第2話 アストロメトリー

 屋根の上から望む星空はこの世のどこよりも美しい。


 ステラはそれらを輝かせる恒星と言えるかもしれない。と私は考えてステラと共に家の近くを通り過ぎていく車を目で追った。


「そう言えば,ステラは何歳なの?」


「……ワスレタ」


「そ…そうなんだ」


 微妙なそれはまるで凪の様な動きのない雰囲気で無風故に窒息しかけたのだが、何とか気を取り戻して私はこう言った。


「じゃあ月に行くロケット一緒に作る?」


「ソノ…ヒツヨウハナイ…アストロメトリースル」


 あっさりと一蹴されてしまった…しかしながら、ステラはアストロメトリーと言う名の天体観測をしたいということが知れた。


 ステラの年齢は分からないままではあるが、時々浮かべる屈託のない笑顔は太陽そのもので、個人的には既に天体を定点観測している気分なのである。


 屋根の上からは、星々がまだ少しだけ見える。


 私は屋根の上にステラを残して部屋にある天体望遠鏡を分解して屋根の上に持ち運んだ。


「ステラ、天体観測する?」


「スル…デモ…ソラアカルイ」


「確かに明るいね…星見えるかな」


 天体望遠鏡を少し傾いた屋根の上で組み立てる。


 天体望遠鏡を組み立て終えて、まだ観測可能な星を探す。


 一番輝いている星に照準を合わせるとそれは土星だった。


「ステラ…これ見てよ土星だよ」


 ステラはゆっくりと立ち上がり望遠鏡を覗く。


「地球…スコシダケ、オモイダシタ」

「ココ、天体の位置ワカリヤスイ…アストロメトリーのキョテン」


「ステラはどこから来たのか思い出せない?」


「ワカラナイ..けどスコシオモイダシテキタ」


「思い出したことを話してみてよ」


「ボンヤリ…クワシクハ…ワカラナイケドチキュウイタキガスル」


「いつ頃居たのかは分かる?」


「ワカラナイケド…1…6…ソレイガイハワカラナイ」


「ステラ…教えてくれてありがとう」


 ステラはこちらを見つめて頷いた。


 1と6と言うことが分かればステラが何者なのかが分かる手掛かりになるだろうけど、ステラは何故あんなにも白くて歳を取っていないようにみえるんだろう。


 私は右のポケットに入れていたスマートフォンでステラの事について調べようとはしたが結局、胸の辺りまで持ち上げたスマートフォンを右のポケットに戻したのだ。


 確か、周回軌道を外れてしまった宇宙船が昔存在したような気がするけど…流石に違うかな。


「アノ、ホシ…ヒミツアル」


ステラは少し震えたような声で望遠鏡を見ながら喋った。


「見ても良い?」


「イイケド…コワイ」


 ステラから望遠鏡を借りて見た星は誰もが知る月であった。


 一体、ステラの身に何があったのだろうか?


 私は深く迷いながらもステラに聞いた。


「何があったの?」


「ワカラナイ…ケド…ミタコトアル」


「そうなんだね…わかった」


 やっぱり…ステラに何かがあった場所なのかもしれない。


 私は一度戻したスマートフォンを取り出して、1と6が関わる宇宙船の事故や飛行記録について調べることを開始した。


 とりあえず1✖6✖年…私は検索したことを少し後悔したと言うかとてつもない大きな何かに巻き込まれたような気がしてならなかった。

 

 私が調べた年には二件の宇宙船が消失した事件が報告されており、公式には一軒とされているが実際には二件あり…それを当時の東側の政府が隠蔽したという。

 

 さらに調べていくと、古ぼけた二枚の写真の比較画像とひどいビープ音の後に何かを発見したと思われる際の音声を録音した当時の通信傍受記録が残っており私は左ポケットに入っているイヤホンを取り出して耳に装着した後、動画を視聴した。


 「……こちら感度は良好…前方に何か見える」


 「あれは何?」


 「……わからない…もしかするとあれは」


 「えっ…何…あれはなに?」


「あれはきっと・・・・だ…我々は帰還できなくても栄光ある・・・」


「……感度が悪くなってる…軌道を外れてる」


「熱い…なんだこれは…」


「何も見えません…」


「こうすれば…少しはマシになる」


「……ゼ―ヒュー・息がしにくい」


「何かある、見てくる」


「了解」


「「ただいま、午前7時をお知らせします」」


 時刻を伝える無線が反響をして船内に響き渡り音声動画は終了したが、これが最後の傍受通信記録になっており、以後通信を傍受することは出来なかったという。


 緊迫した船内で男女が慌ただしく何かをしていることだけは伝わったが彼らが何を見たのかは誰にもわからないという。


 この声の主がステラであるかは正直分からない。


 何故ならば、感度が低く聞き取りにくいからというのが答えとなる。


 私はステラにこの動画を見せようとしたが、踏み出せなかった。


 私の中では既にステラは歴史の犠牲者であって、傷に塩を塗るようなことをしたくはないと思ったからと言えば聴こえは良いだろう。


 二枚の写真については、一つは8人の宇宙飛行士の写真が写っていて顔は見えないがステラが着ている宇宙服と同じ様なものを全員が着ている。


 もう1枚の写真は真ん中にいるはずの二人の宇宙飛行士が意図的に消されており、場所や背景は全て同じであるものの不自然な感じがする写真となっている。


「ナニシテル」


 私はステラに呼びかけられて、あれこれと探すことを一時的に辞めた。


「ちょっと調べものかな…」



「ステラのこと?」


「えっ!?」

「いや、宇宙について調べてた」


「ソウなんだ…」


 ステラがまるで何かを思い出したかの様な対応と言うか口調になったように感じた。


 明らかにさっきよりも言葉が滑らかに感じる。


 私はステラに思い切ってさっき見た写真を見せた。


「ステラ…この写真に見覚えはある?」


「………………」


 長い静寂が続く。


「………………ステラ…オモイだした…」

「コレがステラ…トナリはノビチョク」


 私は驚いてしまい声が出そうだった。

 ステラは何故、少女のまま降り立ったのか…なぜ記憶が曖昧なのか…そしてなぜ周回軌道を外れて戻ってこれたのか。


 私はステラと言うあまりに近く大きすぎる観測点を前に狼狽えそうになった。


 私が観測するべきは星ではなくステラ…星の様に輝く白髪の少女であり近すぎて見えなかった観測点をアストロメトリー(位置観測)することの重要性に気付かされた。


 その時、ステラが言った。


「ノビチョクをミツケル…マイアサシンゴウをだす」

「カンソクテンはきまり」


「無線でやり取りをするってこと?」


「ソウ…できる?」


「任せて」


 こんな私だが、一応大学で通信工学を選択していたから航空通信傍受はやればできるだろう。


 まさかこんな形で学んできたことが生かされるとは驚いたものだ。


「そう言えば、ステラまだ私の名前知らないよね?」


「シラナイ…」


「私は天音…あまねって言う名前」


「アマネ…?ヨロシク」


「よろしく」


 私達は絆を一瞬ではあるが深めることに成功したような気がする。


 ステラと私は地球と言う軸からノビチョクとの交信を試みて、彼がどこにいるのか位置を観測することにした。


 これは私の人生史ではとても大きなことで今日のことは論文としてまとめつつも手記にも記録をした。


 大きな観測点を横目にこれから私達、いや我々は様々な手法を用いてアストロメトリーを開始する予定だ。

 



 


 

 



 




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星降る夜のステラ 有栖川 黎 @Asaka_ray

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