第8話 いわく完璧な男
九重が『完璧な男』、そう呼ばれるのには所以がある。
「これでは砂野砂金・小豆川アイVS九重竜彦・林道ユリカの試合を開始します!」
審判が開始を告げるブザーを鳴らすと体育館を照らす照明が一層輝きを増した。
能力模擬戦は体育館で行うため霊仙学園には五十を超える体育館がある。
そのうち一つで砂金達の戦いは始まった。
すでに今日砂金はアイと組んで敗北しているためこれ以上負けるわけにはいかない。
砂金の前には二人の生徒が立っていた。
「よし行くぞ……! いいかユリカ?」
黒髪で浅黒い肌をした、いかにもスポーツしていますという風な好青年が九重で、
「任せて……!」
茶髪のユルフワウェーブの少女が林道ユリカである。
本来なら垂れ目でおっとりしてそうな少女だ。
しかし今日のユリカの表情は険しく
「発動! 『仮想弓』……!」
張り詰めた表情のユリカが呟くとその左手に半透明の靄で出来た弦が現出した。
見ると右手にはすでに煙で出来た矢が現出している。
唇を真一文字に結ぶユリカが、弦を引き、矢を放つ。
そこまで速くはない。
(Dクラスくらいか……)
即座にスキルランクを判断する砂金。
「じゃぁ、さっさと決めちゃうわよ砂野君! 『息継ぎ』の時はサポートよろしく! ま、そこまで行く気はないけど! 『
一方でアイの腕にはすでにスキル名が踊っていた。
利き腕にスキル名が浮かび上がるのは自発的にスキルを発動すると誰にも起きる現象である。
スキル名は様々な要素で勝手に決まる。
アイのスキル『超過駆動』は一定時間、常軌を逸した肉体強化を得るというもの。
それにより一気に音を置き去りにし急加速する。
「!」
ユリカが目を剥いた時はすでに遅かった。
矢のような速度で走り出したアイの鋭い突きがユリカの腹に突き刺さる。
アイの一撃に、バシュンッ! とカメラのフラッシュのような光が発生する。
『致命加護』が発動しアイが叩き込んだ衝撃を無効化したのだ。
ユリカはその場に崩れ落ちた。
『致命加護』が発動すると一時的に強烈な脱力感に見舞われる。
そして『致命加護』が発動したということは、この模擬戦において『リタイア』を意味する。
(これで残り一人……)
今回は大丈夫そうだと砂金は内心安堵した。
「ハッ! 今回はいけそうね!」
アイの表情も明るい。
アイは勢いそのままに九重に向かっていった。
しかし―― 「発動……。『
挑戦的な笑みを浮かべる九重の体が緑色の煙に包まれる。
砂金は九重の形態変化に目を見張るがアイはそうではなかったようだ。
相手の変化も無視し突き進み、その拳を突き刺す。
だが
「……!」
掌打の衝撃波が九重の背後に抜けていく。
まるで九重が攻撃を受け流したかのように。
すかさずアイが二打・三打・四打とガトリング砲のように拳を叩き込んでいく。
しかし――
「あぁ、アンタいたわね! 思い出した! 我慢忍耐のスキル持ち!」
「ようやく思い出したか。じゃぁこちらからも行かせて貰おうか! 『|鋼鉄の肉体《デスマー
チ・オーケー》』!」
九重が纏うフレアの量が急上昇していく。
きっと肉体を強化するスキルが発動したのだ。
それにより俄かに二人の力が拮抗しだす。
アイの『超過駆動』は通常の『肉体強化』を遥かに上回る『肉体強化』だが、それを攻撃を受け流す『精神耐久』で何とか受け流し、多少の肉体強化を施す『鋼鉄の肉体』で強化したアイの肉体にダメージを与えていく。
二人が真正面から殴り合い、周囲に銃撃戦のような打撃音が満ち始める。
「……!」
しばらくすると砂金は駆けだした。
なぜなら――
「小豆川、交代だ!」
「サンキュー!」
『超過駆動』の効果持続期間が切れるからだ。
アイを覆っていた眩い光が消え去る。
ここからしばらくアイは『息継ぎ』をする必要がある。
「ハ! 小豆川は時間切れか! じゃぁここからは頼むぞ会長ぉ!」
砂金がアイの前に躍り出ると九重の白い歯が光る。
ここからが正念場だ。
砂金は自身を叱咤し九重に挑みかかった。
進藤はこの『息切れ』の時間を見事凌ぎ切って見せていた。
だがスキルを有さぬ砂金はこの時間、フレアだけで対応しきることが出来ないことがある。
それが直接的な敗戦増加の原因になっていた。
――だからこそ、負けるわけにはいかない――
『生徒会長の加護』でわずかながらの余分な強化フレアを纏う砂金と、九重の戦い。
「クッ……!」
両者の戦いは乱打戦となり、二人の拳が二人の肉体に突き刺さっていく。
砂金は敵の攻撃の余りの強力さに苦悶の表情を浮かべた。
この九重の保有する『人間力』、その中でも秀でるのは、ストレスに強い『精神的耐久性』と
