第2話 屍鬼退治

 この世界は人間以外に、屍鬼しきという人ならざるものが存在する。

 ヴァルはこの街に暮らしている屍鬼であり、分類としては吸血鬼という種にあたる。

 そんな彼はフランと共に屍鬼退治人を生業としている。巷では「同族殺しの吸血鬼」として有名だった。

 屍鬼退治人とはいえ本人も吸血鬼、街の人間たちからは恐れられているのではないか…と思うが、意外とそんなことはない。

 100%の人が皆恐れてないかと言えばそれは嘘になるが、長く屍鬼退治人として働いてきたことと、ヴァルは何があっても人の血を飲まないことで今は多くの住民たちの信頼を得ていた。

 吸血鬼を含めた屍鬼が人を襲うのは、人の血肉の味がこの上なく美味いというのもあるが、それが屍鬼に必要な「生物の生気」をもっとも効率よく摂取できるからだとヴァルは語る。なので効率を無視するなら、生気を得るという方法は他にもあるらしい。

 そんな屍鬼は太陽の光が弱点故に夜行性で、昼間は弱体化する傾向にあり、余程のものでない限り影の中に潜んで出てこないことが多い。なのでヴァルの主な活動時間や仕事も全て夜間に行われていた。

 2人が住むこの街は、日が沈んでも昼のように煌々と明るく砦のように高く建物が聳え立っていることから「不夜城砦」《ふやじょうさい》と呼ばれており、混沌を具現化したような場所だ。

 歓楽街は喧騒が絶えず、姦しいネオン看板が目を眩ませる。巨大な違法建築物が群を成し、蜘蛛の巣のように張り巡らされた電線がその建物同士を繋いでいる。年季の入った路面列車はひっきりなしに走り、何かの工業的な臭気やどこかの店の料理の匂いが、あちらこちらから生える煙突から煙と混ざり合って漂っている。そしてそんな街で暮らすのは,色んな訳ありの人間達である。

 屍鬼に襲われたりするような死と隣り合わせで、それぞれ抱える事情があっても,この街は生きようとする活気に満ち溢れている。

 そんな街の中を、ヴァルたち2人は細い迷路のような路地を抜け、煩雑で楽しげな表通りとは反対の静まり返った建物の前に向かった。

 違法な増築を繰り返されたその摩天楼はあまりにも歪で、人の気配を感じさせないひっそりとした不気味な静けさは、まるで巨大生物の亡骸を思わせる。

 そしてその周りには薄い光の結界のようなものが施されていた。夜になっても屍鬼が外に逃げないように、事前にフランが準備していたものだ。

 結界の前には若い女性が立っており、2人を見るとパッと顔を輝かせた。この建物の住人で、連絡をくれた依頼者のメイである。

 「あ、ヴァルさん、フランさん!お待ちしておりました!」

 「メイさん、こんばんは。遅くなってすみません」

 「こんばんはぁ。メイちゃん今日も綺麗だねー、その服もチョー似合ってる。あ、そーだ、終わったら後で一緒に遊びに行k痛って!」

 言いながらメイの手を握り顔を近づけたヴァルに、フランは肘鉄を素早く彼の胴体にきめて強制終了させた。

 ヴァルは見目がとても良い男だ。

 白磁のように白く透き通る肌、スラリとした背丈に豹のようにしなやかで引き締まった体躯、三つ編みにして垂らしてある長く豊かな黒髪、スッと通った鼻筋に、妖美な赤い眼…フランも身内贔屓を抜きにして、その見た目の良さは知っている。

 屍鬼の特性上鏡に姿形が映ったりしないが、ヴァル本人も見た目の良さは自覚しているらしい。その上で最近になってふざけて今のようなことをするのでタチが悪い。何より今は仕事中である。

 メイも突然のことで顔を赤らめ慌ててしまっていた。

 「メイさん、うちのヴァルが失礼なことをしてしまいすみません。すぐに仕事に取り掛かりますので」

 「っは、はい…よろしくお願いします」

 「なんだよフランー、ヤキモチかー?親友の息子すら妬かせるオレ様ってなんて罪な男…ってイデデデ!ちょ、ごめんて!ごめんて!耳はやめてくれ!悪かったって!」

 悲鳴と謝罪を無視して、フランはヴァルの耳を思い切り引っ張ったまま結界の中に足を進めた。


 

