第11話 リリーは笑わせたい。

「救う。救う。絶対だ」


 うわごとの様に、繰り返す与太郎よたろう


「なに、コイツ……」


 突如として現れた狂人に、私をいじめていた女子連中がたじろぐ。一歩、与太郎が進んだだけなのに。


「全ての不幸をくつがえす」


つぶやきは意味不明。

 目の焦点は合っていない。貼り付けられた笑みさえ、不気味になってしまっている。


 まるで道化ピエロみたいに。

 されど、


「いつかリリィに、会いに行くために」


 彼の心の中に、私は確かに居た。


「こんなに笑えているよ。たくさん人を助けたよ」


 擦り切れた心で、偽善を積み重ねる。


「だから、だからさ」


 狂いわずらい、それでも。


「もう一度、会いたいよ。リリィ」


 彼は私の名前を呼んでいた。


「よーちゃん」


 目の前に居るのに、言葉すら届かない。


 いつの間にか、いじめていた連中はいなくなって。私と与太郎だけが、路地裏に取り残される。


「ありがとうね」


「……ハッ。いや、俺は出来ることしただけなんで」


 正気を取り戻したのか、普通に与太郎は話し始める。


「私、リリーっていうの」


「り、リィ?」


 彼が目を見開かれそうになったところに、私は言葉を重ねる。


「ううん、発音が違う。『リリィ』じゃなくて『リリー』。日本語の伸ばし棒がつくやつ」


「……おぉ、分かりやすい説明。英語の先生もこんな感じの説明してくれたらいいのに」


「そうだね」


 相変わらず勉強の苦手そうな与太郎。

 何だかとても愛おしくて、


「ふふっ」


 久しぶりに笑う事ができた。

 


 この一件が、私が与太郎の学校へ転入する半年前のこと。





 新学期の始まった教室はどこかあわただしい。与太郎のことを聞けば、新しいクラスメイトたちはこころよく教えてくれた。


 どうやら、彼はこの学校の有名人なようで。彼の友人たちによれば、登校は遅めとのこと。


 だからだろうか、今のうちに。

 彼のことを知っている人達へ、私の事を知って欲しかった。


 教室の一番目立つ場所。

 教卓の前に立つ。

 

 自然と周囲の視線が私へ集まる。この見た目も、悪い事ばかりじゃ無いみたいだ。


「えー、皆さん。今年編入させて頂いた、リリー・ベッカーと申します。よろしくお願いします」


 まずは簡単な挨拶。

 ノリが良いのか、何人か拍手してくれた。


 一部の男子から歓声。

 適当に手を振り、誤魔化す。


「私は、尻波 与太郎の幼馴染みです。彼に会いたくて、この学校に来ました」


 途端に男子連中から上がる悲鳴。

 女子たちからは『マジか』といった視線。


「でも、彼は私の事を覚えていません。それにはちょっと私も悪くて……」


 自分で言っていて悲しくなってくる。


「ハァ? あの馬鹿与太郎、こんな可愛い子と幼馴染みだったのに覚えてないだと!!」


「でも与太郎だぞ? どうせ車に跳ねられたか、警官に誤射されたせいで覚えてないんだろ」


 友人と思われる男子連中から聞こえる声。いったい私が知らない間に、彼に何があったのか……


「リリーちゃん、あの馬鹿は止めといたほうがいいよ」


 真面目なトーンでクラスの女子たちに言われた。与太郎……もしかして嫌われてる?


 彼女たちに悪気は無いのだろう。


「ありがとう。でも……でも」


 グジュグジュと、胸の中でわだかまる。

 積もり積もったのは、いつか抱いたあわい思い。


「でもね……好きなの」


 すでに終わったはずの、私の初恋。言葉にしてしまえば、気持ちはどんどん溢れてきて。


「ずっと、好きだったの」


 もう止められなかった。


「じゃあ、しょーがねーな。ったく、与太郎も罪な男だねぇ」


「与太郎氏、まったく世話の焼ける……」


 男子連中から、『やっとアイツが報われる時か』と聞こえたのは気のせいじゃ無い。


「応援するよ、リリーちゃん。私たちにできることあったら言ってね」


「あの馬鹿に泣かされた言ってね。代わりにぶん殴ってあげるから」


 女子達からも、仕方無いなと応じてくれる。


 教室を包む、優しげな雰囲気。

 みんな、確かに笑っていた。


「なんで……なんでみんなそんなに優しいの?」


 あまりにも異質な光景に、思わず口から言葉が漏れる。


「なんでってそりゃ……」


「なぁ」


「ねー」


 クラスメイト達が顔を見合わせる。


「ここに居る全員、与太郎に助けられた事があるからな」


 やっぱり、与太郎はすごいな。

 

「やべぇ、与太郎が登校してきたぞ! えぇ……あいつ何で濡れてんだ?」


 窓の外を見ていた男子が警告してくれる。


「アイツ、下ネタ好きだぞ!」


「胸派らしいぞ!!」


「男子最低だな!!」


 与太郎の性癖の暴露を始める男子。女子にいさめられ、シュンとしてるのが少しおかしかった。


 教室に近づくベチャベチャと濡れた足音。


「頑張れっ」


 近くに来た女子が、はにかみながら応援してくれる。緊張して、表情が固まってしまってるのが申し訳ない。


 教室のドアが開かれる。


「おはようございます」


 目の前には、一人の少年。


 逆立った黒髪。ぱっちりと開かれた目、その中の瞳は薄い茶色で。つねに開かれてる唇。私と同じくらいの身長。鍛えてる事が服の上からでも分かる。


尻波 与太郎しりは よたろうくんですね?」


 ビックリしているのか、彼は《うなず》くことしかしてくれない。


「ヶ、こ……」


 緊張で、上手く声が出ない。


「え? こ??」


 クラスメイト達がくれたアドバイスが、頭の中を高速で駆け巡る。


「子供は……何人欲しいですか?」


「何の話ィ?!」


 どうしてこうなった……







 


 




 


 




 


 

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