『すこぶる健康な肉体』なのだ。
それらを糧に攻撃を受け流す『
「………………ッ!!」
『致命加護』は致命傷を無効化するだけで、致命傷に至らぬ攻撃は何の軽減もされない。
頬から、胸から、肩から、腹から、鈍い痛みが伝わってくる。
だが引くわけには行かない。
砂金は顔を苦悶に歪めながら一瞬の隙をついて、煙状のフレア洗練。
腕から延びる刃のようにし、九重の断頭を狙う。
「甘いッ」
瞬く間に九重の首周囲のフレアが厚くなる。
あえなく受け止められる蒸気刀。
ガラスの割れるような音と共にフレア刀が雲散霧消する。
瞬間、九重の瞳が煌めいた。
反撃の輝き。チャンスを失えばピンチになる。
砂金は九重の行動に目を剥いた。
そう、後から聞いた話なのだが、九重が「完璧な男」と称されるのには社会人に必要な能力をおおよそ発現してるからなのだ。
それは例えばあらゆるストレスを受け流すメンタルコントロール術であったり、過度な追い込みにすら耐える強靭な肉体であったり
そして彼が発現したスキルはもうひとつある。
「――『即行』――」
すぐ行動に移す能力――
今日初めて見るスキル。
刹那、視界から九重の姿が消え去り―― 次の瞬間、真横。
視界の外から九重の拳が伸びてきた。
『即行』、それは瞬間的に移動速度を上げるスキルだった。
――ヤバ
防御が間に合わない。
九重の一撃が砂金に刺さると、砂金からバシュンと燐光が発散した。
同時に強烈な虚脱感が襲い掛かり砂金は地面に崩れ落ちた。
『致命加護』が発動したのだ。
「……ッ!」
「でかしたわ砂野君!」
しかしながら砂金の計画は成功だった。
砂金と入れ替わる形で『息継ぎ』を終えたアイが『超過駆動』を纏い九重に襲い掛かる。
再度、拳を打ち付け始める眩い光を纏うアイと九重。
二人の攻防は凄まじく無数の火花を散らした。
地面に崩れ落ちた砂金に、計画成功の安堵感と敗北の喪失感が押し寄せていた。
砂金自身、自分がおかしなことをやっていると自覚している。
『フレア』だけで学年十五位まで上り詰めているのだ。
これは砂金の血のにじむような努力の結果である。
『フレア』は個人の『人間力』の合算によって決まる。
『コミュ力』『外見』『学力』などといった様々な力の合算なのだ。
だから砂金は学年一位を目指すべく自分の可能性の全てを注ぎ込むように『勉学』に勤しん
でいる。
フレアの形状変化も特訓すれば『誰でもできる』。
その結果が『十五位』。
正直、自分で言うのもなんだが、これが異常なことだということは砂金も知っていた。
しかし、これは別に砂金に才能があるわけではない。
馬が鞭で叩かれ走った結果がそれだけだというだけだ。
砂金は自虐的感情に苛まれつつ戦いを眺めていた。
試合は最終的にアイが『精神耐久』でも受けきれない程の連撃を叩き込むことで決した。
アイが目にも止まらぬほどの速さで拳を打ち下ろし、九重が耐えきれなくなった瞬間『致命
加護』が発動。
即座にボロボロになっていたアイ・砂金・九重は保健室に運ばれたのだ。
『致命加護』は致命傷を無効化するだけで、『致命加護』が発動するまでに負ったダメージは一切軽減されない。
負傷した生徒は保健室で治療スキルを有する特別教官に治療してもらう必要がある。
その後、砂金は九重のランクが三十七位で衝撃を受けた。
明らかに十位台の能力を有していたからだ。
同時につがいの林道ユリカのランクを見て納得する。
ランク八十九位。
この学園はつがいで模擬戦を行い、その勝敗・貢献度を自動算定しランクが決定し、『二股』
はそれも考慮した上で『一途』と公平なランクとなる。
負けが込めばいくら片方が優秀でも不当に低いランクになることがある。
能力の低い者がつがい相手の足を引っ張る。
砂金・アイペアで起きているのと同じことが九重カップルにも生じているのだ。
「一応、俺からもう相手の女の子にもユリカに酷いことを言わないように言ったよ。でもユリ
カは俺とつがいを解消するって言って聞かないんだ」
「でも九重はつがいを解消したくない、と」
放課後。
生徒会室にやってきた九重の言葉を続けると九重は深く頷いた。
「ユリカがつがいを解消するって言っているのは一重に自分が足手纏いだと思っているからだ。
だから俺は俺の力でユリカにスキルを発現させユリカを強化し、つがい解消を思い留まらせて、
次の『絶対告白会』でユリカに告白したいってわけだ」
どうせ俺は次の告白会で告白する羽目になるしなと九重は頭を掻いた。
「『インフィデンス』の依頼というわけか……」
『インフィデンス』。
この学園において『対象に自信を与えスキルを与える』という意味を指す造語である。