 「今回は小屍鬼こじき共の退治だっけ?」

 「はい。メイさん曰く、この住宅エリアの東、ホのB1…1階の倉庫から約30匹ほど現れたとのことです。今はその倉庫とエリア一帯を封鎖してはいるそうですが…死亡した住民も出ています」

 「そっか…リョーカイ。まぁ、小屍鬼程度なら、すぐ終わるかぁ。今日はラクショーかもな」

 ヴァルは一瞬だけ悲しそうな顔をしたが、すぐにいつもの調子に戻しそう言った。

 小屍鬼は屍鬼の中でもかなり弱い部類のもので、大きさも猫か中型犬ほどである。反面分裂して群れを成す上、その増えるスピードが尋常ではないので、被害はそれなりに大きい。

 しかし現れた場所を拠点とする上、行動範囲も狭い傾向があるので、対処は比較的にしやすくもあった。

 2人で建物の内部に入り、報告を受けた場所を目指しながら他の部屋も調べ始める。

 低い天井には何本ものパイプや電線のようなケーブルが走っており、蟻の巣のように狭く複雑に分かれた道に沿って個々の住民の部屋や店が並んでいる。地下商店街とマンションを無理やり合わせたような奇妙な構造の内部は魔窟じみていた。

 「フッフッフ、今日はこいつを試すか。いやー威力は如何程か、楽しみだな〜!」

 歩きながらヴァルは、ベルトのポーチからピンポン玉サイズの鉄玉のような何かを取り出してニヤニヤと笑う。その玉の上部には何かボタンのようなものがついている。

 「またリーさんのところで変なもの貰ったんですね…はぁ」

 「変なもの?いいや違うね、これはリーの新作のチョーすごくて強い武器だ!その名も冥光玉めいこうだま!」

 「だからそれが変なものって言ってるんですよ…」

 フランはゲンナリしつつヴァルが持っている冥光玉を見た。

 リーとは昔からこの街に住む住民で、対屍鬼用の武器屋の店主で、そして発明家である。

 本人曰く吸血鬼と人間のハーフらしく,100歳から先はもうどうでも良くなって数えとらんと本人は言う。そして見た目は吸血鬼の血が混じっている影響か,目は赤く、背中には蝙蝠のような小さな翼が生えており、ずっと11歳ほどの子供の姿のままであった。

 リーは人嫌いを公言しており口も悪く、四六時中発明に勤しんでいるような変わり者だが、店自体は護身用の武器を買いに来るためか意外にも多くの人が利用するらしく、ヴァル達も聖水や銀の弾丸等、屍鬼討伐に必要な道具をよくそこで買い揃えている。

 そしてリーが発明した武器や道具については…そちらは当たり外れが大きく、なんなら8割が失敗作であった。

 以前ヴァルが使ったリモコンで動く屍鬼殲滅ロボも、起動するや否や暴走していうことを聞かず、スイッチを切っても止まらず、バッテリーが切れるまで操縦者のヴァルを殲滅しようと追いかけ回していた。

 こんな調子でもヴァルはなぜか昔から、やたらとリーの発明品を使いたがる。

 今度は何が起こるのか、せめてあれが爆弾の類でないことを祈るばかりである。

 「本当懲りないですね。前回の件をもう忘れたんですか」

 「わかってねぇなぁ、フランくんは。男の浪漫ってのをよ」

 チッチッと人差し指を左右に振るジェスチャーをしてそう言うヴァルを見て、フランはイラッとしながらもなんとか心を落ち着かせる。

 「じゃあさっさとその冥光玉だかを使って、小屍鬼を倒してください」

 「言われなくてもそのつもり…お、ちょーどいいとこに獲物がきたな」

 『ギギギギギ…!!』

 前方の倉庫に繋がる通路を見ると、そこには10匹ほどの小屍鬼がいた。天井や壁にはりつきながら、猿と鳥を合わせたような不気味な造形の顔と赤い目で、こちらを警戒する様に睨んでいる。

 「んじゃまあ早速お披露目だな!フラン目ぇ瞑っとけよ!食らえ、冥光玉!」

 「は?」

 ヴァルは早口でいいながら、カチッとボタンを押して冥光玉を飛びかかろうとする小屍鬼に投げつけた。

 

 バシュッッッ!!


