始めた。

 ネガティブで自信を得にくい相手にインフィデンスするのは初めての経験だ。

 ネガティブと自称する程とは、巷に溢れている量産型の誉め言葉じゃ『納得』しまい。


 これは難題になると砂金は内心タラリと汗を流す。


 だが仕事。

 早速ギャルを通り一遍眺め、まず褒められそうな外見的特徴を探す。


 浅黒い肌に、傷んだ金髪。奇抜なネイル。丈の短いスカート。


 ……正直言って砂金のタイプではない。

 だからこそ外見特徴から彼女の『人間力』に繋がるポイントは見つけられなかった。


 しかしそこで目につく。


 このギャルが非常に……!!


 ならば――


『うん、まぁまず外見からだけど、君、スタイル良いよね』


 とりあえず砂金は褒めた。

『はぁ?』


 砂金が褒めるとギャルはこれでもかというほど小馬鹿にした視線を送ってきた。


『……ッ』


 トウカも無言で砂金のわき腹をつねる。


 二人の女子から蔑みの視線を送られ、いたたまれない気持ちになる砂金。


 しかし――


『そうか、あーしスタイル良いのかぁ!そうか!かいちょぉ、サンキュー!』


  ――『納得』ッ!!


 自称基本ネガティブなギャルは満面の笑顔で生徒会室を去っていき、後日、自身のスタイル

を土台にしたスキルを発現して順調に学内ランクを上げていた。


 この学園の生徒などそんなものである。


 自己肯定感が強いため褒めるとあっさりと自身が保有する才能に『納得』し、『自覚』し、ス

キルを発現する。

 そうでなくとも多少自信がつくようなハードルをそれとなく用意し、超えさせると容易に自

信を付け『納得』する。極めて精神的に健康な生徒が揃っているのだ。


 当然、本学園の生徒たる林道ユリカ同じだろうと、褒めれば二秒でスキルを得るのだろうと

たかをくくって砂金はユリカを褒め倒そうとしたのだ。


 そのためにはまずユリカの長所を知る必要があった。


「だから林道の良い所を教えてくれよ」


 砂金が尋ねると九重は難しい顔で俯いた。


「いざ聞かれるとなかなか難しいな……」

「なぜだ!」


 いきなり出鼻をくじかれ砂金が吠えた。


「仮にも九重は林道のことが好きなんだろ!? 林道の色んな良い所が好きになったからモノ

にしたいと思ったんだろ!?」


 おいどうなってんだと砂金が責め立てるとアイがニンマリと笑みを作った。


「ふ~ん。砂野君は私の色んな良い所が見えたから、私を『モノにしたい』と思ったんだ?」

「……ッ!?」


 本心を言い当てられ、ゾクンッ! と体全身に怖気が走る。


「砂野君は、私を『自分の物にしたい』のね?」


 グイッと身を乗り出し顔を近づけてくるアイ。

 砂金を試すような流し目が砂金に突き刺さる。


 今にも吐いた息が口に入りそうだ。


「良いのよ?砂野君のモノにしてくれても?」


 全身の血が沸騰しそうになった。


 アイの世迷いごとで砂金は何も言うことが出来なかった。

 顔を真っ赤にし硬直する砂金に満足すると歌うようにアイは続けた。


「フフ、で、私のどんな良い所を知ってるの?」


 そんなの色んな所を知っている。

 なんだかんだ情に厚い所や、真っすぐなところ。誰にでも公平に接するところ。何度も告白してくる人でも軽蔑しないところ。いつも笑顔なところ。


 アイの良い所など砂金はいくつだって上げることが出来る。


「……色々知ってるよ」

「その色々を知りたかったんだけどな~。でもま、今度聞くね?」


 おちょくるだけおちょくると満足したのか、アイはホッコリを笑みを作ってソファに戻った。


 一方で話に取り残されたトウカは、見ると、髪を逆立って見えるほど怒っており、ドスの利

いた声で砂金に尋ねた。


「砂金、私の良い所も知ってるわけ?」

「うん? ま、まあな」

「……ならいいわ」


 非常に怖かった。


◆◆◆


「で、だな。まず優しいところだな! ユリカはいつでも俺に勉強を教えてくれた! あぁ、

だから頭良い所も良い所だな! どれくらい頭良いかっていうと色んな奴がユリカに勉強を教

わりに来るくらいだ。それ以外に良い所で言うと、割と面倒見が良い所だな。あと他の人に気

が使えるところ、とかだな」

「おぉ言おうと思えば言えるんじゃん。『優しい』のと『頭が良い』のと『面倒見が良い』とこ

ろと『気が使える』ところが良い所なんだな。でもまだ少ないな」


 会話は再開しており、九重がユリカの良い所を上げていた。


 インフィデンスは、一般的に相手を褒めて相手に自信を付けさせ『納得』させることで行わ

れる。


 基本的に褒めれば成功する。


 しかし今まで数十件のインフィデンスを行ってきて砂金は既に知っていることがあった。


「インフィデンス出来る才能と出来ない才能があるから『弾』はあるに越したことない。もっ