『スキル』獲得には二段階のプロセスがあり、
①まずその者が該当の才能を有し、
②次にその者が該当の才能があると『自覚する』必要がある。
本来なら個人個人が勝手に才能を『自覚』しスキルを発現する。
しかし周囲の人間が当人に才能を気づかせる場合を『インフィデンス』と呼び―― 『インフィデンス』だとスキル発現までのプロセスが通常のものに一段階追加され、周囲の言葉を本人が『納得』する必要がある。
つまり、①本当にとある才能を有しており、
②それを指摘する周囲の言葉に『納得』し、
③その才能を『自覚』する。
こうしてようやくスキルを発現するのだ。
このもともと存在する才能を『自覚』させるべく相手が『納得』するよう誘導する。
それを、この学園では『インフィデンス』と呼ぶ。
この学園でも日常的に行われていることである。
実際――
「砂野達と戦って思い出したのさ。生徒会はほぼ百発百中でインフィデンスに成功するって。
だから早速頼もうと思ってきたわけさ」
さすがスキル『即行』を有する男だけある。
能力名に恥じない行動力であった。
生徒会には時折そういった依頼が舞い込んでおり、砂金は高い成功率を収めていた。
「お願いだ!手伝ってくれ!このとうりッ!」
バシンッを空気が破裂するほどの勢いで合掌し頭を下げ願い倒す九重。
「俺不器用だから、上手くいく気がしないんだ!一応褒めれば良いってのも知ってんだがやり方を再度ベテランから教えて欲しいんだ!友達に聞いてもインフィデンスしたことないやつばかりでさぁ、やっぱり経験豊富な奴に聞きたいんだよ!」
「じゃあ俺は九重が林道をインフィデンスするのを裏からサポートすればいいのか?」
九重はコクコクと頷いた。
インフィデンスの方法の指導と、九重がユリカをインフィデンスする介添え。
それが九重の依頼だった。
依頼内容を正確に把握し、二つ返事で了承しようとする砂金、だがトウカが割って入った。
「……気に入らないわね」
一斉に視線がトウカに飛ぶ。
「や、気に入らないのは九重じゃないわ。そのユリカって女よ?」
「なんでだよ。酷いこと言われて可哀そうじゃないか」
何言ってんだと砂金が溜息をつくが、トウカには捨て置けないことがあるらしく「だってさぁ!」と、手を握り身を乗り出し熱弁を振るい始めた。
「それで引き下がるってことはそれくらいしか相手のことを思ってないってことじゃない!
少しでも相手を大切に思ったら引き下がらないわ! もし相手のことが好きなら、例え相手が
他に行きそうになっても! 一縷の望みを賭けて最後まで頑張るのが女でしょ!? 違う
の!?」
まるで自分のことのように気炎をまくトウカ。
当然砂金の口からも本音が漏れる。
「やけに自分のことみたいに言うな。え、トウカ、好きな人がいるのか?」
砂金の問いにトウカの顔がリンゴのように赤くなった。
「いっいややややっや! いやいるわけないじゃない! 『御前ノ懲罰』なんて耐えられない
わよ! 妄想! 妄想! 女の子ならそうじゃないかな~って思っただけよ!」
「あ、でもこの前小豆川がトウカは好きな人がいるのを隠してるって言ってたぞ?」
ふとこの前のデートでアイが言っていたことを思い出す砂金。
「アァァァァァァァァァィィイイイイイイイイッ!!」
「なんでそれをここで思い出しちゃうのよ砂野君! それにいや、トウカ、違うわ! あの時
私はむしろあなたのためを思って――」
怒髪天を衝く勢いでブチ切れるトウカにたじたじになるアイ。
『どういうことよ!』『いやだからアレには事情があって……』
途端に激しい口論を始める二人。
トウカの怒りは凄まじく今にもアイを取り殺しそうな勢いだった。
そんな必死なトウカを見ているとふと本音が漏れた。
「……ま、まあ真偽のほどは知らないがそれだけの勢いで愛されていたら相手も嫌な気しない
だろうな。もしかすると一気にトウカに惚れこむかもしれん」
「ホ、ホントに!?」
するとトウカは一転目を輝かせて砂金の顔を覗き込んだ。
「ホントにホントにホント!? 嘘じゃないわよね砂金!? 信じるわよ砂金!」
「え……、まあ一般論を言ったまでだから当てにすんなよ……」
だがトウカは聞く耳持たずニコニコ満足そうに頬を緩め「フッフーー」と気色の悪い鼻息を
漏らすとすんなり大人しくなった。
「色々言いたいことはあるけど良くやったわ砂野君。マジで殺されるかと思った……」
一方で顔色の悪いアイは息を整えながら胸を撫で下ろしていた。
こうして依頼は始まったのだ。
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