 瞬間、鉄玉が弾け辺りが白い光で包まれる。

 『ギィイイイイ…ッッ!!!』

 光を食らった小屍鬼たちは、全身が一気に発火したかと思うと、そのまま断末魔の叫びを上げて灰となって消えていく。

 「っ…これは…閃光玉…ではないですね」

 フランは閉じていた目をゆっくり開けて、残り滓の灰を眺める。

 ただの光なら屍鬼は消えない。おそらく人工的に太陽光を再現したものが冥光玉なのだろう。

 「すげー!さっすがリーの発明品、効果も絶大!ただオレもこれ浴びたら、全身火傷くらいはしちまうかもなぁー。いや〜あぶね〜」

 ヴァルは感心しながらもいつの間に手にしていたのか、光を防ぐために前に向かって開いていた蝙蝠傘を閉じて立ち上がった。この蝙蝠傘も確かリーからもらったものだとヴァルは言っていた。何でも日光を完全遮断できるらしい。

 そんなヴァルを見て、すごいですね、と言いかけた口を閉じてフランは思った。本当に、ここまで体を張ってやりたがるのはなんなのか、やっぱりこの吸血鬼、アホなんではなかろうか、と。

 「ま、楽しかったからいいや。フラン、お前もこれ持っとけよ、何かに使えるかもだぜ」

 「いや結構…って勝手にバッグに入れないでくださいよ!」

 「まあまあそんなつれないことをおっしゃらずに〜」

 ヴァルはケケケと笑いながら、フランのポーチバッグに冥光玉を無理やり2、3個突っ込んだ。

 「さてと、倉庫にはもういないみたいだが…後は大体20匹か…こんな広い範囲、2人で固まっていくのも効率悪いし、二手に別れようぜ」

 「了解です」

 「あ、もちろんヤバそうになったら通信機で『助けて〜ヴァルくん〜』って言ってくれよーすぐに駆けつけるからなー」

 「結構です、自分でなんとかしますので。…子供扱いはやめてください」

 「…そうやってむくれるとこがガキなんだよなぁーフランくんは。ま、そこがカワイイけどな」

 「はっ倒しますよ」

 「はは、ジョーダン。悪かったよ。もう見習いの頃とは違うもんな」

 ポン、とフランの肩を叩いてヴァルは階段に向かう。

「んじゃあフラン、5階までは任せたぜー。オレは6階から13階をいくから。終わったらここで合流な」

 ヴァルが笑ってそう言うと、体が無数の蝙蝠に変化して崩れていく。そのまま蝙蝠達は階段をバサバサ飛びながら登って去って行った。

 蝙蝠を各階に一気に飛ばして調べていくつもりなのだろう。確かに、それの方が効率は良い。

 1人残されたフランも、銀の弾丸が込められた拳銃を手に持って、2階に上がる。

 「…」

 各階の部屋を調べながら、フランは先ほどのヴァルの言葉が引っかかっていた。

 そういうとこがガキだと言われたが、日頃の行いを考えたら、どう考えても自分よりヴァルの方がよほど子供っぽいと思う。いや、絶対にそうだ。以前はあぁではなかったのに。

 ヴァルは、最近やたらとだらしないし、ちょっかいをかけてくるし、もう自分は成人しているというのに、子供扱いをしてくるのだ。

 確かにヴァルはフランの育ての親である。

 ヴァル曰く、フランの両親は彼が赤ん坊だった頃に2人揃って事故で死に、父の親友だったヴァルがひきとって代わりに育てたとのことだった。

 血の繋がりや種族は違えど、フランにとってヴァルは実の家族同然に大切な存在である。

 しかし同時に、フランは彼からいつまでも子供扱いされ守られ続けるのが嫌だった。早くちゃんとヴァルの役に立ちたかった。

 ヴァルは強い吸血鬼だが、それでも過去何度か,ボロボロになって屍鬼退治人の仕事から帰ってくる日があった。他にも色々、フランはヴァルの裏をひっそりと見て、知ってきた。しかしなにがあってもヴァルは、フランやみんなの前では「大丈夫、心配してくれてあんがとなぁ」と笑うのだ。