とだ、もっとユリカの良いところくれ」


 明らかに本人がその才能を有していてもいくら褒めてもインフィデンス出来ない例がある。


 本人の思い込みが邪魔をするケースがあるのだ。


 砂金がスキルを有そうにも『自分には才能がない』という刷り込みが『納得』を阻むように、

本人がハナからその才能の存在を認めないケースはスキルを獲得できない。


 彼らにとってどうでも良いような才能は存在すら『納得』されず認知されない。


「じゃぁスキル化出来るのと出来ない才能でなんか違いあるの?」

「褒めた感触でだいたい分かる。インフィデンス出来る才能は、大概褒めると相手が『喜ぶ』」

これは確実に当たっている経験則である。


『かいちょぉ、サンキュー!』


 回想のギャルしかり、スキル化出来る場合、その才能を褒めると喜ぶ。


 本人にとってさして重要じゃない一山いくらの才能は褒めても大して喜ばず、『納得』せず、

『ハァン』と鼻で笑われる。


 逆説的にスキル化する才能は本人にも好意的に受け止められるため大抵の相手は喜ぶ。


「でもまぁ結局どれが本人が喜ぶかなんてのは俺にも分からん。結局褒めて褒めて褒めまくる

しかない」

「……ほんとね……」


 幾たびも砂金と共にインフィデンスしてきたトウカは遠い目をして頷いた。


「でも今の以外って言われると困るな」

「料理がうまいとかないのか? 話上手とか。それに才能ってのは頭が良いとか目で見てパッ

とわかる才能ばかりじゃないんだぞ。分かりやすい形を持たない『人間力』もあるんだぞ」


 何も数字で表れるものばかりが才能ではない。

 数字で測れないものも才能だ。


 しかしそういった才能もすぐには出てこないらしい。


「でなきゃ偶然スキルが発動したこととかはないのか? ずっとつがいしてんだろ?」


 スキルは基本的にその才能を有することを『自覚』することで獲得する。

 そうしないと『能動的』に行使することが出来ないのだ。


 だがここに言葉のトリックがあり、つまり才能さえあれば本人にその自覚がなくとも一定の

条件が揃えばスキルが『勝手に発動する』こともある。


 例えば『悲しみを伝播させる』才能を有している者が試合中に気落ちするとその才能を糧に

勝手にスキルが発動することがある。


 これを『スキルの受動発現』と呼び、これを経験すれば、原因を精査し、スキルを発現する

ことも可能なのである。


「いやそんなもんもないよ。あんなん持ってんの極稀だろ」


 しかしユリカにはそういった現象も起きたことがないようだ。


 これでは八方塞がりだ。


 砂金がこめかみを抑え知恵を絞っていると、必死になった九重がつっかえながら吐き出した。


「あ、あるにはあるぞ! 顔が可愛い所とか!?」

「外見も人間力の一部だ。全然いいぞ!」

「マジか! なら他にもあるぞ! まず声が好きだ! 匂いも好きだ! あとそうだ脚も好き

だ! なめらかでエロイ! あと当然胸も好きだ! でかい!」

「サイテー」

「さすが男の子って感じね……」


 トウカ・アイの順でそれぞれの感想を述べる。


 砂金ならその蔑みの視線で縮み上がってしまうのだが、漢、九重は違った。


「何言ってんだ! 男に巨乳好きじゃない男なんていねーんだよ!? な、砂野!?」

「俺を巻き込まないでくれ!」


 巻き添えを食らいかけ砂金は泡を吹く。


「……フ~ン?」


 アイの瞳がまた面白いおもちゃを見つけたというように妖しく輝いた。


「そうと決まれば褒めに行こう。砂野、コツとかあるのか?」


 しばらくして(「私意外とおっぱいもあるんだよほらほら」と遊ばれた後である)もユリカの

 長所はそれ以上出てこなく、とりあえずもうやることのなくなった


 砂金達は早速ユリカにインフィデンスを行う流れとなっていた。


 インフィデンスは本当に褒めるだけで行われる。


 下準備といっても予め褒める内容を決めておいて、会話をシミュレーションするくらいしか

ない。


そしてコツというコツも――


「ない。というか普段は『本人からの』インフィデンスの依頼だったからな。スキルを発現し

たい『本人』にその手伝いをしたことはあるが、他人から、他の人にインフィデンスする手伝

いをさせられるのは初めてだ」


 砂金は今まで何度もインフィデンスをしてきたが、常にインフィデンスされたい本人から依

頼があり、本人に対しインフィデンスをしていた。


 そもそもインフィデンスされる気でいない相手にインフィデンスするのは今までと何が違う

のだろうか。


「結構、色々勝手が違うから、気を付けて……」


 身に覚えがあるのか、トウカは眉をひそめていた。



 ……案の定、すぐにその違いは顔を出した。

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