不夜城砦の吸血鬼

月餠

第1話 ヴァルとフラン

 太陽が紅くなり沈み始める時刻に。違法建築群が天高く建ち並び、煌々と明かりが灯る街のとある地下事務所にて。

 黒いジャケットとチャイナ服に身を包み、拳銃を腰に装備した1人の若い赤毛で碧眼の男が、バン!と扉を勢いよく開けて部屋に入ってきた。

 中は真っ暗で、たくさんの古書やメモ、何だかよくわからない道具や作りかけの薬、脱ぎ捨てられた服が散らばっていて、ほとんど床が見えない。そして部屋の隅に、大人1人が入れそうな黒い棺が置かれている。

 赤毛の男は電気をつけて、大股で物を避けながら棺のそばに行き、荒々しくその蓋を開けた。

 瞬間、むわ、と酒の臭いがして、赤毛の男は幼さの残るその顔を思わず顰める。中には黒髪で長髪の男が眠っていた。

 その姿形は大変整っており、白雪姫のような麗しさである…ただし、変なアイマスクと大口を開け垂らしている涎がなければ、の話だが。

 「ヴァル!起きてください!もう17時ですよ!」

 「スピー…んが…んー…処女の血と…完熟トマトの、特製ブレンドカクテル…やば…」

 「…なんだその飲み物…というかいつまで寝ぼけてんですか!起きろ!!」

 「痛っっって!!」

 赤毛の男が寝ているその頭に拳を落とすと、長髪の男はようやく目を覚まして飛び起きた。変な目が描かれたアイマスクを外し涙を浮かべた紅い眼で相手を睨み付ける。

 「っつゥ〜〜…っ、フラン、なにすんだよ…」

 「仕事です。早く、準備をしろ、今すぐに」

 「顔怖っわ、般若じゃん…はいはいわーったよ…」

 赤毛の男…フランの顔を見て、長髪の男…ヴァルはボリボリと体をかきながら渋々棺から出て、ネックレス以外のものを脱ぎ捨てながら風呂場へと向かう。

 フランは、なぜ脱ぎ捨てるのか…以前のようにカゴに入れてくれたら良いのに…と思いながらその服を回収ししばし待っていると、

 「フラーン、わりぃ着替え忘れた。服取ってくんねー?」

と、扉が開き髪から水を滴らせたヴァルが顔を覗かせた。

 「渡しますから髪を拭いてください,床がビチャビチャになるでしょう」

 「おーあんがとー。そんな怒んなよー」

 着替えの服を渡しながら,ヴァルの言葉にフランはさらに眉根を寄せる。本当に最近のヴァルはだらしなくなった。まるで手のかかる子供のようだ。

 さらにしばらく待っていると扉が開き,黒い服を身に纏い,長い髪をボロボロになった赤いリボンの髪飾りで三つ編みに結わえた姿でヴァルが中から出てきた。

 「んー…腹減ったな…飯作るか」

 「ヴァル」

 「冗談だよ、ジョーダン。そんなキレんなよ。将来禿げるぞ」

 「…」

 誰のせいだと…と言わんばかりで睨んでくるフランをスルーして、ヴァルはリンゴを一つ齧り、仕事道具の入ったベルトを腰に巻き、丸レンズのサングラスと、フランが以前贈った赤い耳飾りをつけた。

 「ふぁあ…あー、ねむ…遅くまで飲みすぎたな」

 地上への階段を登るヴァルについていきながら、フランはジトリとした視線をその背に送る。

 「遅くまで飲むのはやめてくださいっていつも言ってるでしょう…」

 「いやー、昨日…てか今日大勝ちしたからさぁ。シェンランちゃんのとこで祝杯をあげてたんだよ」

 それを聞いてフランは深くため息をつく。この人に何か言ったとて、暖簾に腕押し、馬耳東風。とはいえ身内かつ仕事上の相棒の身としてはもう少しちゃんとして欲しいのがフランの本音だ。

 「さっさと行きますよ、18時から開始するんですから」

 「へいへい。んじゃまぁ、屍鬼しき退治に行きますか」

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