 それを見るたびにフランは何もできない自分の無力さを痛感させられた。

 「…チッ」

 思わず舌打ちが漏れる。

 ヴァルはフランに屍鬼の倒し方を教えてくれた師でもあるが、それはフランが12歳の時に、「屍鬼退治人になりたいから教えてくれ」と頼み込んだからである。

 あの時は説得するのにかなり長い期間を要した。「ヴァルのようにみんなを守りたいから」と言い続けてきた。

 嘘の感情ではないが、1番の理由は「ヴァルを支えたいから」だった。でもそれを言っても,きっと聞きいれてくれないだろうことは目に見えていたのでそれは伏せていた。

 そしてそれから指導をしてもらえたのは15歳になってからだった。

 『ギィイイィ…!』

 2階を探索し終え、さらに階段を上がって3階にいくと、20匹の小屍鬼たちを見つけた。

 報告された数は約30匹。まだいる可能性はあるが、小屍鬼はどんなに多くても50ほどしか群れを成さないのが殆どなので、もしそうだとしても全体の半分は超えている。

 襲い掛かろうとする小屍鬼たちの心臓に慣れた手つきで特製の銀の弾丸を撃ち込み、一撃で確実に効率的に仕留めていく。昔は1発すら当てられなかったが、今は違う。それだけ必死に学んで訓練して積み上げてきた実力と確かな自信がある。

 ヴァルが人間より強い吸血鬼だとしても。そして自分の父親や兄のような存在だとしても。それでも、少しでもヴァルの役に立てるように、今度は自分も彼を守り支えられるように。そういう意味で並び歩ける一人前の男として、フランはなんとか追いついて、ヴァルに頼ってもらいたいのだ。



 早くも小屍鬼の掃討を終えたヴァルは、11階と10階を繋ぐ階段の踊り場で、腑に落ちないという顔をしていた。

 「…おかしい…小屍鬼の数が多すぎる」

 報告で受けた数は30だったが、ヴァルが担当した階の小屍鬼はすでに100を超えていた。

 これだけの大規模は普通はあり得ない。もし万が一あり得るとするなら、その小屍鬼の分裂元が、小屍鬼ではないより強いものだった時だ。

 今回フランとは二手に分かれたが、これは大変不味いかもしれない。

 「フラン、応答しろ。ちょっと今回ヤバそうだ。すぐにそっちに向かうから今いる場所を…?フラン?…だークソ!こいつ使えねーな!」

 通信機は、ザー…という音しか流さない。ヴァルは罵声を吐いて通信を切った。

 「早くあいつを見つけねぇと!」

 また体を無数の蝙蝠に変化させ、ヴァルは急いでフランを探しに飛び回った。



 『グルルルァア“ア“ア“…ッッ!!!』

 「っ…随分と、でかいな…!」

 4階のフロア中に、獰猛な猛獣の様なおぞましい鳴き声が響き渡る。

 4階の真ん中、食堂のような少し開けた部屋に、100ではすまない、部屋に溢れんばかりの無数の小屍鬼と共に、それはフランを睥睨していた。

 「大屍鬼おじきか…!」

 大屍鬼、それは文字通り大型の屍鬼である。見た目は小屍鬼と同じく獣型が多いが、しかし強さはその比ではない。そして目の前の大屍鬼は天井に頭がつくほどの巨体で、その腕は大木のように太く大きく発達していた。

 フランは思わず顔を顰める。通信機は先程小屍鬼に壊されてしまった。なのでヴァルにも連絡できない。銀の弾丸はここに来るまでの小屍鬼を倒すので、すでにかなり使ってしまっている。1匹に対し銃弾一発だとしてもここにいる奴ら全員を倒す分はないだろう。

 『『ギギギギギ!!』』

 小屍鬼がフランを取り囲み、まるで嘲笑うかのように不気味な鳴き声を共鳴させ、バッと一斉に飛びかかった。

 「っ…!」

 その瞬間に、フランは素早くポーチバッグから冥光玉を取り出し、ボタンを押した。

 

 バシュッッ!!


 『『ギギギギィイイイ!?!?』』

 『グォオオオオオ!?』


 冥光玉の光に当てられた小屍鬼は次々に燃え、フロアにいたほとんど全てが灰となって消えてしまった。

 リーの発明品は今回は大当たりのようだ。

 しかし大屍鬼の方は、全身が燃え少し苦しそうにもがきはしたものの、消えてはいなかった。むしろ今ので興奮し怒り狂ってしまったようだ。フランに向かってゴリラのような大腕を構えて振り下ろした。

 

 『グルォオ“オ“オ“オ“オ“!!』

 「っクソ!」


 ドゴォンッ!!


 すんでのところでフランはその攻撃を避ける。大屍鬼の拳はそのまま地面に激突し、クレーターのような大きな凹みを作る。こんなものを食らってはひとたまりもない。

 

 バンッ!バンバンッ!

 

 体勢を立て直してフランは大屍鬼の心臓めがけて銃弾を何発も撃ち込む。撃たれた大屍鬼はまた苦しそうに呻くものの、体が大きい分心臓まで弾が貫けていないのか、一向に止まる気配がない。

 弾を装填しながら、「不味い」と、フランは思った。今回は小屍鬼だけ、あったとしてもせいぜい屍人ぐらいだろうと思っていたので、大屍鬼デカブツを倒すための専用武器を持ってきていない。一度このフロアから撤退しヴァルと合流した後でないと、これは無理だとフランは判断した。

 敵から目を逸らさぬようにしながら、背後の通路に足を向けて去ろうとする…が、その時脳裏にチラリと、仕事でボロボロになったり、ひとりで泣いていた昔のヴァルの姿を思い出し…フランは一瞬、その足を止めてしまった。

 『グォオオオ“オ“オ“ッ!!』

 その僅かな隙を見逃さなかった大屍鬼は、容赦なく素早い横薙ぎの一撃をフランに食らわせた。

 「ぁ、ガ…ッッッ!!」

 しまった、と思った時にはもう遅く。受身の体勢を取ることもできず、そのまま壁まですごい勢いで吹き飛ばされたフランは、声ならない悲鳴をあげてドサリと地面に崩れ落ちた。

 カシャン…ッ!と虚しい音と共に武器の拳銃が遠くに転がる。

 「カハ、ッ!が…ア“、ぐヴゥ…ッ!!」

 全身がミシミシと軋み激痛を訴える。それでもなんとか起き上がろうとするが、その前に大屍鬼に上から抑え込まれる。大屍鬼はそのまま、フランを押し潰すつもりのようだった。

 『グルルルル…!』

 「ィ”、っ、ァ…ア“ア“ア“ア“…ッっ!!」

 フランの苦しげな絶叫が響き渡る。凄まじい圧迫感に全身がやられ、痛みが駆け巡り、段々意識が白く遠のいていく。


 (ああ、くそ…シクった…こんなとこで…っ…‼︎)




 「フラーーンッッ!!」

 

 ヴァルの声が、聞こえた気がした。

 次の瞬間鈍い打撃音と共に、フランの上に乗っていた大屍鬼が吹っ飛び、仰向けに地面に倒れ込むのが霞んだ視界から見えた。


 「フラン!おい、しっかりしろ!!」

 「カハ…っ、ぁ“…ゔぁ、る…?」

 フランは、駆け寄って自身を抱きかかえるヴァルを見る。

 「意識はあるな…よかった…大丈夫だ。すぐに終わらせるからな。もうちょっとだけ、待っててくれ」

 そう言ってヴァルは、サングラスの奥の目で優しく微笑み、そっとまたフランを寝かせた。

 その昔ヴァルが、仕事に行く前によくしていた話し方だ。いつも幼い自分を安心させるように、玄関前で頭を撫でながらしていた、あの話し方だ…また俺は守られてしまった…

 そんなことを考えたところで、フランの意識はプツリと途切れたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る